第十五話 自衛隊からのお誘い
『NO SIGNAL』と表示されたモニターを見て、冴枝意音は壁を殴りつけた。
直前の映像で、サイコロンがチャフをばらまいたのは見えていた。
「ボマー、聞いてた以上に無茶苦茶な動きをしやがる。最後の最後でプログラム頼みか。プライドもくそもねぇな」
チャフを撒いてアプリ動作で決着させる戦術は、名の売れたアクターほど取らない。正面切って戦った方が勝率が高く破損しにくいのもあるが、新界の獰猛な生物が乱入した場合に対処できないからだ。
転じて、通信障害での自爆攻撃はアクターの間でプライドを捨てているとみられる。
だが、状況を整えれば有効な戦術なのも確かだ。冴枝もボマーの動きを否定するつもりはない。
「チャフまで持ってきやがるとは……オレの動きを読んでやがったか。いや、失敗すれば次の手があったのか? ともかく、あれは白兵戦機体だけじゃ無理だな」
冴枝の勘と経験からして、ボマーは白兵戦に強いアクターではない。だが、自爆を辞さずに勝利を渇望する思い切りの良さは、白兵戦で追い詰めるほどに危険性を増していく特性だ。
冴枝は髪をかき上げながら、マスクガーデナーに電話する。
コール音二回の後、ボイスチェンジャーを通した年齢性別不肖の声が応じた。
「どうした?」
「どうしただぁ? こっちが聞きてぇな。おい? 増援がまるでこねぇじゃねぇか。ゲートの撤収は済んだのか?」
電話の相手はキーボードを叩く音をさせながら、答えた。
「急ピッチで撤収作業をしている。増援は送れない。人目がありすぎる」
「戦闘はもう終わっちまったよ。負けだ、負け。まぁ、海援重工その他もろもろの主だったグループの戦力はがた落ちしたがな」
日本側の総戦力で攻められることはなくなった。がっつり狩猟部が生き残っているのは気がかりではあったが、いまさらボマーと手を組むとも思えない。
そう、冴枝たちが注意しなければならないのはボマーの動向だ。
電話の主も同じことを考えたらしい。
「ボマーは?」
「ピンピンしてやがる。いまごろ、うちの貴重な機体を回収してホクホク顔だろうさ。お前ら、舐め腐ってると足場ごとドカンだぞ? 覚悟できてんだろうな?」
まだ危機感が足りてない、と苛立つ冴枝に、電話の主は嘲るように小さく笑った後で言い返した。
「あまりイキるな。一蓮托生のパートナーだろう?」
言葉とは裏腹に、角原グループが崩壊したことで冴枝組を下に見ているのが電話越しにもわかる。
この手合いには半端に凄んでも無駄だ。相手の権限では解決できないレベルの問題を起こせる暴力で脅さなくてはいけない。
冴枝は冷めた声で脅しをかける。
「――お前ら、ウチの組まで舐めてやがんのか? こちとら、大陸進出しても構わねぇぞ? てめえの尻も拭けねぇどっかの馬鹿がご丁寧に開いているゲートからてめぇの国にアクタノイドで乗り込んでやろうか?」
やろうと思えば十分にやれる。新界開発区にいる冴枝組は他国の人間が手を出せない。しかも、日本のアクタノイドがゲートを通って他国に現れれば、その国が日本新界へ国際条約を破って乗り込んでいた証拠になる。国際問題一直線だ。
どう転んでも、電話の主の権限では解決できない。立場上、電話の主は口封じに消される可能性が高い。
沈黙を挟んで、電話の主は謝罪した。
「……すまなかった。協力してほしい」
「資金が先だ。開きっぱなしの穴にアクタノイドを突っ込まれたくねぇならさっさと振り込め」
「口が悪いな。尾中も戦力を率いて向かってきている。合流してほしい」
尾中製作所、冴枝組と同じく元角原グループにいたアクタノイド製造会社だ。
あまりぱっとしない会社だが、失った戦力を回復することはできる。
損失の補填の目途がついた以上、考えるべきはボマー討伐戦だ。
「お前らのオーダー系アクタノイドはどうした? ボマーの相手は汎用機じゃきついぞ」
「『ザ・ウォール』も『ジョロウグモ』も拠点に待機させた。戦闘データを送って欲しい」
「振り込みを確認したら送ってやるよ」
電話を切り、冴枝意音は部下にどう説明するかと頭を悩ませる。
「後がねぇな」
※
千早は弧黒連峰防衛線で鹵獲したアクタノイドを片端から拠点に運び込み、ニヤニヤしていた。
「ふひっ、な、なんかすごい額の臨時収入になった。……海援重工には買い取りを断られそうだけど」
宝の山をどう運び出そうかと考えつつ、ユニゾン人機テクノロジーに買い取りをお願いしようとスマホを手にした時、千早のスマホがアクターズクエストの着信を伝えた。
送り主は、日本国自衛隊。
「ひョっ……」
情けない悲鳴をこぼして一気に青ざめた千早はおろおろしつつ、中身を確認する。
内容は、『未登録業者の摘発にご協力ください』というものだった。
「……なんで?」
一個人アクターの自分が何故、自衛隊から協力を要請されているのかさっぱりわからなかったが、断ったら何が起きるか分からない。
なにより、画面の向こうに大量に転がっているアクタノイドの残骸は戦闘の激しさを物語っており、とてもではないが不慮の事故で処理するのに公権力がなければならなかった。
「こ、この協力要請を断ったら……逮捕されない?」
自分の境遇を嘆き、千早は協力要請を受けつつ天井を仰ぐ。
ただ、弧黒連峰を買って、どららん達の保護をして、農業をするだけの生活を目指していた。
なのに、やくざやら大企業やら、有名クランやらに襲撃され、それを何とか撃退した。
その直後に、実質的に断れない自衛隊からの協力要請である。
思えば、遠くに来たものだ。
千早は遠い目をして天井を見つめる。
「なんでぇ……?」
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