第二十二話 クレイジーボマー

 いつかやると思っていたけどついにやりやがったと、『ユニゾン』の隊長、物辺祐磨は乾いた笑いをこぼす。

 実に鮮やかな電波塔爆破にユニゾンだけでなく自衛隊からも拍手があったが、続いて届いた戦況報告にはドン引きしたような沈黙の時間が続いた。物辺同様、乾いた笑いを浮かべるしかできなかったのだろう。


 ――うさぴゅー、敵最大戦力の一角、オーダー系『ジョロウグモ』と『ザ・ウォール』をその他アクタノイド十数機ごとまとめて自爆に巻き込み殲滅。


「個人アクターの思い切り方じゃないですね」


 自衛隊の回線で誰かが呟いた。

 漏れ聞こえてくる会話から察するに、ボマーことうさぴゅーはあくまでも個人アクターらしい。自衛隊がわざと誤認させるような呟きをしているだけだと思いたい。

 現状唯一のコンセプト機、童行李を自爆特攻に使うなど、資金難にあえぐのが常の個人アクターの戦法ではないのだから。


「ボマーやばすぎる……」


 ユニゾンのメンバーが引き攣った笑いが目に浮かぶ震えた声で言う。物辺は静かに頷きつつ、自分の仕事に目を向けた。


「ボマーのおかげで電波環境が改善した。敵は電波塔とジョロウグモが壊れて高スペック機体の動きが鈍くなっている。畳みかけるぞ!」


 物辺はサイコロンの各部モニターから送られてくる映像を基に味方の陣形を組みなおし、敵のランノイド系へと優先して銃撃を加えるように指示を出す。

 外国製の見たことがない汎用機がちらほら混ざっている。向こうもなりふり構わなくなったのだろう。

 ランノイド系の特定に少し手間取るものの、立ち回りを見ていれば察しが付く。


「右奥の緑色の機体を狙う。同型機をマーキングするから優先排除」


 サイコロンの映像処理AIを活用し、敵機の同型機を特定、赤い四角で強調表示して味方に送る。

 後方に控えているランノイド系コンダクターが自爆ドローンを展開し、高高度から突入させる。サイコロンの映像から優先して排除する目標を特定、地面へ突き刺さるような勢いで突っ込んだ。

 小規模な爆発が起き、ランノイド系と思しき敵機が動かなくなる。衝撃に弱いのは日本製と変わらないらしい。


「物辺さん、前線を押し上げますか?」


 重ラウンダー系、重甲兜を操る味方からの具申に、物辺はしばし考える。

 前線における物量差は明白で、ライオットシールドを構えた重ラウンダー系の隊列で敵基地内に進攻するのは可能だ。


 問題は、いまだに残っている敵の建物からの攻撃を耐えられるかどうか。

 敵拠点にはおそらく地球に繋がるゲートがある。それも、規制の厳しい日本とは違って新界の環境がどうなろうとかまわないと考える他国に繋がるゲートだ。国際法違反の武装で痛烈な反撃を受けかねない。

 目の前の敵を十分に減らしつつ、専門知識がある自衛隊の突入を支援する方が得策だろう。


 それに、と物辺は敵の前線部隊を見る。

 ボマーによる自爆特攻に前後して、敵の中にバンドが混ざり始めた。それ自体は脅威ではないものの、近接格闘が得意なバンドにしては珍しい遅滞戦術を取っている。

 バンド達のアクターは何かを待っている。敵にバンドマン冴枝意音がいることも踏まえれば、おのずと答えは見えてくる。


「現在の戦線を維持する。全体、突出してくるバンドを見かけたら報告を――」


 物辺が注意を促そうとした矢先、敵方に動きがあった。

 東側から駆け付けた少数のバンドが遅滞戦術を取っていたバンド達と共に一気に距離を詰めてきたのだ。

 ボマーが暴れた東側からの参戦。つまり、ボマーの爆破を逃れる判断力を有したバンド使い。


「来たか、冴枝!」


 敵方の最大戦力、バンドマン冴枝意音率いる冴枝組だ。


「敵バンドマンの斬り込み部隊だ! 火力を集中し、敵の脚を止めろ!」


 重ラウンダー系が数機やられるだろうが、ここで冴枝組を落とせるのならお釣りがくる。

 そう判断した物辺だったが、バンドの集団は想像以上の速度で重ラウンダー系に肉薄した。

 弾幕を張っていたにもかかわらず、数機のバンドを弾避けにして後続のバンド達を到達させる、斬り込み部隊の理想的な動きだ。

 流石に場慣れしていると、物辺は悔しさに歯噛みする。


 バンドの斬り込み部隊に合わせて、敵がにわかに活気づいた。敵のラウンダー系が前線を押し上げようと走ってくるのが見える。その後ろでロケットランチャーが準備されていた。

 カブトムシのような受信機を備えた頭部が特徴的な重ラウンダー系、重甲兜が肉薄してきたバンドに正面から殴りつけられている。ボクシング経験者らしき軽いフットワークから、踏み込みの勢いが乗った強烈なボディブローだ。

 重甲兜の姿勢制御が働き、ボディブローの衝撃を流すために脚を踏ん張った直後、バンドが右側面に回り込み、腰から引き抜いた拳銃、龍咆の引き金を引く。

 至近距離からの銃撃。それも、大威力が売りの龍咆だけあって重甲兜が胴体のバッテリーを正確に撃ち抜かれて稼働を停止する。


 同じような格闘戦を行うバンドが他にも数機散見された。バンドマンは一人ではないらしい。

 形勢が一気に逆転した。

 このままではまずいと、物辺は味方に後退を命じる。


「森まで下がれ! 敵のバンドとランノイド系を引き離して回線有利を取る!」


 サイコロンの武装を散弾銃に持ち替え、物辺は味方の撤退を支援する。

 同時に、ボイスチャットで自衛隊に救援を要請した。


「バンドマンが多数出ました。おそらく、冴枝組です。救援をお願いします」

「ボマー――失礼、うさぴゅー氏にオールラウンダーを貸し出して向かわせます。本人からオールラウンダーに少し細工をしたいとの話があるので、完了するまで戦線を維持するか、緩やかに後退してください」


 なる早で頼むぞ、と心の中で付け加えつつ、物辺はラウンダー系の部隊を率いて引き撃ちを図る。

 だが、バンドは馬力に任せて破壊した機体を持ち上げて盾にしたり、拾った銃を投げて追いすがってきた。

 このままでは、森に逃げ込む前に取りつかれて乱戦になりかねない。


「くっ――」


 肉薄してきたバンドを見て、物辺はサイコロンに散弾銃を捨てさせ、拳銃を引き抜いた。

 バンドが引きちぎってきた重甲兜の頭部をアンダースローで投擲してくる。よどみのない動き、バンドの重心を把握した最大効率の動作。一目でわかる。他のバンドマンと比べても異次元の操作技術。

 ――冴枝意音だ。


 物辺はサイコロンのスピーカーをオンにする。


「無駄な抵抗はやめろ! 新界で暴れても、地球で逮捕されて終わりだろうが! もう逃げ場はない!」


 サイドステップとバックステップを織り交ぜながら的を絞らせないバンドがスピーカーをオンにして答えた。


「なに言ってんだ。俺は雇われにすぎねぇよ!」


 一瞬だけ動きを止めたバンドが拳銃を腰だめに撃って、すぐにサイドステップを始める。

 正確に頭部を撃ち抜かれたサイコロンは左側のカメラ機器が破損した。反撃に放った弾丸はむなしく宙を裂いていく。


「なら、なおさら投降しろ! 自衛隊も来ている!」

「なんだってェ? 事務所の外が騒がしくて聞こえねェなァ!?」

「それ事務所に警察が来てるだろ!?」

「最近の押し売りは警察署の方からくンだよ!」


 しらばっくれた冴枝のバンドがサイコロンに踏み出した直後――サイコロンの映像処理AIが緊急アラートを鳴らした。

 なにかと思った矢先、右側から手榴弾が大量に降ってくる。

 こんなに大量の爆発物を携帯するアクターを物辺は一人しか知らない。


「嘘だろ、仲間ごと爆破する気か、あのクレイジーボマー!?」


 あまりのことに絶叫し硬直する物辺のサイコロンとは違い、冴枝の判断は速い。

 即座にバンドにバックステップを取らせて手榴弾から距離を取った。冴枝の動きを見て手榴弾に気付いた他の敵機も波のように引いていく。敵ながら鮮やかな引き際だ。

 双方の距離が開いたその瞬間に、見計らったように爆発が起きる。

 画面のフラッシュに備えて思わず目を瞑った物辺だったが、恐る恐る開いた目に映るのは『NO SIGNAL』の画面ではなく、サイコロンの前に倒れ込んだ巨木だった。


 戦場を分断するように倒れ込んだ巨木は根元に爆破された跡があった。

 突然横から現れたオールラウンダーが巨木の幹を飛び越えて、地面に散らばる手榴弾を気にせずバンドマンに走っていった。

 手榴弾を一切気にしないその動きを見て、物辺は気付く。


「不発弾……いや、ダミーかよ」


 味方も理解が追い付き、被害状況を確認し始め、立て直しを図る。

 物辺は被害状況を聞きながら、オールラウンダーに向けて呟いた。


「疑ってごめん。……でも、やりかねなかったし」

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