第二十一話 ジョロウグモ&ザ・ウォール
足止めどころか撃破の任務を与えられ、千早は一も二もなく戦線離脱を決め込んだ。
即座にオーダー系アクタノイド二機に背を向けて走り出す。
障害物を避けるオート操作に切り替えて童行李を敵拠点の西から撤退させつつ、敵機が追ってこないかバックカメラのモニターをチラ見した。
直後、『NO SIGNAL』の文字がモニターに表示される。
「――なんでぇ!?」
多少電波が弱いと思っていたが、まさか通信が途絶するとは想像していなかった。
千早は慌てて回収を自衛隊に頼みかけたが、唐突にモニターが復旧し、童行李の視界が映し出される。
バックモニターにオーダー系アクタノイドの片方がばらまいたらしいチャフが映っていた。電波妨害を受けたせいで童行李の通信が途絶したものの、オート操作で離脱を選択していたため妨害範囲から奇跡的に生還したらしい。
全力疾走で障害物を避けきる自信がなかったからこそのオート操作に救われた形だ。
チャフは当然、敵機体にも影響があるはず。手榴弾を遠投すれば倒せるかもしれないと思った千早だったが、すぐにあきらめる。
童行李に搭載されている赤外線カメラは、チャフを撒いたオーダー系から敵機へと赤外線通信を行っている様子を捉えていた。
もう一機のオーダー系が自らの装甲を両手で引きはがす。すると、折りたたまれていた装甲が自動で展開し、敵機集団の前面で即席の防壁となった。高さ二メートル、幅三メートルの折り畳み式の設置盾になっているらしい。
あれが『ザ・ウォール』と呼ばれるオーダー系の機体だろう。すると、チャフを撒いたり赤外線通信をしているのが『ジョロウグモ』ということになる。
道理で、陽動ではなく撃破を命じられたはずだ。野放しにしておくと味方が全滅しかねない。
通信妨害特化型の機体とそれを守る防御特化の機体の組み合わせ。かなり強力なオーダー系二機に加えて、バンドマン率いるバンドの近接格闘機部隊とベルレット、キーパーといった火力部隊が揃った万全の布陣。
なお、千早は銃を撃てない童行李一機。
「オワッタ……」
逃げたい。実際、直前までは逃げ切るつもりだった。
だが、ザ・ウォールはともかく、ジョロウグモを放置して敵前逃亡すると敗戦の責任を押し付けられるのは間違いない。小学校の体育でチーム戦をした結果を思い出す。いつだって千早は負けの原因として挙げられた。
今回もきっと同じ。それがコミュ障の運命。
「ふひっ」
あまりにも絶望的な状況と背負いきれない重責に、千早は気持ち悪い笑い声を上げた。
童行李を操作し、粉塵手榴弾を遠投させる。粉塵で赤外線通信を妨害してしまえば、敵もチャフをばらまけないと考えたのだ。
回線の優位を取れると踏んでザ・ウォールの壁を出てきていたベルレットが粉塵手榴弾をもろに受ける。
赤外線通信が途絶して硬直したベルレットに、千早は容赦なく手榴弾を投げつけて爆破した。
直後に、ザ・ウォールの壁の内側から銃弾の雨が横殴りに降り注ぐ。千早は天蓋森林の巨木の裏に隠れていたため無事だったが、手榴弾を受けても立っていたベルレットは瞬く間に吹き飛ばされ、背部の装甲に無数の穴が開いた。
「怖ぁ……」
千早の童行李を仕留められるのなら味方ごとでも構わないという捨て身の弾幕に、千早はビビる。
そもそも、粉塵手榴弾で動けなくなるのはベルレットで確認したのに、なぜ壁の内側の機体は動けるのだろうか。
粉塵が晴れるのを待ってカメラ越しに覗いてみる。
「……あ、蜘蛛」
ジョロウグモが味方の機体に対して有線接続をしていた。無数のLANケーブルが十機ほどの味方の機体に接続されている。粉塵手榴弾対策も万全、ということだろう。
見たところ、ジョロウグモは武装を持たない純粋なランノイド系だ。ランノイド系は精密機器が搭載されており、衝撃に弱い。無線有線に赤外線通信まで備えているジョロウグモは機体の大きさからみても内部構造が緻密で、銃器の反動にも耐えられないのだろう。
だからこそ、ザ・ウォールがいる。
防壁として十分な厚みのある装甲を身にまとって行動できる馬力があり、装甲を展開した今は突撃銃を構えている。重、軽ラウンダー系を兼任しているようだ。装甲をはがした今は骨格標本のようなひょろりとした形状だが、馬力や機動力は侮れないものがある。
千早は粉塵手榴弾を準備しつつ、相手の出方を窺う。
通信妨害範囲に入れば童行李が動けない。だが、相手も『ジョロウグモ』の有線接続範囲を出れば粉塵手榴弾の餌食になって動けない。
距離を保つしかない状況下では、爆発物しかない童行李よりも突撃銃や機関銃を持つバンドたち側が圧倒的に有利だった。
いまいち攻め手がないと焦っていた千早のもとに、急かすように自衛隊からのボイスチャットが入る。
「緊急です。『ジョロウグモ』を早急に撃破してください」
無茶振りを急かしてくる自衛隊に、千早は涙目になる。撃破できるならとっくにやっていると反論するコミュ力などないため、言われっぱなしである。
自衛隊が続ける。
「他の戦線にも電波障害が発生し、まともに戦闘できません。増援にリーフスプリンターと天狗をそちらに送ります。本戦闘にかかる一切の経費についてはこちらが引き受けますので、安心してください」
「……え?」
救援が来る。なるほど、ありがたい。
だが、そんなものより重要な言質を取って千早は満面の笑みを浮かべた。
『ジョロウグモ』を破壊すれば経費を国が持ってくれる。
童行李そのものも高価ながら、今日の戦闘で使った爆発物の総額も大変なものだ。
その経費を自衛隊が持ってくれる。
「……ひひっ」
無茶振りばかりでどうしようかと思っていたが、経費が自衛隊持ちなら話は別だ。
実質ノーリスク。
「うふひひっ」
即座に、千早は童行李を操作する。
最長のワイヤーを取り出し、ワイヤーアンカーを樹上に撃ち込む。
童行李を急速上昇させて枝の上に立たせた千早は、アプリの照準補助を用い、高所からワイヤーアンカーを敵陣へ撃ち込んだ。
狙いはザ・ウォールが展開する防壁だ。
即席の盾になっているその防壁をワイヤーの巻き取り機で引きはがす。
敵も童行李が爆発物しか持っていないことに気が付いているのだろう。防壁にはあまり頓着しなかった。しかし、目ざといバンドがそれとなく後退し、建物の陰へと移動していく。
標的はあくまでもジョロウグモだ。バンドなんてどうでもいい。
機関銃や突撃銃の銃弾が殺到するが、防壁は中々頑丈で穴も開かない。多少凹むものの、簡単には抜かれないだろう。
童行李に防壁を両手で保持させる。かなりの重量があるが、持てないこともない。
ガンガンと防壁が銃弾を弾く音を聞きつつも、千早は笑いながら複数のアプリに動作命令と順序を打ち込んだ。
「アプリ、起動っ」
エンターキーを押して、千早は童行李の操作を手放す。
与えられた指示に従って、童行李が動き出す。
木の幹に打ち込んだワイヤーの逆端を背中に装着、敵陣とは反対方向へと最高速で走り出し、枝から飛び降りる。
巨木の上からワイヤーに吊るされた童行李は、振り子運動でジョロウグモたちが引きこもる防壁へと上から覆いかぶさるように落ちていく。
当然、敵が大量の銃弾を見舞う。流石の防壁も、距離が近付くほどに威力が増す銃弾に耐え切れず、複数の穴が開いた。
だが、もう遅いのだ。たとえ童行李に銃弾が命中しようと、童行李が大破しようと、もう遅い。
ワイヤーを切り離した童行李がきりもみ回転しながらその小柄な体を一つの強烈かつ凶悪な爆弾と化し、敵機の集団へと飛び込んでいく。
自爆特攻だと気付いたジョロウグモたちが逃げようとしても、ランノイド系のジョロウグモの足で逃げ切れるはずもない。有線接続のせいでザ・ウォールや他の機体も逃げられない。
「――来るなぁああぁあ!」
なんか聞こえた気がしたが、もう千早は操作を手放している。
敵が撒いたチャフの影響下に入った童行李の通信が途絶え、モニターに『NO SIGNAL』の文字が表示された。
自衛隊やユニゾンが共有してくれているリアルタイムの戦闘映像にモニターを切り替えた直後、敵拠点の東で大爆発が起きた。
鮮烈な爆炎が、凶黒の爆煙が、激震たる爆音が、童行李の最期を彩る。
爆破の衝撃で東側にあったプレハブの屋根がめくれ上がり、機体の一部と思われる部品が敵拠点に降り注ぐ。
バラバラ、ガラガラと降り注ぐ異様な雨に、戦闘が一時中断し、両陣営が唖然とした様子で東の方角を見た。
童行李はボマー用のコンセプト機体である。その背中の行李箱に満載された爆薬は多少減っていたにもかかわらず敵拠点の一画に小さなクレーターを穿った。
電波妨害を受けて乱れていたリアルタイムの映像が、爆発の直後から急速に回復する。ジョロウグモが爆破の衝撃で大破したのだろう。おそらく、逃げ遅れただろうザ・ウォールや他の機体も大破しているはずだ。
千早は爽やかな気分で麦茶に手を伸ばす。
「ふへっ。機体が壊れちゃったから、もう戦わなくて、いいよね。経費は国持ち、報酬も出る。サイコー」
あとは戦況を眺めながら麦茶を飲みつつ味方を応援するだけだ。
千早が画面にガッツポーズをした矢先、自衛隊からの連絡が入った。
「オールラウンダーの予備機を貸し出しますので、戦線に復帰をお願いします」
「なんでぇえ!?」
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