第十三話 見ーたーぞー

 弧黒連峰西側、がっつり狩猟部が攻めてくるその方角では千早のサイコロンが到着する前に二つの勢力がぶつかっていた。

 弧黒連峰の北側は前回の襲撃時に爆破が相次いだことから地滑りが発生しかけており、警戒した冴枝グループが西回り経由での踏破を試みてがっつり狩猟部と鉢合わせ、戦闘になったのだ。


 互いが相手をボマーの後援部隊と考えて排除に動いていたが、冴枝グループの冴枝意音操るバンドの常軌を逸した動きとがっつり狩猟部のフィズゥ仕様オールラウンダーを見た両者は相手の正体に気付き、銃撃を一時中断して距離を取った。

 フィズゥは岩の裏に自機を隠し、弾倉を入れ替える。


 フィズゥも冴枝意音も、汎用機使いの個人アクターとしては最高峰の戦闘能力を持っている。戦法の見直しも必要になると、フィズゥは味方の配置を思い浮かべた。

 その時、バンドの集団から声が掛けられる。


「がっつり狩猟部か? ボマーの敵か味方か、どっちだ?」


 威圧的で攻撃的な、不愉快な喋り方だ。

 フィズゥは警戒しつつ、自機のスピーカーをオンにする。


「当然敵だ。この山を取りに来た。そっちは冴枝意音、だな? 正真正銘のバンドマンの動きをしていた」


 変態的にバンドとの相性がいいアクター、バンドマン。フィズゥは何人かのバンドマンを見たことがあるが、声をかけてきた相手は中でも群を抜いていた。

 反応速度も運動性能もアクタノイドとは思えないハイレベル。大口径拳銃を使った白兵戦を展開し、隠密に優れて散開しているがっつり狩猟部のメンバーを襲撃する手際も異質なほどだ。


「バンドマン呼びは好きじゃねぇが、冴枝意音だ。俺たちもこの山を取りに来た」

「なら、敵の敵で、結局は敵か?」


 勢力を確定することでどんなタイプのアクタノイドを主軸にしているかを探ったのかと、フィズゥは眉をひそめる。

 フィズゥの予想に反して、冴枝は提案してきた。


「結局は敵だが、この山の状況を見ろ。ボマーが完全に要塞にしてやがる。一時的に共闘するのはどうだ? ここで潰しあってボマーに利するのも馬鹿らしいだろ」


 冴枝の提案は一理ある。

 民間クランであるがっつり狩猟部も小規模なやくざ組織である冴枝組も、資金が潤沢とは言い難い。つまり、アクタノイドの補充が難しいのだ。

 利害が一致していると、冴枝は言いたいのだろうが、フィズゥはおいそれと頷くわけにはいかない。


「やくざ者と取引はしたくないな。背後から撃たれるのは、それこそ馬鹿らしい」

「まぁ、そういうだろうな。なら、俺たちは一旦退こう。弾薬も置いていく。好きに使え」


 耳を疑う話だ。

 しかし、冴枝の言葉を証明するようにバンドが徐々に北へと引いた。

 行動に示されても、フィズゥはまだ信じ切れない。


「お前らも山を取りに来たんだろう……?」

「一番にこの山に仕掛けたのは俺たちだ。ボマーの奴がネットにハリボテ車の映像を上げやがったせいで戦争になっちまったが、がっつり狩猟部がこの山を取る分には構わない」


 ボマーとがっつり狩猟部で何が違うのかと、フィズゥは無言で冴枝に続きを促す。

 察しが悪いな、と冴枝が呆れたように続けた。


「お前らに拠点構築能力はねぇし、この爆発物だらけの山を無害化して運用するだけの人手もない。どうせ、万色の巨竜の映像が欲しいとか、保護するためにこの山を取っておきたいとかだろ?」


 図星だった。

 がっつり狩猟部は野武士騒動で多くのアクタノイドを失った。その大赤字は今も活動を圧迫しているほどだ。

 万色の巨竜の保護、ボマーへの意趣返し、これらも理由ではあるが、実利を求めているのも事実。弧黒連峰を取って、万色の巨竜の映像を得るのががっつり狩猟部の一番の利益になる。


 では、冴枝の目的はなにか、と考えても、フィズゥは答えを出せなかった。


「……何を目的にこの山を攻めた? やくざ者に利するのは、巡り巡ってこちらの不利益になりかねない」

「慎重だな。ならここで潰し合いか? お互いに資金繰りには難儀する組織だろ。アクタノイドを使い潰す場面かよく考えろよ」


 冴枝意音は目的をはぐらかし、フィズゥに決断を迫ってくる。

 答える気はないのだろう。

 だが、表に出ている情報を見る限り利害は一致しているように思える。ボマーが角原グループ崩壊の引き金を引いたとのテレビ報道を見たこともあった。


「角原の弔い合戦だったのか?」

「あのおっさんにそんな思い入れねぇよ。単純に、ボマーに力を付けさせると今度は俺らがやられるってだけだ。恨みを買う商売をしてるんでな」


 筋は通っている。

 フィズゥは深呼吸して、しばし沈黙する。

 冴枝たちが使っているバンドは安価な機体だ。正面から戦って鹵獲しても、はした金である。

 がっつり狩猟部の利益を最大化したいなら、避けられる戦闘で犠牲を出す意味がない。


「――いいだろう。そちらが弾薬を置き、撤退するのを見届けよう。全員、銃口を上に向けろ」


 フィズゥは自機を木陰に下げてから部下に指示を出し、冴枝グループが予備弾薬をその場に置いて撤退していくのを見届ける。


「感謝する。ま、頑張って勝ってくれよ」


 軽く言って、冴枝組が北へと消えていく。

 ひとまず、戦闘は終了だ。

 フィズゥが被害状況を仲間に訊ねようとした時、木の洞から声が響いた。


「――と、取引、しませんか?」


 ゾッとして木の洞に銃を向けると、そこには巧妙に隠されたカメラレンズが覗いていた。

 ボマーが、冴枝組との一部始終を見ていたのだ。

 ボイスチェンジャーを通した歪な声が続ける。


「この山の、あの、持ち主で、うさぴゅーで、あのですね、新界生配信さんに事情を話して、万色の巨竜の映像の、こ、広告収益をですね、あの、そっちに回すのでー、撤退してほしいです。だめです? あの、分かってると思いますけど、は、迫撃砲の、射程内です、そこ」


 角原グループのオーダー系アクタノイド『EGHO』を吹き飛ばした迫撃砲の射程内、しかも巧妙に隠されたカメラで位置座標はとうにバレており、提案内容からして冴枝グループ、つまりヤクザとの取引現場を押さえられている。


 完全にしてやられた、とフィズゥは自機をゆっくりと木の洞に向ける。


 カメラはモニターの向こうの自機の前にあるはずなのに、フィズゥは自分自身の真後ろに目を見開いた何かが立っているような錯覚に襲われた。

 振り返らなくても、そこに何もいないのは分かるのに、いるとすればきっと、手榴弾を持っているのだろうと想像してしまう。

 生殺与奪の権を握られているからこその錯覚だ。

 フィズゥは静かにカメラに向かって声をかける。


「信用できない。散々、あんたに邪魔されているんだからな」

「なんでぇ……」


 あのボマーのことだ。攻略を諦めて撤退する最中に迫撃砲が飛んできてもおかしくないとフィズゥは強く警戒する。やくざよりよほど信用できない相手だ。

 その時、フィズゥはがっつり狩猟部の公式ホームページのメールフォーラムに着信が入ったことに気が付いた。


 新界生配信の代表、榛畑からだ。ボマーからの提案内容がそのまま書かれていた。

 ずいぶんと手際が良い。ボマーを支援する側に立っているのだろう。

 新界生配信は戦闘を得意としたクランではないが、代表の榛畑は別だ。榛畑とスプリンター系『天狗』の組み合わせで追い掛け回されると、クランメンバーの被害が無視できない。


 新界生配信が公式にメールをする以上、ボマーの提案は本気なのだろう。

 ボマーが思い出したように話し出す。


「あ、でも、新界生配信さんにはもう、メールしてある、ので、確認してみてもらえますか?」

「いや、必要ない。メールが届い――」

「だめですか? じゃあ、その周辺を爆破するので」

「待て待て! 分かった、新界生配信にメールをする。取引成立だ!」


 話を聞かずに迫撃砲を撃とうとするボマーにフィズゥは焦って要求を呑んだ。

 こいつはなんで爆破にこだわるんだ、とフィズゥは額に滲んだ嫌な汗を袖で拭う。


「我々は撤退する。新界生配信なら、万色の巨竜の保護にも協力してくれるだろう」

「当たり前です! どららんは誰にも渡さないです!」

「……どららん?」

「あ、あの、じゃあ、撤退してください。私は、冴枝さんたちを倒さないと、なので。あ、お疲れさまでした」

「一つ教えて欲しい。南側はどうなった?」

「あっちは、そのー、どっかんぼっかん大騒ぎして、ぜ、全滅しました」


 海援隊、オーダーアクター、武力最大勢力の二派閥が全滅したと聞いて、フィズゥは取引に応じた自分を心の内で褒めた。

 なお、実態は両勢力の衝突による全滅であって、千早の爆撃はきっかけでしかない。

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