第十二話 大混乱

 戦場の誰の目から見ても、事態は混迷を極めていた。

 他の勢力とぶつかる可能性は考慮していたが、三つ巴の本格的な潰し合いとなると話が違う。

 『海援隊』の仲間に指示を出しながら、然郷は歯噛みする。


「あのオールラウンダーのせいですべてが狂ったな」


 所属不明、おそらくは『がっつり狩猟部』が送り出した囮への、『オーダーアクター』代表メカメカ教導隊長が操る『トリガーハッピー』の発砲がだった。

 だが、解せない。


「なんで仕掛けたはずの『がっつり狩猟部』まで混乱してるんだ?」


 『海援隊』とのにらみ合いの最中だったとはいえ、囮を出したところで食いつかないだろうと『がっつり狩猟部』も分かっていたはずだ。

 然郷が考える限り、あのオールラウンダーは『トリガーハッピー』を食いつかせるための餌だった。それは間違いないのだ。


「オールラウンダーを囮にトリガーハッピーを釣り出す時点で作戦があったはずだ。向こうの作戦が破綻したきっかけはなんだ?」


 向かいの山から来るがっつり狩猟部の射撃は今までのような統制されたものではない。

 狙撃後に動いた先で味方機と出くわして、こちらの攻撃を受けているアクタノイドもいる。山間部における集団ゲリラ戦の雄であるがっつり狩猟部にはあり得ない混乱具合だ。

 混乱の原因は分からないが、攻撃自体は止んでいない。


 そもそも、然郷は向こうの無様を笑えない。

 自陣営『海援隊』も大混乱の最中だ。

 側面から奇襲を仕掛ける形となったオーダーアクター側の火力があまりにも高すぎるため、対処の優先順位がブレてしまっている。


「敵は何機いるんだ?」

「レーダー上では四機、音響は戦闘音で把握できません。特異な駆動音をしている機体が三機いるようですが」


 部下からの報告に然郷は険しい顔をする。

 三機や四機で出せる火力ではない。かなり高性能なステルス機能を有する機体がオーダーアクター側に混ざっているはずだ。


 そのステルス機が背面に回り込んできた場合、山から沢へと追い出される可能性が高い。そうなれば、先ほどのオールラウンダーのように的になる。

 ステルス機がどう動くか分からない以上、迂闊に戦力を動かせない。オーダーアクターの火力の変化に注意し、時勢を見極めねばならない。


 だが、戦線が圧されている現状で死守を命じると、職業軍人ではないアクターは士気が大幅に落ちる傾向がある。

 おそらくは、がっつり狩猟部の指揮官も同じ問題に悩まされているはずだ。


 それもこれも、あのオールラウンダーのせいだ。

 戦場に混迷をもたらしたあのオールラウンダーは、どの勢力からしても邪魔だった。

 そこに気付いた時、然郷の脳裏にある仮説が浮かび上がる。


「あのオールラウンダー、もしかして第四勢力か? ……いや、馬鹿な。第四勢力だとしたら、どうやってここに三陣営が集まると知ったんだ? いくらなんでも、情報強者すぎる」



 『がっつり狩猟部』を率いる平泉は自身のスプリンター系リーフスプリンターを走らせながら、味方の被害報告を聞く。


「サイコロンがやられたか。ランノイドを保護し、森の木々を盾にして移動し続けるんだ! 『トリガーハッピー』の銃撃は受ければ即行動不能になる!」


 重装備の機体がいる山向こうの『海援隊』とは違い、がっつり狩猟部の機体は身軽なモノが多い。

 小回りが利いて狩猟対象を追いかけられるうえ、省電力化を図って活動時間を伸ばせるからだ。

 だからこそ、高火力の『オーダーアクター』の登場は悪夢だった。


「クッソ。あのオールラウンダー、覚えておけよ……」


 海援隊との睨み合いでも勝ち目は薄かったが、勝たずとも、相手のアクタノイドを釘付けにできれば戦果としては十分だった。自分たちより腕が立つがっつり狩猟部の本隊が作戦目標である『野武士』の捜索に当たっているからだ。

 だが、沢を登るオールラウンダーの登場を皮切りに状況は急変した。


 オーダーアクターは民間クランにもかかわらず、所属アクターは全員がオーダー系アクタノイドを操る異様な集団だ。

 海援重工を含むアクタノイド開発企業と真っ向から敵対しているにもかかわらず一勢力として幅を利かせるほどの実力者集団でもある。

 正面切っての撃ち合いはあまりにも分が悪すぎる。

 だが、好き放題させるのはあまりにも危険な相手でもある。今この瞬間も、本隊は『野武士』の討伐に向けて捜索中だ。そこにオーダーアクターが突っ込めば、本隊も全滅しかねない。


「――平泉さん、もう無理です!」

「分かってる! だが、ランノイドを失うと本隊の通信が維持できない!」

「そんなこと言っても、このままだと全滅しますよ!?」


 仲間の進言に頷きたい気持ちもあった。

 ここでランノイド系以外が全滅してもがっつり狩猟部としては大損失だ。ランノイド系そのものは戦力にはならない。

 それでも、がっつり狩猟部という組織全体で見た場合、本隊が通信途絶で全滅するよりはまだマシなのだ。


 問題なのは、がっつり狩猟部は民間アクターで構成されていることだ。各人の機体は基本的に操作しているアクターが資金を出している。

 この場でランノイド系を死守しろという命令は、数百万から数千万の赤字を覚悟しろと言っているのに等しい。


 一刻も早く打開策を見つけなくては、脱走者が出て戦線は崩壊する。

 どうする、と平泉は突破口を探してモニターを睨みつける。

 いまも、がっつり狩猟部と海援隊がお互いに潜んでいる山に対して弾幕を張っている。木々がなぎ倒されるほどの銃撃は環境破壊の権化だった。


「新界資源の保全をちっとは考えろよ、脳筋が!」


 とにかく、被害を最小限にしつつ撤退する以外の選択肢がない。

 平泉が撤退支援に誰を殿にするかを考えた時、海援隊側の山から沢へとアクタノイドが転げ落ちてきた。

 コンダクターのアクターが映像を共有しつつ、ボイスチャットで叫ぶ。


「向かいの山に野武士が出ました!」


 巨大な矢が刺さったランノイド系『シェパード』が共有された映像に収められている。

 状況がさらに悪化したのだ。


「ここで野武士が乱入するのかよ!?」


 平泉は即座に思考を切り替える。

 この場に最後まで残った勢力が野武士を鹵獲ないし破壊する機会を得る。

 野武士の襲撃を受けた海援隊は山を出るしかないが、勢力圏にある森ノ宮ガレージが近いため、捨て身にでる可能性が高い。いまごろは別動隊が森ノ宮ガレージを出発しているはずだ。

 海援隊がぶつかるとすれば、最大火力を誇るオーダーアクターだろう。


 平泉たちがっつり狩猟部としても、これは好機だった。単独ではオーダーアクターに勝てるはずがないが、乱戦に持ち込めば勝機がある。

 なにより、本隊を呼び寄せれば野武士との戦闘をしてくれる。

 自分たちはここで露払いをすれば、作戦目標は達成だ。

 平泉は計算し、覚悟を決める。


「海援隊にあわせてオーダーアクターの戦力を削るぞ! 島津戦法だ。突っ込んで撤退!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る