第十二話 弧黒連峰の大決戦
北からは冴枝グループ、南からは海援重工クラン『海援隊』の主力部隊と後詰、南西からはオーダーアクター、西からはがっつり狩猟部、四方向から攻め込まれた弧黒連峰。
弧黒連峰の所有者、兎吹千早はたった一人でこれらを相手にしなくてはならない。
千早は絶望の淵に立って打ちひしがれていたが、あまりにも理不尽な戦況にストレスが限界に達していた。
もはや、いつもの不気味な笑いすら出てこない。
各所の監視カメラが侵入者アラートをひっきりなしに響かせる。
千早は珍しく苛立った様子でアラートを切った。
彼女はいま……ブチ切れていた。
「もう、なんでぇ!? 寄ってたかって私一人を虐めて! 私が何をしたっていうの!?」
散々暴れて迷惑をかけている。
「……いいもん。そっちがその気なら戦う。戦ってやるから……」
そういいながら、千早はサイコロンを動かしていない。
余計なアプリを削除し、地形や爆発物を仕掛けた位置を記したマップデータをインストールし、照準精度を高めるアプリを導入するなど、今までとはまるで違う戦闘用の構成に整えていた。
据わった眼でモーションキャプチャー用の機材を装着し、千早は感圧式マットレスの上に立つ。
同期したサイコロンが突撃銃『ブレイクスルー』を両手で構えた。
一歩、踏み出したサイコロンはインストールされたマップ情報と現在位置を照らし合わせ、走り出すとAIが無駄のない動きで木を避けた。
最高速に至ったサイコロンは弧黒連峰の南へ向かう。
千早はちらりと監視カメラの映像を見る。
ラグがあるため、監視カメラの映像はリアルタイムとは程遠い。だが、南側の敵戦力や侵攻度合いを測る目安にはなる。
南から来る海援隊は弧黒連峰の二合目から三合目に来ているはずだ。
千早はサイコロンにワイヤーアンカーを撃たせる。
奥の木にワイヤーアンカーが突き刺さり、巻き取り機で一気にサイコロンを引っ張った。
タイミングを合わせてサイコロンをジャンプさせ、敷設されている地雷原を一気に飛び越す。
そのまま奥の木までターザンの要領で移動し、巻き取り機を停止、ワイヤーを延長しながら斜面を滑り降りる。
サイコロ型頭部の各部カメラの映像を処理し、高い姿勢制御能力を持つサイコロンだからこその無駄のない動き。オールラウンダーで同じことをすれば斜面で尻もちをついて無様に滑り落ちることになるだろう。
ワイヤーの延長限界まで移動したサイコロンは、ワイヤーの先端を手近な木に巻き付けて固定する。
片手で保持した突撃銃を斜面の奥へ向け、サイコロンはもう片方の手でモーター付き滑車を取り出した。
監視カメラで敵の戦列の西端は見当がつく。端の方へ攻撃し、後は流れでいい。
サイコロンは新たなワイヤーを使って再びターザンを行い、ワイヤートラップや地雷を除去しながらゆっくりと進んでいる海援隊の正面に躍り出た。
「――敵襲!」
千早がオールラウンダーではなくサイコロンで登場したからだろう。海援隊はボマーと即座に判断できず、別勢力の機体と考えて叫んだ。
しかし、ここは弧黒連峰。盛大なラグが発生している。このラグは、奇襲側に大きなアドバンテージをもたらす。
海援隊の銃口が向くよりもはるかに早く、サイコロンは動き出す。海援隊のスプリンター系『リーフスプリンター』にワイヤーを引っかけ、モーター付き滑車でワイヤー間を高速移動しながらリーフスプリンターを引きずり回して木の幹に叩きつけて破壊した。
「……一機」
呟きながら、千早はサイコロンに突撃銃の引き金を引かせる。
自分以外はすべて敵なのだから、周囲に弾をばらまければどれかが当たる。
突然正面から乗り込んできたサイコロンに、海援隊は遠慮なく拳銃を撃ってくるが、モーター付き滑車で移動するサイコロンは素早く、距離を詰めなければかすりもしない。
サイコロンが構える突撃銃の乱射で、海援隊の前線を押し上げていたスプリンター系が次々と穴を穿たれる。
斥候役であり、速度や安定感を重視するため装甲が薄いスプリンター系は脆い。
あらかじめ決めてあっただろうスムーズな動きでスプリンター系が後ろに下がり、重ラウンダー系『キーパー』が隊伍を組んで機関銃を構えた。
しかし、すでにサイコロンはモーター付き滑車で斜面を登り切り、高所を取っている。
「いつもの……」
ひょいと放り投げたのは手榴弾だ。
ラグの影響で避けるどころか反応すらできないはずだが、キーパーたちは一斉に屈み、金属製ライオットシールドを構えた。
ボマー対策に、画像処理AIなどで自動的に反応できるようにしてあったのだろう。
実際、手榴弾の爆発でキーパーの損害はゼロだった。ラグを挟み、キーパーのうち一機がスピーカー越しに声をかけてくる。
「投降しろ! 弧黒連峰を買い取る用意がある――」
最後まで言い切る前に、サイコロンはワイヤーアンカーを斜面の上の木に打ち込み、巻き取り機で一気に撤収する。
重ラウンダー系を前線に釣り出した時点で、千早の目的は達成された。
重ラウンダー系の後方、補助を行うために配置されているサイコロンやシェパード、コンダクターといった機体がいる地点へと、横から黒い機体を先頭にした一団が飛び込んでいった。
「きた……」
千早は呟き、サイコロンを木の裏に隠して反復アプリを起動する。
海援隊に横やりを入れたのは、銃声を聞きつけて、南西から強引に罠を突破してきたオーダーアクターの高機動部隊だ。
千早と同様にワイヤーアクションや持ち前の異常な運動能力で罠を避けてきたオーダーアクターの後ろから、重装機体やランノイド系が遅れて参戦してくる。
オーダーアクターの先鋒である黒い猫耳のアクタノイド、最強と評されるオーダー系トリガーハッピーがスピーカーをオンにする。
スピーカーから聞こえてくるのは大興奮を隠そうともしない女の声。
「ハロー海援隊、魂に響くASMRをどうぞー!」
先陣を切って重機関銃を轟かせるトリガーハッピーの言葉に、海援隊の長『志士』がスピーカーで言い返す。
「トリガーハッピーが! ここで鹵獲して量産汎用機にしてやる!」
売り言葉に買い言葉で激突する二者。急斜面を東西に分かれた二大勢力の戦闘が勃発する。
その両者のど真ん中に、千早のサイコロンがターザンムーブで降り立った。
「……どーん」
千早はキーボードのエンターキーを人差し指でポンと押す。
的になりに来たとしか思えないその登場に、両陣営の長がスピーカーを切る間も惜しんで味方へ叫んだ。
「撃つな、下がれ!」
「自爆する気かよ!?」
巻き込まれるのを恐れ、銃撃を躊躇し、一時さがろうとした両陣営の後ろから悲鳴が上がる。
「――いきなりワイヤーが!?」
千早が押したエンターキーにより、遠隔式のワイヤーが巻き取られ、両陣営の背後が大混乱に陥った。猛烈な勢いで巻き取られたワイヤーは、括りつけられていた接触式の爆弾を連続で爆破し、木々を吹き飛ばしていく。
吹き上がる土砂と木片が通信電波をかき乱し、海援隊、オーダーアクター、両陣営ともに満足に動ける機体はごくわずか。当然、千早のサイコロンも影響は免れない。
そんな状況で、千早のサイコロンは反復アプリの動作命令に従って半自動的に行動していた。オーダーアクター側へ突撃銃『ブレイクスルー』を、海援隊側へ手元の手榴弾をそれぞれに見舞う。
回避行動がとれたのはサイコロンに近いアクタノイドばかり。
千早は『NO SIGNAL』と書かれたモニターを眺めてハラハラしていた。
事前に準備していたといえ、完璧に動作するかは分からない。そもそも、敵機が死なばもろともで攻撃していれば、アプリにしたがっているだけの今のサイコロンは回避も防御もできない。
モニターが景色を映した時、サイコロンはアプリに定められた動作を正確に行なって弧黒連峰南部の中腹にあるビニールハウスに入っていた。
所有者だからこその、地形情報というアドバンテージが活きたのだ。
サイコロンの被害はない。装甲に傷が無数についているが、システム画面を見る限り破損はしていない。
「……完璧」
回復した電波を拾い、各所に設置してある監視カメラを確認する。
弧黒連峰の南側は散々な状態だった。十数機のアクタノイドが爆破され、銃撃され、無傷な機体はない。
残ったアクタノイドたちががわずかに残った木々の裏に姿を隠し、互いの陣営を殲滅するべく泥沼の戦いを始めている。
もはや、弧黒連峰の攻略どころではない。どちらの陣営も、目の前の相手勢力を潰しきり、オーダー系を含む破損機体を回収しないといけない。
千早は笑う。
「――ふひっ」
不気味に笑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます