第十話  長閑な景色(裏)

「……おいおい、嘘だろ?」


 『がっつり狩猟部』の部隊を率いるアクター平泉は望遠レンズ越しに見るオールラウンダーの存在に混乱していた。


「お前ら、沢にいるアクタノイドに手を出すな」

「出しませんよ。怪しすぎる」


 貸出機と思しきオールラウンダーがのほほんと沢を上っていく。

 あまりにも無防備だ。いや、貸出機のオールラウンダー自体、この場にいるのは不自然すぎる。

 あんなモノが目立てば一瞬でスクラップだ。基盤も残らないレベルでハチの巣になる。


 なぜなら、あの沢は現在、自分たち『がっつり狩猟部』平泉隊と、海援重工所属クラン『海援隊』の戦場ど真ん中なのだから。


 オーダー系アクタノイド『野武士』を巡ったこの戦闘は、互いに主戦力を残した状態で沢を挟んだ睨み合いになっている。

 沢へと降りて相手のいる向かいの山へと登ろうとすれば狙い撃ちにされるため、互いが山の中腹にアクタノイドを潜ませている状態だ。


 がっつり狩猟部はその名の通り、狩猟をメインに活動しているため、山岳戦では一日の長がある。沢を挟んだ狙撃くらい、AI補助がなくてもやってのけるメンバーが多い。

 対して、海援隊はバックの海援重工による多額の支援により、機体も武装も整っている。AI補助込みで正確な狙撃をしてくるはずだ。


 お互いに潜んだまま相手の隙を窺い、ランノイドなどでの索敵を行っている一触即発の状況。

 そんな状況のど真ん中を、無防備にのほほんと沢登りをする無力なオールラウンダー。

 意味が分からなかった。


「まぁ、囮だろうなぁ」


 平泉はオールラウンダーの動きを眺めながら呟く。

 貸出機故に所属は不明。だが、安価でロートルなオールラウンダーなら、海援重工ほどの大企業にとって破壊されても痛くはない。


「撃ったらこちらの位置が特定されて、自爆ドローン辺りが突っ込んでくるんでしょうね」

「それにしても、あのオールラウンダーはなんとも無防備だな。役者だよ、マジ」

「野武士があれに釣り出されてくれれば早いんだけどな」



 海援重工の部隊を率いるアクター然郷しかさとは部下から報告された沢を上るオールラウンダーを確認し、眉をひそめる。


「……なんだ、あれは」

「がっつり狩猟部が出した囮では?」


 状況証拠は、囮で確定ではある。

 だが、然郷は納得がいかなかった。


「狩猟部は民間アクターのクランだ。ロートル機とはいえ、囮に使うには高価すぎる。裏に資金援助をしている団体でもあるのか……?」

「私見ですが、囮として対処した方がいいかと」


 部下の進言に、然郷も頷く。


「そうだな。なんにしても、あれを撃ってこちらの位置が特定されるのは割に合わない」


 相手はがっつり狩猟部だ。日本のクランとしては上位三位に入る戦闘能力を持つクランである。

 幸いというべきか、がっつり狩猟部の代表であるフィズゥは見当たらない。おそらくは二軍クラスの部隊だろう。

 それでも、初撃はこちらから決めたいのが然郷の本音だった。

 部下が呆れたように呟く。


「それにしても、あんな餌に我々が食いつくと思われているのは心外ですね。トリガーハッピーじゃある、まい、し……」


 言っているうちにその可能性に気付いた部下が口ごもるのと同時に然郷たちはゾッとする。


 『トリガーハッピー』、オーダー系アクタノイドにその通称で呼ばれる機体が存在する。

 つい最近、海援重工と同時に『野武士』討伐を宣言した民間クラン『オーダーアクター』の代表、メカメカ教導隊長が操る、分類不可にして現状最強のアクタノイド。

 両手の重機関銃を好き放題に乱射し、「銃声はASMR」と叫んで憚らない危ない銃器マニアだ。奴ならば、あの的にしか見えないオールラウンダーを見逃さない。

 然郷はすぐさま部下に命じる。


「索敵範囲を拡大! がっつり狩猟部が潜む向かいの山を後回しにして、オーダーアクターがいないか調査しろ!」


 もしも、『トリガーハッピー』がこの場に来ているのならば、鹵獲すれば『野武士』以上の功績となりうる。

 ただでさえ、『がっつり狩猟部』と正面からことを構えるわけにはいかないと、お互いに素性を察しながらも所属不明のままにらみ合っている状況だ。『トリガーハッピー』が流れ弾で行動不能に陥り、それを鹵獲しても咎められない状況が整ってしまっている。


 然郷は思う。自分ならば、確実に『トリガーハッピー』鹵獲に動く。それは、『がっつり狩猟部』も同じだろう。

 では、あのオールラウンダーは自分たちではなく、トリガーハッピーをおびき出すための囮。


「……どうやって、トリガーハッピーの接近を知った?」


 囮にオールラウンダーを繰り出すくらいだ。元からトリガーハッピーがここに来ると知っていなければ用意できない。

 対策は打ったが、然郷はまだトリガーハッピーが付近に潜んでいるという見立てに自信が持てないでいた。

 そもそも、がっつり狩猟部の本隊ならともかく、二軍がトリガーハッピーと戦って勝てるとも思えない。

 まだ何か見落としがあるのか。それとも、自分たちをトリガーハッピー戦に巻き込み、漁夫の利を狙っているのか。


 様々な可能性が脳裏を駆け巡ったその時、銃声が響き渡る。

 雷でも落ちたかのような轟音。立て続けに発射される銃弾が沢を上っているオールラウンダーに降り注ぐ。

 静かな沢が一転、銃声を木霊させる地獄の窯になる。

 轟音の正体が、アクター歴が長い然郷にはすぐに分かった。


「トリガーハッピーだ! 本当にいやがった!」

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