エピローグ
「――新界資源を密輸の疑い。冴枝建設社長を逮捕」
そんなニュースが巷に流れる中、アクターたちは日本政府主催の懇親会に参加していた。
がっつり狩猟部の代表フィズゥやオーダーアクター代表メカメカ教導隊長など、身元を隠しているアクターは参加していないが、それでも多数の有名アクターが参加し、交流を図っていた。
広い会場を見回して、ユニゾン人機テクノロジー代表、厚穂澪は隣で白ワインが入ったグラスを回すΩスタイル電工代表、松留紘深に声をかける。
「初めてよね? 政府主催の懇親会なんて」
厚穂自身はアクターではないものの、企業やクランの代表にも招待状が届いている。
政府主催の懇親会と題されてはいる。だが、直前に他国スパイの拠点を潰しているのは無関係ではないだろう。
アクターの懇親会ではなく新界関係者の懇親会なのだから、何か大きな発表が控えていると想像できた。
唯一、企業代表とアクターの両方で招待状を受けている松留は会場の顔ぶれを注意深く窺っていた。
「今までは外国スパイの区別がついていなかったから、交流の場を用意できなかったんじゃない?」
松留の言葉に、厚穂は納得する。
ボマーの動きも角原グループや弧黒連峰を使ってスパイを炙りだしていた。無闇に喧嘩を売りすぎて海援重工やオーダーアクター、がっつり狩猟部なども掛かってしまっていたが。
肉類を皿に盛ってきた簾野ショコラがやってくる。名前に反して甘いものが苦手な彼女だが、厚穂たちに気を使ってかデザートの果物も別皿に盛ってきていた。
「角原グループの伴場や~冴枝がー、逮捕されましたから。スパイの内情がつかめてきたのかもしれませんよー」
「聞こえてたわけ? 中々の地獄耳ね」
騒がしい会場内でよく聞き取れたものだと厚穂も思うが、松留の口の悪さを注意しようとして、簾野に先を越された。
「お二人の声は透き通っているのに覇気があって、とても聞き取りやすいんですよー?」
「……悪かった。言葉の選び方を間違ったよ。あんたの豊聡耳に敬意を表する」
「ふふっ。お互いを褒めていきましょうねぇ」
やっぱり怖いなこの人、とおくびにも出さず、厚穂は話題を変える。
「何はともあれ、これでいくらか平和になればいいわね」
「それは無理さ。新界の利権争いはまだまだ続く」
「そうですねぇ。台風の目になっているのはボマーさん、でしょーかー?」
「そのボマーが散々暴れたのよ? どこの勢力もアクタノイド不足になってる。しばらく目立った衝突はないわよ」
「あぁ、そういう見方もあるか」
厚穂の言葉に同意して、松留が会場を見回す。
「そもそも、結局ボマーってどこの誰? 自衛隊からもオブザーバー扱いだったって、部下から報告を受けてるんだけど?」
厚穂は簾野と顔を見合わせる。表情で分かった。お互いに情報を持っていない。
簾野が困ったように笑って、皿を見せる。
「このお皿を作りつつぅ、聞き耳を立てていましたー。ですが、誰も知らないようですねぇ」
「えっ? もしかして来てないの?」
松留が驚いたように会場の正面にある壇を見る。
スパイの摘発において、事前準備も含めて最大の功績を残したのがボマーだ。招待状が届かないはずはなく、自衛隊や政府が放っておくはずもない。
だが、松留は考え直したようにふっと笑った。
「――いや、来ていたらこの会場が爆破されてるか」
「いえてるわね」
「ですねぇ」
松留の不謹慎なジョークに厚穂と簾野が笑った時、壇上に新界資源庁の長官が登壇した。
壇の後ろのスクリーンに映像が映し出される。
会場が静まり返り、壇上の長官に視線が集まった。
長官はマイクの高さを調整した後、話し出す。
「お集まりの皆さん、後日記者会見でも発表することになりますが、この場を借りて公表させていただきます」
長官の言葉と同時に、スクリーンの映像が切り替わり、宇宙を目指すロケットが映し出される。
厚穂は驚愕に硬直し、松留が目を見開き、簾野が意味深な笑みを浮かべる。
新界資源庁長官はスクリーンに映し出されたロケットの画像を手で示して続けた。
「新界資源庁は今後の円滑な新界開発を目指し、通信衛星を始めとする宇宙事業を開始いたします」
長官の発表に会場は一瞬で歓声に包まれた。
厚穂は松留、簾野と顔を見合わせる。
スパイ摘発すらも、ボマーにとっては通過点だと分かったのだ。
「ロケットの打ち上げは失敗の可能性や惑星の回転速度を踏まえて東の海へ発射されるわよね?」
「現状、最も東にあるガレージは淡鏡の海……!」
「海樹林海岸とは違ってー沖合に島もなく、打ち上げ場所として最適ですよねぇ?」
ボマーが淡鏡の海の測量依頼に参加するはずだと、厚穂たちは笑いあう。
通信衛星が上がればアクタノイドによる新界の奥地開発に役立つ。
さらに、通信衛星があげられるのならば偵察衛星を打ち上げることも可能になる。いつどこに政府の監視の目があるか分からない状況は、大手の勢力による理不尽な戦闘を自粛させる効果もある。
外国工作員による密輸が摘発されたばかりでもあり、政府は監視の目を強めるだろう。
早い話が、新界は平和になる。
ボマーはこれを狙っていたのかと盛り上がる厚穂たちとは異なり、情報が届いていないアクター達は衛星ロケット打ち上げに拍手しながら共通の認識を持っていた。
「これ、ボマーみたいな戦闘屋には悲報だよな……?」
※
「や、やったー!」
千早はもろ手を挙げて政府発表を喜んでいた。
偵察衛星が打ち上がれば安全な依頼が増える。弧黒連峰での農作業もはかどる。
おそらく、全アクターの中で今回の発表を一番喜んでいるのは千早だった。
「うへっ、うへへへっ」
これで戦闘系依頼は激減する。弧黒連峰での畑仕事も精が出るというものだ。
こらえきれない笑みに表情が歪む千早はカピバラクッションと万色の巨竜ぬいぐるみを両手に抱えて顔を埋め、仮眠用ベッドの上で足をじたばたさせる。
ついに自分の時代が来たと、戦いに巻き込まれる日々が終わりを告げたのだと、千早は祝杯を挙げたい気分だった。
「ノンアル、買ってくる、べき? ふひへっ」
一人盛り上がっている千早に水を差すように、スマホが立て続けに着信を知らせた。
ふと真顔に戻った千早は。嫌な予感に震えつつ、恐る恐るスマホを手に取った。
分かっていた。
自分に平穏など訪れないと。
だが、それでも、千早は期待してしまうのだ。
のんびり穏やかで平々凡々な農作業をアクタノイド任せにできる、そんな優雅な日々を。
そんな千早の夢想は光を灯したスマホの画面が無慈悲に打ち砕く。
『対アクタノイド戦術顧問へのお誘い』
『官民合同、新界防衛訓練の隊長候補生へのお誘い』
『アクタノイド闘技場、パートナーシップへのお誘い』
メッセージを開き、文面を読む間に次のメッセージが割り込んでくる。
どれこれも、平和になりそうな新界の情勢に喧嘩を売るような、変化球の戦闘依頼ばかり。
「……ふひっ」
気持ち悪い笑い声をこぼしつつ、千早は涙目でベッドに倒れ込む。
「なんでぇっ!?」
致命的なエラーを起こした評判は、まだまだ千早を苦しめるようだ。
――――――――――――――――
これにて完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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