第十一話 群生地

 轟く銃声が沢に木霊する。

 瞬時に、千早はオールラウンダーを加速させ、その場から逃げ出した。


「なになになんで!?」


 すぐそばで木が弾ける。足元で小石が銃弾に弾かれて飛び上がり、隣の大岩に衝突して間抜けな音を奏でる。

 並の銃の威力と連射速度ではない。重機関銃、それも二丁で狙われているとしか思えない。


 命中率が悪いのか、単純に距離があるのか、オールラウンダーは最初の一撃で右肩の装甲を吹き飛ばされただけで被害がない。

 だが、一撃だ。一撃で装甲が吹っ飛んだのだ。こんな場所にいたらハチの巣になる。

 沢なんて開けた場所を逃げていたら不味いと、千早は遅れて気付く。


「や、山!」


 左右の山に逃げ込めば、距離があるらしい相手からの攻撃も緩むはず。そう考えて、千早はオールラウンダーの進路を右に取る。

 直後、右の山の中腹からの狙撃がオールラウンダーの左肩装甲を弾き飛ばした。


「なんでぇぇ!?」


 十字砲火に晒されている。千早はすぐさまオールラウンダーを反転させ、向かいの山へと逃げようとした。

 直後、向かいの山から軽機関銃が弾丸の雨を降らせてきた。


 オールラウンダーが背負っていたバックパックがぼこぼこに凹む。冷蔵機能用のバッテリーに衝撃が伝わったのか、煙を噴き出した。


「ナンデェエエェェ!?」


 十字砲火どころか包囲されている。

 千早は泣きながらオールラウンダーを加速させて沢を一気に上っていく。

 その時、背中のバックパックが火を噴いた。バッテリーが持たなかったらしい。

 バックカメラで火に気付いた千早は度肝を抜かれ、慌ててバックパックを放り出させる。

 直後、バックパックから武器を取り出すと勘違いされたのか、三方向からの銃撃が襲ってきた。銃弾が乱れ飛び、小石が跳ねまわり、沢が水しぶきを上げ、バックパックがボンッと音を立てて小爆発を起こし、千早のオールラウンダーは最高速度で逃げ出した。


 千早は全てのカメラ映像を見て敵機を探す。

 後方からの連続した銃声に対し、右側から黒色火薬の間延びした発砲音、左からはドローンが数機飛び上がった。

 だが、自分のもとに弾丸が届かない。正確には、散発的すぎて仕留める気がないように見える。


「な、なじぇ?」


 混乱する頭が更なる情報を求めて、千早は何も分からないままモニターを注視する。

 左側の山から飛び上がったドローンが向かいの山と、最初に千早のオールラウンダーへ銃撃を加えてきた背後の山へ向かっていく。しかし、ドローン数機の内、二機が不自然に弾かれて墜落していた。進路先の山からの銃撃で撃墜されたのだろう。

 味方のドローンを落とすとは思えない。


「……戦場?」


 ここで千早はようやく、自分が戦場のど真ん中を暢気に登山していたことに気付いた。

 同時に、自分のオールラウンダーが狙われにくいことにも納得する。


 戦力差がどうなっているのか千早には分からないが、紛れ込んだ一般貸出機のオールラウンダーなど脅威ではない。

 自身の勢力が陣地を張っている山に接近してきたら追い払うものの、それ以上をする気はないのだろう。もちろん、邪魔者には変わらないので仕留める気もあるはずだが、それよりも目の前の敵が最優先。


 千早はこれ以上巻き込まれないよう、戦場を背に沢を登りきり、大岩や大木を盾にしながら逃げた。


「怖ぁ……」


 這う這うの体で逃げ切った千早は感圧式のマットレスの上に座り込んでバクバクと音を鳴らす胸を押さえて涙ぐむ。

 システム画面を見ると、貸出機のオールラウンダーは左右の肩装甲を喪失し、バックカメラ破損、脚部にも一部異常が見られる。

 自走可能な軽微の損傷だが、装甲を失っているため修理費が少しかかるだろう。クレップハーブの採集依頼をこなしても赤字になりかねない。


 そもそも、帰れるのかもわからない。退路が戦場であり、これから戦線がどこへ動くかもわからないのだ。

 千早はふらふらと立ち上がり、銃声にびくりと体を震わせる。連動したオールラウンダーがギシギシと音を立てた。

 銃声が聞こえない距離までは逃げようと、千早はオールラウンダーに一歩を踏み出させて、気付く。


「……群、生、地」


 オールラウンダーが立ち上がったことで見えた藪の後ろの傾斜面に、クレップハーブの群生地があった。

 それも、ただの群生地ではない。本来は黄金色の楕円形をしているクレップハーブの実がやや赤みを帯びた球形になっている。

 別種の可能性が頭をよぎり、千早はパソコン上で資源判別アプリを起動した。

 アプリ上ではクレップハーブと識別されている。


 遺伝子サンプルを回収する依頼である以上、別種でもサンプルにはなるだろう。交雑種ができるなら品種改良の幅も広がる。


「ふ、ふひっ」


 持ち帰らなくてはならない。貴重な、もしかしたらここにしかないかもしれない別種、変種の可能性だってあるのだ。

 だが、持ち帰るための冷蔵機能付きバックパックは先ほどの戦場で捨ててしまっている。火を噴いていたことからも、回収して再利用は無理だ。


 しかし、ここはあまりにも戦場に近すぎる。

 千早は涙目のまま、震える手でパソコンを操作し、地図アプリを開く。現在位置をメモして、道中に見かけた破損機体の在処へオールラウンダーの頭を向ける。


「ふ、ふふふっ不肖、兎吹千早、守るべきものができました……ふひっ」

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