第十九話 マスクガーデーナー拠点

 スプリンター系童行李の利点をフルに活用して、千早は一気に北へと向かわせる。

 巨木の間をするりと走り抜け、両手に持ったワイヤーアンカーを木に打ち込んで後ろから来るだろうベルレット達を足止めする。

 そうしているうちに、自衛隊から連絡があった。


「標的の拠点を発見。位置座標を送ります」


 メールで届いた位置を確認し、千早は進路をわずかに西へ修正する。

 まだそこそこ距離があるものの、たどり着けば味方が大勢いる。とにかく早く向かわなくては、とモニターに視線を戻した時、システム画面に接近してくる敵機を捉えたとの情報があった。

 千早の動きに気付いたベルレット達が引き返してきたらしい。


「拠点に、レーダー、あるのかな」


 ベルレット達の死角を縫ってすり抜けたはずだ。外部から情報がなければ追いかけてくることはないはず。実際、ベルレット達の動きは遅かった。

 レーダーが拠点にあるのなら、こちらの方面戦力が千早だけだとバレているはずだ。自衛隊やユニゾンなどのクラン連合が拠点に迫っている中、千早の方に戦力を割かないだろう。


「ふへへ、むしろ、安全」


 もっとも、ベルレット達が追いかけてきている時点で、銃器を使えない童行李が圧倒的に不利ではある。

 方針を変えることなく、千早は全速力で敵の拠点へ童行李を走らせた。


 遠くで銃声が鳴っているのを、童行李の集音機が捉える。もうじき、敵の拠点が見えてくるはずだ。

 敵の位置を把握するために高い位置から見下ろしてみようと、童行李にワイヤーを巨木の枝へと打ち込ませ、機体を持ち上げる。

 枝の上から敵拠点の方角を見てみると、ひっきりなしに銃声や手榴弾の爆発音が聞こえてきた。


 敵拠点は意外と広い。周辺を金網フェンスが囲んでおり、プレハブ倉庫が四棟建っている。電波塔らしき金属製の塔や、レーダーも設置されていた。小規模ながら、軍事基地になっている。


 自衛隊は西側から、ユニゾン達クラン連合は北側から攻め込んでいるようだった。その攻勢の激しさにも驚きだが、対抗している拠点内の敵アクタノイドも凄まじい弾幕を張っている。

 千早は天に召されるような諦めの境地でふっと笑う。


「あれに飛び込んだら結局、壊される気がする……」


 進めば地獄、引いても地獄。借金地獄。

 自衛隊から来年度の税金を優遇してもらえるよう口利きを頼めないだろうかと千早は本気で考え始めていた。


 レーダーで童行李を発見していたらしく、拠点からわらわらとアクタノイドが出撃してくる。

 後方からもベルレット達が向かってきているのが分かる。

 このままここにいるとまずいと判断し、千早は童行李を地面に下ろして東へ走らせた。


 敵拠点の南側に位置していた千早の童行李は南東へと動き、北のユニゾン、西の自衛隊と三角形を作って敵拠点を包囲する。敵拠点の出入り口は東西南北の四か所のため、千早が移動した南東の一画には出入り口がなく、比較的警備が手薄だった。

 速力に優れる童行李に敵機が追い付けるはずもなく、先行して南東の一画に到着した。


「戦果さえあれば、途中離脱しても、怒られない、よね? ふひっ」


 もはや、最後まで戦い切るのは無理だと千早も思っている。ならばせめて、相手の施設にダメージを負わせておけば報酬は貰えるだろう。

 方針さえ定めてしまえば、あとは行動あるのみ。拙速でも、戦果さえあれば言い訳は利くのだから、防衛戦力が集まる前に終わらせるべきだ。


 千早は拠点内部から金網フェンス越しに重機関銃を構えているアクタノイド部隊をモニター越しに目視しつつ、天蓋森林の中で隠密行動を開始する。

 やることは単純にしていつも通りの爆破である。


「どかん……」


 可愛い呟きの声量と比較して、爆発音は可愛くない。時限式の爆弾を根元に仕掛けられた巨木が爆破の衝撃で傾き、自重に従ってミシミシと音を立てながら敵拠点へと倒壊していく。


 泡を食ったのは拠点内部の敵アクタノイドだ。ジャイアントセコイアを思わせる直径十メートル弱の巨木が倒れ込んでくる。下敷きになればいくら金属の身体を持つアクタノイドでも大破確実である。

 重い重機関銃を退避させる余裕もなく、アクタノイドが左右に散っていく。


 他の巨木の枝に引っかかるたびに自重で折って地面に落下する巨木はその幹で金網フェンスを押しつぶし、先端を敵拠点の内部に届かせた。

 映像が盛大に上下運動し、スピーカーから爆音が鳴り響き、風圧で周囲の木の枝が轟々と唸る。舞い上がる土砂は左右に退避したアクタノイドに襲い掛かり、数機が土砂を被って転倒し、起き上がらなくなる。


 被害を免れた敵アクタノイドが即座に倒木の左右を走って童行李に向かうが、千早は倒木の根元から数十メートル先の敵機へ手榴弾を投げていく。

 粉塵手榴弾や時限式、ダミー手榴弾を交えつつ敵機を足止めし、二十メートル圏内に入ってくる前に敵拠点から遠ざかる。


 敵機が突撃銃を撃ってくるが、被弾面積が小さい童行李にはなかなか当たらない。そもそも、背中につけている行李箱が頑丈で、撤退中の童行李に当たった銃弾は容易く弾かれる。

 加えて、千早は逃走用に別の巨木の枝に遠隔起爆の爆薬を仕掛けてある。追手が枝の下に差し掛かれば、爆破し、巨木の枝が数十メートル上から降ってくる。巨木に見合う太さの枝は金属製の童行李が足場にできるほどの太さと密度があり、落下速度も乗れば軽量なスプリンター系は大破しかねない。

 逃げ足の速い童行李に追いつけるのはスプリンター系だけだというのに、そのスプリンター系ですら深追いすると爆破や落下にやられる。そもそも、拠点が襲撃を受けている真っ最中にたった一機の童行李を集団で追い掛け回す非効率さ。


 諦めて拠点へ撤退していく敵機の様子を索敵機材で把握して、千早は休憩がてら麦茶を飲んだ。


「……もう、帰っていい?」


 呟きが聞こえたわけでもないだろうが、自衛隊からボイスチャットが飛んできた。


「うさぴゅーさん、敵のオーダー系は見ましたか?」

「……みてない、です」

「そうですか。では、引き続きお願いします」


 帰ってはダメらしい。

 がっくりしつつ、千早は童行李を敵拠点の西へ移動させた。

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