第十七話 一人方面軍

 千早はティーカップを両手で持ち、紅茶の水面を吹いて冷ます。

 湯気が揺らり揺らりと吹き流されていった。息継ぎの度にふわりふわりと上へ伸びる湯気を見て、千早は何となく親近感を覚えていた。


 モニターでは自衛隊の『なんかえらい人』が作戦概要を説明している。

 今回、半ば強制参加で受けた依頼、『未登録業者の摘発にご協力ください』についての説明だ。

 弧黒連峰を襲った冴枝組は、通称マスクガーデナーと呼ばれる某国の工作員と取引しているらしい。

 マスクガーデナーはおそらく国外の工作員部隊であり、オーダー系アクタノイドを二機、さらには多数の汎用機を揃えているだけでなく、地球に通じるゲートを完備しており、電波状況も良い。


 セカンディアップルがどうのこうのと話しているが、千早はぽけーっと聞き流していた。

 千早にとっては雲の上の話だと思ったのだ。半ば巻き込まれていることなど、彼女は知る由もない。

 世の中大変だなぁ、と思うと同時に、自分がその渦中に放り込まれてしまっている理不尽に「なんで……?」と呟くばかり。

 渦中はおろか、台風の目になっている自覚など千早にはかけらもない。


 自衛隊の『なんかえらい人』曰く、マスクガーデナーの拠点を押さえるのは大変なお仕事らしい。

 迫撃砲などでの地均しは新界資源の保全の観点から非推奨。さらに、敵は地下にある程度の設備を作っている可能性があり、電波状況での優位は敵にあるという。


 こちら側の電波はΩスタイル電工が確保してくれているらしい。だが、淡鏡の海が起点になっているため、どうしてもラグが発生する。さらに、回線の太さの問題でパケットロスもあり、アクタノイドの挙動がおかしくなるかもしれないとのこと。

 アクタノイド戦において、電波強度の差は常時デバフを受けているのと同じことだ。


「作戦の困難さは理解していただけると思います。しかし、相手が逃げる前にケリをつけねばなりません。今がまたとないチャンスです。うさぴゅーさんが弧黒連峰を拠点としたことで本作戦が実行に移せるのです。うさぴゅーさんに日本政府から感謝の言葉を――」

「い、いらないです」


 遮るように拒否すると、『マジか、お前』という微妙な空気が流れる。

 千早は視線を泳がせた。作戦参加者が限定的とはいえ、見知らぬ誰かの集団であることに変わりはない。そんな中で称賛を浴び、注目の的となるのは、千早にとって苦痛を通り越して死刑宣告である。


「ふっひっ」

「具体的な作戦――」


 沈黙に耐え切れずに笑ってしまった千早に被せるように、自衛隊側が作戦の説明に移ろうとした。


「――えっと、いま、誰か発言なさいましたか?」


 名乗り出る勇気があるはずもなく、千早は口を両手で押さえる。WEBカメラを取り付けていないため、千早の反応は誰にも伝わらない。

 返ってきた沈黙から気のせいだと判断した自衛隊が続ける。


「標的の拠点制圧は三方向から行います。各方面軍の内訳ですが、大まかに自衛隊チーム、ユニゾン人機テクノロジー『ユニゾン』らのクラン連合、そしてうさぴゅーさんです」


 まさかの一人方面軍扱いされて、千早は驚愕に口を半開きにし、すぐに動揺のあまり口を挟んだ。


「……え、一人? 一人で行く、ですか?」

「無理攻めをする必要はありません。あなたは非常に派手な戦い方をしますので、陽動をしてくれればと思っています。あちらも、うさぴゅーさんを一番警戒しているはずです」

「うぇっへ……」


 コミュ障も相まって不気味な笑いをこぼす千早に、自衛隊長が若干引きながら告げる。


「陽動ですから、好きに暴れてください。お好きでしょう?」

「は、はひ」


 なんか誤解されてる、と気付いていながら否定することができない。人見知りコミュ障というデバフはいつも千早を苦しめる。

 どうしてこんな誤解が生まれているんだと、千早は画面の前で頭を抱えた。

 ほぼ成り行きと自業自得である。


 千早一人が状況において行かれつつブリーフィングは終了した。

 直後にユニゾン人機テクノロジーから童行李のパスワードが送られてくる。

 千早は恐る恐るパスワードを打ち込み、童行李を起動した。


「……よ、よろしくお願いします」


 なんだかんだで貸出機であるため、無下には扱えない。

 弧黒連峰の防衛戦で資金が許す限り罠を張ったこともあり、千早は現在金欠気味だった。


「ふふっ、働けどはたらけどなお、わがくらし楽にならざり……」


 石川啄木の短歌を諳んじて、千早はどや顔を決める。

 あほなことをしている合間にも、童行李は千早の動作入力を受けて動き出す。


 現状唯一の機体、童行李は各種爆弾やワイヤー、電動巻き取り器などを背中の行李箱に満載し、淡鏡の海から出撃した。


 向かう先は北、マスクガーデナーの拠点があるとされる天蓋森林。

 淡鏡の海の北に広がる海樹林海岸や弧黒連峰のさらに北に広がるその森林はほぼ未調査の領域だ。

 非常に背の高い大樹が密集する森林地帯であり、下草があまりない。射線こそ通るものの狙撃銃を扱うのは難しく、メインウェポンは突撃銃や拳銃になるという。

 千早は作戦日時である明日に間に合わせるため、童行李を加速させる。


「……なんで、こんな大事件に、巻き込まれてるの?」


 情けない顔をしながら、千早は自棄になって紅茶を一気飲みした。

 むせた……。

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