第十八話 戦術素人
「――作戦開始」
号令と同時に、千早は童行李を最高速で走らせる。
敵の警戒網の外から攻撃を仕掛けるため、弧黒連峰にほど近い地点からのスタートだ。一気に北へと距離を詰めてから、千早はワイヤートラップを使って自陣を構築し始める。
たった一機で方面軍の真似事など、どう考えても無茶振りだ。
千早は一時避難所としてのワイヤー陣を作りつつ、北を目指すつもりだった。
陽動さえこなせばいいのだから、敵機を破壊する必要はない。ワイヤー陣に引きこもりつつ、敵を足止めするつもりだった。
北へと進んでいき、千早はワイヤーの先にカメラを取り付け、投げ縄の要領で振り回して頭上に投げて、巨木の枝に引っ掛けてみる。
ワイヤー陣の配置を確認するために投げたつもりだったが、カメラは別の物を捉えた。
童行李の優れた映像解析AIがカメラ映像の乱れを修正し、出力する。
「なんか、きた……」
カメラに映っていたのは、尾中製作所の主力商品ベルレットだ。オーダーアクター代表のトリガーハッピーのコンセプトをパクった広袖収納の軽機関銃が特徴のスプリンター系アクタノイドである。
さらに、ベルレットの後方から二機の同型機、その後ろからはランノイド系『ワイルドスタッグ』と『シェパード』がそれぞれ二機と四機という速攻をかけるにはバランスが優れた編成で急速に接近してくる。
童行李の集音機を使った索敵範囲にも引っかかっていた。
「ほ、報告しないと」
急いで映像を添付して、共有掲示板に張りつける。
まだ、自衛隊もユニゾンも敵拠点を発見していないが、こんなところに編成が整ったアクタノイドの集団がいるのはおかしい。近くに敵拠点があるのだろう。
自衛隊がボイスチャットで注意するよう促して、千早に話し掛けた。
「うさぴゅーさん、倒す必要はないので引きつけておいてください」
銃器を扱えない童行李では正面対決は難しい。方面軍を担う千早が早々に戦線を離脱するのは不味いとの判断だろう。
だが、千早はとっくに童行李を操作して、ワイヤーを巨木の枝に引っ掛け、童行李を木の上に避難させていた。
天蓋森林は数十メートルの巨木が並ぶ古代樹の森だ。天蓋とまで評される鬱蒼とした枝と一枚一枚が一メートル近くになる巨大な葉に頭上を覆われており、身長一メートルの童行李の姿は完全に隠れる。
さらに、ワイヤーアンカーを前方の巨木の幹に打ち込み、ターザンロープの要領で一気に敵へと接近した。
当然、ベルレットが袖に仕込んでいる機関銃を向けるが、ワイヤーロープを巻き取りながらのターザンロープで小柄な童行李は高度を引き上げ、枝葉の間に隠れてしまう。
「ふひっ」
一人で一方面を担当している千早はそのプレッシャーから気持ち悪い笑い声を上げて緊張を紛らわせ、童行李に粉塵手榴弾を投げさせる。
ベルレットたちが弾数も気にせず頭上に機関銃を乱射した。しかし、標的を視認せずにあてずっぽうで撃ったところで、ただでさえ被弾面積が小さい童行李にあたるはずもない。
童行李は粉塵手榴弾でベルレット達の視界を塞いだうえで、彼らが来た方向に手榴弾を投擲していく。
爆発音が連続してベルレット達へと迫り行く。後続が居てもこの爆発で分断され、ベルレット達は爆発を避けて童行李から遠ざかるしかない。
そして、ベルレット達が後退した先には、千早が仕掛けたワイヤー陣がある。
粉塵で見えなかったのか、ベルレット達はワイヤー陣の中に入り込む。
彼らがワイヤー陣に取り込まれたことに気が付いたのは、ベルレットが一機、接触式の爆弾に触れて大破してからだった。
爆風で粉塵が晴れ、自分たちが置かれた状況に気が付いた彼らは即座に樹上へ機関銃を乱射した。身動きが取れないワイヤー陣の只中で、頭上から爆発物による面制圧をされれば全滅する。牽制するのは正しい反応だった。
彼らは童行李を警戒しながら、慎重にその姿を探しつつ、ワイヤー陣の攻略に取り掛かる。
彼らは機動力重視の、拠点防衛チームだ。その責任からも、爆発物を多用して破壊の限りを尽くすボマー、千早を拠点に近付けるわけにはいかない。まして、スプリンター系の童行李を追いかけられるとすれば機動力重視の彼らくらいだ。
だが、同時に彼らは安堵していた。
この戦場で自分たちを無視できないのはボマーも同じだと。彼らを無視して拠点へ向かった場合、ベルレット達と拠点の間で挟み撃ちになるだけだ。
ワイヤー陣まで張って準備を整えているのも、機動部隊を釣り出して撃破するためだとベルレット達は読んでいた。
オーダー系アクタノイドすらオールラウンダーで撃破するボマーが、コンセプト機を使っている。それをこのチームで足止めできれば十分な戦果といえた。
戦術のセオリーからいって、ボマーもベルレット達も相手を撃破するまでここから離れられないのだから。
ベルレット達の方針は決まっていた。欲をかかず、ボマーに対する防波堤に徹すること。
じっくりとワイヤー陣を攻略し始めるベルレット達は知らない。
千早の童行李はとっくにワイヤー陣を放棄し、ベルレットたちを完全に無視して敵拠点へ突っ走っていることを。
千早は涙目だった。
自衛隊からお呼びがかかっての作戦で無様な失敗をするわけにはいかない。こんなに早く戦線離脱なんてあってはならない。いろいろなところに迷惑が掛かってしまう。
それに、童行李は高価な機体だ。失敗したくなくて無理して借り受けているが、絶対に壊されたくない。
作戦の責任も、金銭的な負担も千早にはあまりにも重い。とても一人で背負えるものではない。
あまりの緊張に吐きそうだった。
だが、敵の拠点にさえたどり着けば少しはましになるはずだ。
なぜなら、戦場には自衛隊やユニゾンの面々がいるはずだから。
「みんなー、たすけてー!」
不運が重なってただ巻き込まれただけの戦術素人にセオリーは通じない。
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