第二十話 爆発も芸術だ

 童行李を警戒しているのか、敵拠点西側には七機のアクタノイドが集まっていた。

 金網フェンスの奥、十メートルほどのところにある建物の陰から突撃銃を向けている。

 爆発物を使えば金網フェンスは紙同然だ。まして、巨木を倒すようなやり方をされれば密になっているほど危険。


 その結果が、頑丈な建物陰に陣取って弾幕を張る戦法らしい。少ない戦力で童行李を追い払うのであれば正しい選択ではあるが、童行李一機に数機の戦力を割いている時点で千早の任務が完了している。


「……オーダー系、なし」


 集音機もおかしな駆動音などは捉えていない。

 敵機の内訳は、内蔵の軽機関銃で弾幕を張れるベルレットと装甲の厚さで背後を守りつつどっしりと構えて迎撃する重ラウンダー系キーパーだ。正攻法で距離を詰めるのは難しいだろう。

 敵の射程は六百メートル程度。天蓋森林の中にいる間は木々が盾になっているためいくら弾幕を張られても被弾しないが、森を出たらハチの巣だろう。


「……見物、してよう、かな」


 交戦のリスクを負わずとも、ここに敵戦力を釘づけにしていれば千早も仕事を達成できる。

 いわば、この状況は――


「win―win、では?」


 向こうだって貴重な機体を壊したくないはずだ。このまま睨み合いをしていればお互いにのんびりと戦闘の終了を待っていられる。

 なんだ、簡単なことじゃないかと、千早はニマニマしながら麦茶の入ったコップを手に取る。


 直後、建物から新たに出てきたバンド達がスピーカーで声をかけてきた。


「ボマー! 前回の借りを返してやるよ!」

「げほっ」


 なぁなぁで済ませようとした矢先に敵愾心に溢れたバンドたちが出てきて、千早は思わずむせる。

 コップを横に置き、千早はモニターを見る。


「貸したっけ……?」


 自分から攻撃しに行った記憶など、千早は今回の作戦まで一度もない。攻撃してきた相手を泣きながら撃破した記憶ばかりだ。

 借り云々と言い出す輩がいるとすれば、それは十中八九、逆恨み。


 そもそもボマーって誰、と千早は自覚もなく手榴弾を手に取る。

 現れた時の威勢の良さに反して、バンド達が突っ込んでくる様子はない。油断なく建物の陰に身を隠して童行李がいる場所へと弾幕を張ってくる。

 敵拠点のレーダーが良い仕事をしているのだ。


 そもそも、バンドはソフト面や視界不良といったデメリットが大きいものの、機体性能は比較的高い。そのバンドが拠点内で十分な補助を受けられるのだから、下手なアクタノイドよりも厄介だ。

 もしもあの中にバンドマンが混ざっていたら、とまで考えて、千早は先日退治したバンドマンを思い出す。


「……あの人?」


 過ぎたことだと名前は忘れてしまったが、やくざのボスがバンドマンだったはずだ。

 千早は緊張のあまり気持ち悪い笑みに顔を歪ませる。

 やくざに恨まれているのは恐ろしい。しかも、この状況下でバンドマンを相手にしては、童行李はひとたまりもない。

 不用意に距離を詰めれば近接戦が得意なバンドマンに童行李は破壊される。かといって、あのやくざが出てきたのだからこのままの膠着状態を許さないだろう。


 粉塵手榴弾で処理してみようと敵拠点に遠投してみる。だが、バンド達は前回の反省を活かして即座に距離を空けて範囲外に逃れた。

 敵拠点のレーダーが童行李を捉えているのだから、弾幕が一時的に薄くなっても問題ない。むしろ、弾幕が緩んだところに童行李が飛び込んでくれば、バンドマンが仕留めに動ける。

 攻めようがない、と千早は味方のボイスチャットを聞いて戦況を確かめる。


 自衛隊もユニゾンも、いまいち攻めきれないでいるらしい。外部に出払っていた敵の部隊に背後をつかれて対処中のようだ。

 なにより、大部隊で動いている彼らは回線が混雑したり混線してしまっている。敵との通信強度の差で思うように動けないようだ。

 ならば、その背後の敵部隊に横やりを入れて味方に恩を売る動きをすれば、やくざに背を向けても大丈夫だろう。


 千早はさっそく地図を確認する。

 直後、ユニゾンの隊長、物辺から連絡が入った。


「すみません、うさぴゅーさん。敵拠点のそばにいますよね? こちらの攻略目標の一つ、敵拠点の電波塔の破壊が難しいので、手伝ってほしいんですけど」


 添付された電波塔の画像を見た千早は、童行李の視界にその電波塔を見つける。

 電波塔を破壊すれば敵の電波状況が悪くなり、戦況が傾く。敵もそれを分かっているため、電波塔の周辺には多数のアクタノイドを配置して防衛力を高めており、『ユニゾン』は局所的な戦力差で苦しんでいた。


「なんでぇ……」


 やくざに背を向けて逃げ出そうとしていたのに、むしろさらに恨まれる行動をしなくてはいけないらしい。

 嘆きながら、千早はパソコンを操作して測量アプリを起動、位置情報の計算を任せた。

 麦茶を飲みつつ計算結果を別のシミュレーションアプリに打ち込んでから、千早は童行李を操作する。


 ワイヤーアンカーを巨木の上に撃ち込み、ワイヤーの巻き取り機を使って遠隔起爆式の爆弾を巨木の上に引き上げる。

 相変わらず、敵拠点からはバンドやベルレット、キーパーによる弾幕が張られているが、天蓋森林の中にいる童行李には届かない。

 巨木の根元を爆破し、敵拠点へと倒壊させる。


 予想していたように、敵の戦力が左右に分かれて巨木の根元へと銃撃を集中させる。

 だが、関係ない。童行李は爆破時にはすでに森の奥へ退避していた。

 倒れ込む木がきちんと電波塔に向いているのを見て、千早は自分の仕事を自賛する。爆破によって倒れる方向をある程度調整したつもりだが、上手く倒れる保証はなかったのだ。アプリによる補佐様々である。

 だが、倒木は電波塔にギリギリ届かない。敵も拠点を隠すために森の中を選んだものの、倒木の危険性は考えていたのだろう。

 だが――倒木の先端に大量の爆発物が設置される想定はしていない。


 電波塔の手前に届いた巨木の先端で大爆発が巻き起こる。

 電波塔はもちろん、守っていたアクタノイドごと周辺の地面を吹き飛ばす。爆発の衝撃はすさまじく、巨木の先端が吹き飛んで周辺に巨大な葉っぱと枝をまき散らす。

 根元を盛大に吹き飛ばされた電波塔が傾き、音を立てて崩れていく。

 それをみて、味方のボイスチャットが大騒ぎになった。


「あんなに爆発物を持ち込んでるのかよ!?」

「絶対に近付きたくないわ!」


 仕事を果たしたはずなのに散々な言われようである。

 千早はプルプル震えて呟く。


「なんでぇ……?」


 その矢先、童行李の索敵機器が敵の増援を発見した。

 メインモニターを拡大すると、見るからにオーダー系と思われるアクタノイドが二機、戦線にやってきていた。


 千早は嫌な予感を感じつつ、自衛隊に敵機の映像を送る。

 オーダー系アクタノイドを二機も相手取れるはずがない。いい加減戦線を離脱させて欲しいという無言の圧力のつもりだった。

 なお、自衛隊からの回答は無慈悲である。


「当該アクタノイドをマスクガーデナー所有オーダー系アクタノイド『ジョロウグモ』並びに『ザ・ウォール』と断定。撃破をお願いします」

「むりぃ……」

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