第十三話 一人ぼっちの第四勢力

 四百メートルほど戦場から離れても、激戦を物語る銃撃音がスピーカーを振動させる。

 千早はアクタールームでパソコンを操作し、時折オールラウンダーの操作に戻って画面を見つめつつ細かい作業を進めていた。


「ふひっ……」


 オーダー系アクタノイドでもない限り、機体を直接操作して起動キーを打ち込むことで通信することができる。

 これは、自走可能なアクタノイドが新界の奥地で通信途絶して行動不能になった場合、付近のアクタノイドが通信ハブの役割をして通信を再開、復帰させるための機能である。

 機種によっても変わるが、ブラックボックスの横に配置されたパーツにその機体の型番を打ち込むことで直接通信ができるようになる。


 千早は放棄されたサイコロンとオールラウンダーを直接通信させ、視界をモニターに共有していた。

 千早のオールラウンダーの周囲には手早く集めてきた放棄機体の腕や脚、手榴弾などが集められている。

 そして、目の前の木と木の間にはワイヤーが張られていた。


 以前、千早は八儀テクノロジーが密かに持っていた医療用植物『ククメルカ』の群生地をワイヤーと手榴弾で爆撃したことがある。

 そして今、千早のオールラウンダーは即席のワイヤーバリスタでサイコロンの頭部を撃ちだした。


 天高く飛ぶサイコロンの頭部が全方位についた様々なカメラで戦場を俯瞰する。その映像は通信で千早のオールラウンダーに提供され、千早の目の前のパソコンモニターに共有される。

 激戦の直上を飛んでいる観測用のドローンたちの間を落下し、さらに戦場へと加速していくサイコロンの頭部。

 地面への落下の衝撃でサイコロンの頭部は砕け、通信が途絶した。


「な、なむー。ふへっ」


 千早は緊張のあまり薄気味悪い笑い声を上げる。

 サイコロンのカメラは非常に優秀だ。おかげで戦場の情報を得ることができた。


 沢を挟んだ左右の山から飛び出したアクタノイド達が沢の下流にいるアクタノイド達へと白兵戦を仕掛けたらしい。

 矢が刺さったアクタノイドが転がっていたのは気になるが、それ以上に不可解な戦況になっている。


 通常、アクタノイドでの白兵戦は起こらない。

 ラグが発生するため、白兵戦が難しいのだ。常にコンマ数秒前の状況に対して、アクターが攻撃や防御、回避を選択する形になってしまう。

 ここ静原山麓は電波がやや届きにくく、当然ラグやパケットロスが発生する。


 オールラウンダーの装甲を弾き飛ばせる火力の持ち主たちが白兵戦を選択するのは、よほど差し迫った何かが起きた時だ。

 優勢な側は当然、白兵戦を嫌って引き撃ちを行う。つまり、戦線が絶えず移動することになる。

 あのアクタノイドたちは移動しながら乱戦を行い、周辺環境を破壊しながら暴れまわるのだ。そこに、貴重な遺伝子を持つかもしれないクレップハーブがあろうと、蹂躙していくだろう。


 千早はアクタノイド達の動きを予測し、サイコロンが遺してくれた映像と照らし合わせて乱戦のど真ん中を推測する。

 別に、多少外れても構わない。

 ――数をばらまけば、周辺一帯吹き飛ばせるだけの火力は用意したのだから。


「ふひっ、クレップハーブには近寄らせ、ない」


 他がどうなろうとも。

 千早はサイコロンの脚や腕をワイヤーに引っ掛け、中に詰めた手榴弾のピンを抜いてすぐにワイヤーの巻き取り機を起動した。

 高速で巻き取られたワイヤーに引かれて、爆発物を詰められた腕と足が空に弧を描く。


 所属クランと自分の存亡をかけて、数百、数千万円の機体で戦闘を行う戦場のアクター達の誰が予想しただろうか。

 あの無力な囮のオールラウンダーが戦場に戻ってきて混沌の雨を降らせることなど。


「着弾。次弾、装填。ゴー、ふひひひっ」


 千早には戦場の様子は分からない。ただ、予測位置付近で手榴弾が派手に爆発したことだけは、音で分かる。

 そして、次弾が空へと打ち上がる。


 戦場に飛来するアクタノイドの手足は内部の手榴弾を破裂させて周辺を吹き飛ばし、ばらばらになった個々の部品が爆風に乗って更なる破壊をもたらす。

 金属でできているアクタノイドにとって、クラスター爆弾化したところでさほど脅威ではない。

 そもそも、観測もしていないあてずっぽうの投擲だ。本来は被害が出るはずもないのだ。


 だが、三勢力による乱戦の現場となれば直撃が起こりうる。実際、三機ほどが爆発を受けて大破、炎上していた。

 なによりも、上空からの攻撃を誰も想定していなかった。味方を巻き込む無差別爆撃などどこの馬鹿が仕掛けたのかと大混乱になっていた。


 付近には各々の勢力の作戦目標である『野武士』がいる。爆発で大破しては分析や研究に支障が出てしまう。

 仕掛けたのは自分の勢力ではない別の二勢力のどちらか。野武士を無事に鹵獲するためにも、ここで徹底的に叩かなくてはいけなくなった。

 結果、乱戦はさらに加速する。


 そんな戦場の思惑など知りもしない千早は、ただ一人の第四勢力として無意味に多大な戦果を叩きだしていた。

 三弾目の装填を終え、ワイヤー巻き取り機が作動する。


 乱戦の周辺に散らばった手榴弾は、それまでの爆撃や三勢力の戦闘で荒れた山林の腐葉土を抉り、爆風で舞い上げる。

 密集したが故の電波混線に加えて、爆風と巻き上げられた腐葉土による電波撹乱、腐葉土を被ったランノイド系の電波が弱くなり、戦場の通信状況が極端に悪化した。

 ただでさえ電波が届きにくい静原山麓での通信悪化は致命的だった。

 通信量の多い機体が一気にスペックを落とし、場所や機体によっては通信が途絶する。


 そこに、野武士が刀を振り上げて殴りこみ、生き残りを狩り始めた。

 そんな戦場の変化など、千早のもとには届かない。


 千早にあるのは使命感だ。クレップハーブを守り抜くという、戦場の誰とも目的意識を共有していない傍迷惑な使命感だ。

 自らの爆撃で野武士がスクラップになろうと、まったく興味がない。


 第四弾が撃ちだされ、戦場に更なる破壊をもたらした時、三勢力はこれ以上の戦闘継続は不可能と判断し、一斉に撤退を開始した。

 彼らは誰がこんな無茶苦茶な爆撃を行ったのか分からない。名指しで批判できない彼らは、それぞれがスピーカーをオンにして互いに向けて叫んだ。


「ふざけんなよ、ボマー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る