第十四話 弧黒連峰の大決戦、終結
がっつり狩猟部が撤退に応じてくれたことにホッとして、千早はソファに背中を預けた。
「はったりが通じたぁ……」
淡鏡の海仮設ガレージを所有するユニゾン人機テクノロジーへの救援要請を断られている千早に、迫撃砲を撃つ伝手などありはしない。
一か八かのはったりだったが、どうにか騙しおおせて千早は安堵し、最後の仕上げに取り掛かるべく気合いを入れ直す。
ひとまず、弧黒連峰の攻略に乗り出した勢力の内、冴枝組を除く勢力は退けた。海援隊やオーダーアクターの被害は甚大で、弧黒連峰の攻略戦は無理だ。むしろ、今後の活動にも差しさわりがあるだろう。
罠だらけの弧黒連峰で激突したせいで、両勢力とも退路が断たれていた。結果が全滅である。
それを見た千早の留飲も下がり、冷静さを取り戻していた。というより、正直なところ自分がしでかした被害状況にビビっていた。確実に恨まれているのだから、この一件が終わり次第アカウントを作り直そうと決意するほどだ。
「えっと、残りは……北かな?」
冴枝組を探して監視カメラ映像を確認し、行き先を推測する。
サイコロンの武装を弧黒連峰頂上のキャンプで整え、千早はワイヤーフックで弧黒連峰北側へと高速移動を開始した。
冴枝組は罠を避けるため、弧黒連峰の西を大回りで移動中らしい。バンドは速度が出るものの、千早はワイヤーアクションで弧黒連峰を移動できるため、先回りは簡単だった。
弧黒連峰の北側にあるビニールハウスにサイコロンを入れ、千早は隅に置いてあったグライダーを運び出す。
ビニールハウス用のビニールシートと骨組みであらかじめ製作しておいた小さなグライダーだ。カメラが付いており、飛ばすことで空撮ができる。ただし、滑空していくだけなので容易に撃ち落される上、風の影響も受けやすい。
思い付きで作ったはいいものの、使いどころがなかった代物だ。
「と、とんでけー」
弧黒連峰中腹から北東に向けてグライダーを飛ばす。
無風なのもあって、グライダーはまっすぐに北東へ飛んで行った。
取り付けたカメラから、映像が無線で送られてくる。
「……いた。ふひっ」
冴枝組の現在位置を確認し、千早は気色悪い笑い声を上げる。事前に調査、マッピングした範囲内に冴枝組がいるのだ。
つまり、アプリを使えば、手榴弾を正確に投げ込める位置だ。
サイコロンが右腕を振り被り、アプリの動作命令に従って手榴弾を遠投する。
空を飛ぶグライダーは冴枝組も発見したはずだ。初撃でなければ効果は見込めない。
投げ込んだ手榴弾が爆破予定地点を吹き飛ばす。グライダーはすでに遠く、戦果のほどは分からない。
二、三発の手榴弾を投げ込んだ後、千早は投擲用アプリの動作を切った。
「ふっふひっ……」
ここからは接近戦をしなくてはならない。
地形情報を得ている千早に地の利はあるが、冴枝組はまだ二十機ほどが残っている。がっつり狩猟部に削られたにもかかわらず、十分な戦力だ。
逃がすわけにはいかない。三度目の侵攻は絶対に許さない。
千早は引き攣った笑みを浮かべつつ、サイコロンにワイヤーを撃ちださせる。
弧黒連峰を一気に西へ移動しつつ、千早のサイコロンは急速に冴枝組へと接近していく。
爆破した地点が見えてくる。バンドの姿はない。遠投で仕留めるのは無理があったらしい。
だが、手榴弾の遠投を警戒して、冴枝組は分散したようだ。弾幕を張ってくる様子がない。それだけで、千早にとっては十分だった。
バンドは大型ファンのせいで静粛性も悪く、隠れるのには向かない機体だ。分散しようと位置は集音機とAIの分析で丸わかりである。
そして、千早は対冴枝組用に武装を整えてきた。
「ふひっ」
AIによる分析結果がサイコロンのメインモニターに表示され、千早は突撃銃『ブレイクスルー』の銃口を向ける。
警告の必要はない。即撃つのみ。
ばらまかれた銃弾が木の幹を穿ち、飛び出したバンドをサイコロンが認識、腕を自動で動かしてラグなしで銃弾を叩きこむ。
千早は感圧式マットレスを踏み込んでサイコロンを走らせ、冴枝組の進行方向である北側へ回り込む。
走りながら、サイコロンは片手で突撃銃を撃ってバンドを牽制しつつ、もう片方の手で粉塵手榴弾を投げ込んで炙り出しにかかる。
高馬力で空冷式のバンドは熱暴走を起こしやすい機体だ。オールラウンダーよりも粉塵手榴弾に弱い構造をしている。
粉塵手榴弾は野生動物に対しては煙幕以上の効果がないため、特殊兵装扱いだ。千早が大量に持ち込んでいるのは予想外だったのか、冴枝組はもろに粉塵を受けて動きの鈍くなったバンドが散見された。
当然、突撃銃の餌食である。反応性や機動性がなくなったバンドなど、少し装甲が厚いだけの木偶坊だ。
地の利、機体の性能、武装の相性、全て千早に分がある。
粉塵対策が施されているサイコロンは粉塵手榴弾の影響を受けないため、自分の周囲に粉塵をばらまいておけば負けがない。
十分に粉塵手榴弾を投げ込んだサイコロンは自分から粉塵の中に飛び込んだ。
移動しながら映像データを取り込んだことで、樹木の詳細な立ち位置まで分かっている。AIが映像を処理し、千早のモニター上に樹木の位置を緑色で表示してくれた。
「ふふっ……鬼は、外」
テンションが上がった千早は呟きながらなおも粉塵手榴弾を投げ続け、粉塵の範囲を拡大、面制圧を行う。
バンドは安価な分、ソフト面が脆弱でAIを積めない。さらにはカメラすら限定的で、集団で運用することで互いのカメラ映像をリンクし、死角を埋める機体だ。
手榴弾遠投を受けて散開し、さらには互いを粉塵で仕切られてしまった現状、バンドはもうまともな視界もない。障害物を自動で避けることもできないため、粉塵の拡大から逃げることすらままならないだろう。
サイコロンの集音機が捉えているバンドの駆動音も徐々に減っている。熱暴走からのフリーズ、処理能力低下で機体が反応せずに木に衝突したり、千早に見つかって突撃銃の餌食になっていく。
このまま全滅まで持って行ける、と思った瞬間だった。
突然、ミシミシと何かがきしむ音がした直後、サイコロンの目の前へと木が倒れ込んだ。
莫大な体積を持つ木が倒れたことで風が巻き起こり、粉塵を吹き飛ばす。
「やばっ」
粉塵が無くなれば、サイコロンはバンドの集団の中で孤立したようなものだ。大半のバンドはもう動けないはずだが、バンドマンと呼ばれる冴枝意音が生き残っていれば操作技術の差で逆転されかねない。
サイコロンを後ろにジャンプさせる。木が倒れてきたのだから、正面に敵機がいるのは間違いない。まずは距離を取るべき、という千早の判断は正しかった。
だが、正しい判断をしたところで技術の差は埋まらない。
倒れた木に軽い身のこなしで飛び乗った一機のバンドが異様なまでの前傾姿勢で重心を前に押し出して駆けてくる。最高時速百キロメートルのバンドが、重心移動のせいか明らかに速度超過を起こしていた。
挙句、そのバンドは姿勢をブレさせることなく大口径拳銃『龍咆』をサイコロンに向ける。反動は大きいが射程内であればサイコロンの装甲など容易く貫通する銃だ。
射程は二百メートルから三百メートル。あの速度で迫られてはサイコロンの足では逃げ切れない。
千早は慌てて突撃銃を向けるが、それを予測していたかのようにバンドは木の枝を片手で掴み、それを軸に地面へと降り立った。倒木が邪魔で、サイコロンからは射線が通らない。
千早は堪らず粉塵手榴弾を地面に投げつけて仕切り直しを図る。
だが、倒木の向こうから破損したバンドが飛来し、広がる寸前の粉塵を左右に割り開いた。行動不能になった味方の機体を馬力に任せて投げつけてきたのだ。
驚く間もなく、倒木の上に飛び乗った件のバンドが龍咆の引き金を引く。
ただの一撃でサイコロンの頭部が吹き飛ばされ、カメラ機器のほとんどが機能を停止する。胴体を狙わなかったのは、直前に投げた粉塵手榴弾がギリギリ胴体を隠していたからだろう。
いくらなんでも強すぎる、と千早はサイコロンを手近な木の裏に滑り込ませ、システム画面を急ピッチで操作する。
野生の飢えたヒョウでも相手にしている気分だった。
未来予知の如き判断速度とおおよそ機械とは思えない有機的な動き。
初めて対峙した千早でもわかる。あれがバンドの使い手、バンドマンだ。
あんな凄腕アクター相手に近接格闘戦は絶対に避けたい。なのに、異様な速度で距離を詰めてくるせいで逃げることすらできない。
今までは居場所を知らせてくれるありがたいバンドの大型ファンの音が、バンドマンのそれになると威圧的な、獰猛な獣の唸り声に聞こえてくる。その威圧感がどんどん増しているのは、バンドマンが走ってきているからだろう。
木の裏に潜むサイコロンの動きを封じるためか、龍咆を撃ってくる。木の表面がはじけ飛び、千早は小さく悲鳴を上げた。
バンドマンがスライディングで木の裏に回り込み、龍咆の引き金を引く直前、千早は用意していた作戦を決行した。
「――もう、どうにでも、なーれ」
追い詰められたときの最後の手段。
千早のサイコロンが盛大にチャフをばらまいた。
弧黒連峰の北側はただでさえ電波強度が弱く、通信がままならない。千早も、冴枝も、電波子機を利用して無理やり通信している状態だ。
そんな戦場に、電波を妨害するチャフをばらまけば当然、両者ともに行動不能になる――わけでもない。
ソフト面が脆弱でアプリを導入できないバンドとは違い、サイコロンは複数のアプリを並行して運用できるのだから。
反復アプリの動作命令に従って、サイコロンが周辺一帯へ無差別に粉塵手榴弾を投げまくる。
いかにバンドマンと言えど、通信が途絶したバンドを操作することなどできない。
役目を終えたチャフが地面に落ち、通信が回復していく。
粉塵舞う戦場にただ一機、サイコロンだけが立っていた。
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