第十六話 ありもしない裏
ユニゾン人機テクノロジー代表厚穂澪は、自衛隊経由で届いたボマーからの『童行李』貸出要請に変な笑いを浮かべていた。
「自衛隊……」
大きな資金力のあるバックが控えているとは思っていたが、まさか自衛隊とは流石に予想外だ。
だが、密輸や外国工作員との繋がりがある角原グループを追い詰めたことや、先々まで見通した戦略的な行動、それらを可能にする強大な情報収集能力。すべてに納得がいく。
そもそも、本当に自衛隊なのだろうか。公安か何かかもしれない。
背後の組織が分かっても――いや、分かったからこそ、ボマーというアクターそのものが何者か分からなくなる。
「味方でよかったわ」
過度に繋がりを持たず、しかし敵対だけは絶対に避ける。そんな対ボマー方針に間違いはなかったのだ。過去の自分に喝采を送りたい。
厚穂澪は苦笑しながら要請を受諾する。童行李の貸し出しはもちろん、弧黒連峰防衛戦における大破したアクタノイドの買取りも打診した。
今の弧黒連峰には海援隊やオーダーアクターのオーダー系アクタノイドも大破した状態ながら大量に保管されているはずだ。技術的にも宝の山である。
すぐにボマーから売却の旨と共に、査定用の画像、映像データが送られてきた。その膨大な数に、厚穂の笑顔が引き攣る。
この数を相手に、たった一機で弧黒連峰を防衛したことになるからだ。映像から読み取れる情報から、流石に正面切って戦ったわけでもないようで、勢力同士の潰し合いが主な破損要因だとは思うが。
――思いたいが。
「物辺君、弧黒連峰から大量に大破アクタノイドの輸送をするわ。ルート選定をお願い」
傘下のクラン『ユニゾン』の隊長を務める物辺に指示を出し、厚穂は社内メールで数人に補佐を命じる。
「後は、二人に話して協議よね」
自衛隊がボマーを使って何かをする。しかも、ボマーがオールラウンダーではなく童行李を使おうとするくらいの事態が起きる。
新界で自衛隊が大きく動くのは初めてのことだ。民間の活動を圧迫するのではないかとの危惧から、自衛隊の活動は制限を受けていた。
ボマー一人で事態を解決させるつもりなのかと思った矢先、厚穂は自衛隊から追加のメールが来たことに気が付く。
『未登録業者の摘発にご協力ください』と事務的に書かれたメールだった。
脳内でピースがハマった感覚に、厚穂はすぐビジネスパートナーである簾野ショコラと松留紘深にWEB会議の打診を送った。
ログインして待つこと二分、二人が同時にログインしてくる。
「こちらにも~自衛隊さんからきましたよぉ」
「自分も確認した。裏で動いていた事態にようやく追いついた気分さ」
簾野と松留が挨拶もせずに言う。
興奮が読み取れる二人の言動に厚穂は自らは冷静であろうと言い聞かせる。
ボマーについての情報を共有してから、厚穂は切り出した。
「自衛隊からの要請、どうしましょうか?」
「参加一択ですよぉ? 能化ちゃんを虐めた方々をー合法的にやっつけられます~」
「自分も参加だね。一連の事件の終幕を見届けたい」
簾野、松留は共に参加を表明し、厚穂も頷く。
松留が続けた。
「けど、分からないこともある。ボマーは何故、あのハリボテ車の映像をネットに公開して戦争を誘発させた? 海援重工を含め、日本の勢力を大幅に削ることになった。自衛隊や日本にとっては開拓の手が減る分、損なはず」
松留の指摘に、WEBカメラに映る簾野が困ったように笑う。
「踏み絵だったのかも~しれませんねぇ。冴枝グループと足並みをそろえる組織があればー、一緒に潰すつもりだったのかも~。怖いですねぇ」
ここにいる三社とも戦闘に参加していないため現場の状況は推察するしかない。結果的に、攻め込んだ勢力はほぼ全滅。
公式声明で弧黒連峰攻略戦への参加から撤退の経緯を説明したがっつり狩猟部のみが戦力を残している状態だ。
簾野が言う通り、各々に事情があれども冴枝グループと足並みをそろえた勢力は全滅したことになる。
弧黒連峰での決戦が踏み絵だとすれば、自分たちに自衛隊からの協力要請が来たのも理解できる。
厚穂たちはただでさえボマーとの交流があり、決戦には参加せず、しかし電波支援だけは切らさなかった。密輸の疑いをかけられた能化ココの所属グループでもある。
自衛隊が厚穂たちを白だと判断したのも、こういった事情があるからだろう。
ともかく、裏事情よりも実利の話をするべきだと、厚穂は口を開く。
「ボマーが自衛隊関係者だと仮定すると、ここで恩を売っておけば、弧黒連峰の利用に王手をかけられるわね」
松留がにやりと笑って頷いた。
「あれだけの勢力が攻めて、汎用機のサイコロン一機に守り切られた要衝。難攻不落の弧黒連峰を友好的に利用できるのなら、見返りとしては十分だね」
厚穂と松留が未来の利益を見据える中、簾野は損失の回避を考えていた。
「そういえばぁ、経費は自衛隊の方に請求していいのかしら~?」
「……ちゃっかりしてますね」
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