第二十三話 平和が一番
「く、クレイジーボマーっていわれた……なんでぇ」
千早は聞こえてきたボイスチャットに凹みつつ、自衛隊から借り受けたオールラウンダーを進ませる。
敵はバンドマンを含む、バンドの扱いに習熟しているらしい集団と、見たこともない汎用機の混成集団。
もっとも、一番腕がいいバンドマンを除く他の機体は、ユニゾンが巨木を盾に銃撃を加えて相手をしている。事実上の一騎打ちだった。
自衛隊からのオーダーは敵バンドの集団の撃破、または足止めだ。すでに自衛隊のアクタノイドは敵拠点に入り込み、施設の制圧を行いながら地球とを繋ぐゲートを探している。ほどなくして、この戦いは日本側の勝利で決着するだろう。
千早は時間稼ぎしか考えていないが、相手のバンドマンが話し掛けてくる。
「ボマー、お前らの勝ちだ。ったく、どこまで読んでいたんだか知らねぇが、とんでもねぇよ、お前は」
千早は首をかしげる。何一つ読んでいないどころか、現状を理解する情報すら持ち合わせがほぼない。ただひたすらに、巻き込まれただけだ。
そんなことともつゆ知らず、バンドマンが続ける。
「勝負には負けたが、せめてお前の首は取らせてもらうぜ。ムショで語る武勇伝くらいにはなるだろ」
こんなアクター素人があやつる汎用機の首が欲しいというバンドマンの言葉に、千早はさらに首をかしげる。
「……なんで?」
分からないまでも、積極的に狙われていることだけは理解した千早はどうにかして戦線を離脱できないかと――ちらりとも考えなかった。
なぜなら、経費は国持ちだから。
「だんまりかよ!」
突っ込んでくるバンドマンが拳銃『龍咆』を撃つ。バンドマンの手が動くより先に、千早はバンドマンとの間に粉塵手榴弾を投げていた。
バンドマンは構わずに粉塵越しに発砲してくる。その発砲回数を数えながら、千早はワイヤーフックを大破して転がっているアクタノイドに引っ掛けた。
巻き取り機を使ってアクタノイドを引きずり込み、盾にする。
粉塵手榴弾をばらまく限り、いかにバンドマンといえど迂闊に距離を詰められない。
だが、オールラウンダーは童行李と違って爆発物を満載できるわけでもない。標準よりはかなり持ってきたが、童行李の自爆特攻のように周囲一帯を吹き飛ばすのは無理だ。
代わりに童行李では使えなかった、突撃銃『ブレイクスルー』で反撃する。
粉塵越しにあてずっぽうで撃ち合いつつ、千早は時間を稼ぐ。
自衛隊からの連絡はまだかな、と考えていた千早だったが、粉塵の向こうからの射撃が途絶えたことに気付いた。
あてずっぽうに撃っていた弾が当たったのかと思った矢先、ユニゾンと交戦していたバンドの一機が突然こちらに方向転換し、龍咆を構えた。
サイドモニターに映るバンドに気付き、千早は慌ててオールラウンダーを横にジャンプさせる。
予測していたように、バンドは龍咆を向けて引き金を引いた。
ラグを考慮した先読みからの偏差射撃だ。しかも、放たれた銃弾はオールラウンダーの肩を撃ち抜いた。
反撃に突撃銃の銃口を向けると、バンドは左腕を盾にしつつ極端な前傾姿勢を取って一気に距離を詰めてくる。ソフト面での支援がないバンドであんな動きをするアクターを千早は一人しか知らない。
先ほどまで、粉塵越しに撃ち合っていたはずのバンドマン、冴枝だ。
「あっ、あの人、機体、変えた!?」
おそらく、冴枝組の他の機体の操縦権を現場で引き継いだのだろう。千早が童行李からオールラウンダーに切り替えたのと同様にだ。
戦場で動けるバンドの数だけ、冴枝は復活できる。まさに残機だ。
こんな相手と何戦もしたくはない。千早はボイスチェンジャー機能をオンにし、ユニゾンに連絡する。
「あ、あの、バンドマンが、乗り換えて、ます」
「あのバンドマン? 冴枝意音か。分かった。残機はこちらで削る」
「い、いえ、邪魔なので、下がって、くだしゃ」
「……了解」
なにを言ってるんだと反論されるかと思ったが、素直にユニゾンが引いてくれて千早はほっとする。会話を続けるほどにメンタルダメージを負っていく千早にとって、バンドマン以上に仲間とのやり取りが苦痛だった。
このバンドマンに負けても、千早の損害はないのだから。
会話をしている間に接近してきた冴枝のバンドが龍咆でオールラウンダーの足を狙ってきている。
モニターにその様子が映っている時点で、もう対処は間に合わないものだが、千早はすでに脚を動かした後だ。
モニターの向こうで、撃ち抜かれる前にオールラウンダーの足が転がっている手榴弾を蹴り飛ばす。
冴枝が放った銃弾がオールラウンダーの足の甲に穴をあける。問題ない。
直後、冴枝のバンドの至近距離で蹴り飛ばされた手榴弾が爆発した。
「ダ、ダミーじゃねぇ!? ――遠隔起爆式か!」
操縦権を引き継いだバンドのスピーカーがオンになっていたのか、向こうの動揺が聞こえてくる。
千早が巨木を倒す直前に敵と味方を引き離すために放り込んだダミー手榴弾の中には、遠隔起爆式がいくつか混ざっている。
爆風で尻もちをつくオールラウンダーに構わず、千早は残りの遠隔起爆式の手榴弾を爆破した。
あちこちで敵機が爆破に巻き込まれて中破、大破する。味方は下がってくれていたため巻き込まれた機体はごくわずかだ。
オールラウンダーが自動で立ち上がり、モニター上の視線の高さが元に戻った。しかし、爆発の影響で立ち昇った土煙で視界は最悪だ。
「もう残ってない、かな……」
無事なバンドが残っている限り何度でも復活してくるゾンビのような冴枝を警戒していた千早は、システム画面に物辺からの映像が届いたことに気付いた。
すぐさま映像を再生する。物辺の操るサイコロンが土煙の外から視界を共有してくれているようだ。
生き残りのバンドも見える。
千早は感圧式マットレスを強く踏み込み、オールラウンダーを走らせた。
操縦権を引き継ぐ前に生き残りのバンドを狩らなくてはならない。
「ま、まず一体」
土煙を飛び出しざまに、突撃銃でバンドを撃破する。直前に反応していたが動きが鈍かった。操縦権を引き継いだのは別の機体だろう。
まだ生き残りがいるはずだ。
ひとまず土煙の中に飛び込んだ千早は物辺からの共有映像を見る。
遠隔起爆式の手榴弾による爆破とユニゾンによる追撃の弾幕で死屍累々の戦場に、一機だけバンドが残っていた。土煙の中に他の機体が潜んでいなければ、あのバンドが冴枝の機体だろう。
「ご、ごめんなさい……」
相手の懐事情は知らないものの、国に補填してもらえる千早は敵機を破壊するのが少し後ろめたくなって小さく謝る。
スピーカーは入っていないので当然相手には聞こえていない。
土煙の外にいるバンドに向けて、千早は戦場に転がっていたオールラウンダーを無理やり立たせて、その背中を蹴り飛ばした。
共有映像で土煙から飛び出したオールラウンダーに驚異的な速度で反応したバンドが裏拳を見舞う。
裏拳でオールラウンダーの頭部がひしゃげる。戦場に転がっていただけあって胴体部分にいくつもの弾痕があるその機体にバンドが気付く。
その時には、千早のオールラウンダーが突撃銃を向けていた。
蹴り飛ばしたオールラウンダーの位置と冴枝のバンドの位置関係から、土煙の中でも相手の正確な位置が判明した。
引き金を引くと同時に、バンドが姿勢を低く、左腕を体の正面に構えて土煙に突入してくる。蹴飛ばされた機体の後ろに千早のオールラウンダーがいると分かったからだろう。
土煙の中に火花が散る。バンドの左腕の装甲が吹き飛び、左腕が機能しなくなり、それでも残った右腕で拳銃、龍咆を構える。
「――ボマー!」
土煙が風に吹き散らされていく中、ちらりと見えたオールラウンダーに向けて龍咆が火を噴く。
流石の高威力だけあり、一発でオールラウンダーの胸部に穴が開いた。
決着、オールラウンダーは動けない――はずだった。
「がんばー」
千早は麦茶の入ったコップを片手に、画面の向こうのオールラウンダーを、正確には直前に動作命令を送ったその武装を応援する。
装甲が吹き飛んだバンドの左腕にワイヤーアンカーが食い込む。手指を動かすためのケーブル類がちぎれ飛んだ。
アプリの動作指示に従って、ワイヤーの巻き取り機が起動する。
もはや動けないオールラウンダーとバンドが引き付けられ、距離がゼロになった。
なにをするつもりか、冴枝も分かったのだろう。
「また自爆か、クソボマー!」
吼える冴枝に、千早は麦茶を飲み終えてから頷く。
「だって、もう、戦いたくないもん……」
自衛隊が千早への貸出をやめるまで、何度でも自爆特攻してやるつもりである。
千早が瞑目すると同時に、モニターが白く染まる。爆発音が響き、モニターには『NO SIGNAL』の文字が刻まれた。
直後に、自衛隊からの全体連絡が入る。
「拠点を制圧完了。拠点内部にゲートを発見。作戦終了です」
おつかれさまでした、との言葉で締めくくられ、千早はほっと息をついた。
「平和が、一番……ふひっ」
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