第十四話 トリガーハッピー

 最後の爆薬内包アクタノイドの腕をワイヤーに装填していた千早は、スピーカーが大人しくなったことに気付く。


「……静かに、なった?」


 戦闘が終わったのだろうか。だとすれば、自分も一度離脱した方がいいかと、千早はオールラウンダーの首を動かす。


「あれ?」


 メインモニターに黒い何かが映った気がした。

 すぐにそちらにカメラを向けた千早の顔から血の気が引く。

 猛烈な勢いで黒いアクタノイドが接近してきていた。


「ひっ、バレた! ごめんなさい!」


 オールラウンダーの内蔵スピーカーの電源も入っていないのに、千早は反射的に謝る。

 黒いアクタノイドが止まるはずもない。

 千早はオールラウンダーを後ろに跳躍させつつ、敵機を見る。


 猫耳と尻尾がついた、黒い広袖メイド服型のボディラインという女性型のアクタノイドだ。見たこともない機体だったが、あまりにも趣味に走りすぎている。確実にオーダー系アクタノイドだ。


 戦場がある方向から来たということは、千早の爆撃の仕返しをしに来たのだろう。

 千早は逃走に移ろうとしたが、すぐにあきらめた。

 敵機があまりにも速すぎるのだ。時速二百キロメートル以上を出している。スプリンター系でも逃げ切れるか怪しい速度である。

 ラウンダー系のオールラウンダーでは到底逃げ切れない。後ろから撃たれるのがオチだ。


「や、やば、やばぁ」


 慌てながら、千早はオールラウンダーを操作する。

 オールラウンダーが手元に持っている爆薬内包の腕を投げつけようとするのと同時に、敵機が右腕を持ち上げた。

 広袖メイド服に似たそのボディラインに見覚えがあった千早は、反射的にオールラウンダーを後ろに大きく跳躍させつつ爆薬内包の腕を手放した。


 メインモニターの映像が一瞬、真っ白に染まった。思わず片目を閉じながら、千早は腕を動かす。

 スピーカーが爆発音を響かせる。至近距離での爆発音は大音量で千早のアクタールームに木霊した。


 直後、システム画面が大量のエラーを吐き出す。

 脚部装甲喪失、右手喪失、右肩機能停止、右サブカメラエラー。

 赤文字で埋め尽くされるシステム画面にビビりながら、千早はスピーカーから地鳴りや土砂崩れのような重々しい連続の銃撃音が鳴っていることに気付く。

 敵機があの速度で接近しながら重機関銃を連射しているのだ。


「うそぅ!?」


 重ラウンダー系でも、重量も反動も大きい重機関銃を走りながら撃つのは難しい。まして、時速二百キロメートルで走り込みながら撃てる代物ではない。

 いくらオーダー系アクタノイドとはいえ、規格外にもほどがある。


 それでも、千早はオールラウンダーの左手を操作し、突撃銃『ブレイクスルー』の銃口を敵機に向けていた。

 メインモニターが復帰し、至近距離にまで近づいていた敵機の姿を映し出す。

 敵機もモニターが回復したばかりだったのか、胴体に向けられた銃口にわずかながら速度を緩めた。

 回避される前に引き金を、そう思った千早が指を動かした瞬間、モニターの向こうで信じられないことが起きていた。


 あろうことか敵機はオールラウンダーの頭上を軽々と跳び越え、空中で捻りを加えてオールラウンダーの真後ろに着地、バックカメラに映ると同時に腕をオールラウンダーの頭部に突き付けていた。


「何その動き……」


 アクタノイドとは思えない身軽さに唖然とする千早だったが、左手は敵機が飛んだ瞬間からオールラウンダーを操作していた。

 突撃銃の銃口をオールラウンダーの首に向け、顎と胸部装甲で固定、首越しに真後ろの黒いアクタノイドを狙っていた。オールラウンダーの身体で死角を作り、銃を隠したのだ。

 至近距離で突撃銃から放たれた弾丸がオールラウンダーの首を吹き飛ばす。

 人型機械とはいえ、アクタノイドは頭部がなくても動くことができる。頭一つでオーダー系アクタノイドを消せるならば、売却金でおつりがくる。


 オールラウンダーの首を吹き飛ばした弾丸の数発が敵機へと死角から襲い掛かった。

 流石に驚いたらしい敵機が頭部についた猫耳を片方吹き飛ばされがらも後退し、両袖の中に格納された重機関銃でオールラウンダーの脚部を撃ち抜いた。

 左手と胴体だけになったオールラウンダーが地面に転がる。

 敵機がオールラウンダーの左手を踏みつけ、右腕の銃口をオールラウンダーの胴体に向ける。


 千早はへなへなと感圧式のマットレスに座り込んだ。敗北確定、つまり赤字も確定した瞬間だった。

 しかし、千早の前のスピーカーから聞こえてきたのは最後の銃声ではなく、敵機の内蔵スピーカーからの聞こえる女性の声だった。


「――いくら自分の体じゃないからって、首を打ち抜いて攻撃するとか正気じゃないでしょ。話したいことあったのに、聞こえてる?」

「……ぇえ?」


 まさか会話を仕掛けてくるとは思っていなかった千早は目を白黒させつつ、オールラウンダーのシステム画面を見る。

 至近での爆発や喉への攻撃による頭部の切り離しにより、映像受信はおろか拡声器でのやり取りもできない。

 しかし、集音機は生き残っており、敵機の声は聞こえていた。

 敵機のアクターは言う。


「名乗っておくよ。『オーダーアクター』代表、メカメカ教導隊長だ。ボマー君、いや、さんかな? やってくれたね、マジで」


 民間クラン『オーダーアクター』のトップ、メカメカ教導隊長。


「ひ、引っ越しの、原因になった人!」


 モザイクを映すモニターを思わず指さした千早は、先ほどの黒い機体が現状最強のアクタノイド、通称『トリガーハッピー』だと気付いて納得する。

 いったい何度、自分に迷惑をかければ気が済むのかと、千早は涙目でうなだれた。


「おーい、ボマーさん? あ、スピーカーが壊れてるのか」


 メカメカ教導隊長が呆れたように言う。


「逆探知が怖いから通信を直接つなげるのは身内だけって決めててね。聞こえてるといいんだけど。左手、動く?」


 千早はシステム画面をちらりと見る。赤文字だらけで分からないが、左手を動かす気にはなれなかった。

 爆撃でどれくらいの被害が出ているのか分からないが、請求されたら確実に破産する。

 その時、千早はメカメカ教導隊長の声に聞き覚えがあるのに気が付いた。


「……もしかして、あの酔っ払いの、女の人? いや、ない、よね。さすがに、そこまで、迷惑かけられて、ない、と思いたい」


 でも、メモ紙を返してないし、と悩んだ千早は、続くメカメカ教導隊長の言葉に顔を青ざめさせる。


「ちょっと話したいからさ。明日の午後五時に『灰樹山脈』のエリア七に来て」


 それだけ言って、メカメカ教導隊長が操る敵機の足音が遠ざかっていく。

 千早はガタガタ震えて呟いた。


「ふ、不良の、呼び出しぁ……」

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