第十一話 大決戦の引き金

 弧黒連峰の北で罠に掛かって大破したバンドから送信されたカメラ映像を見て、冴枝意音は作戦を練る。


「サイコロンか。コンダクターあたりだと思っていたが、いい知らせだな」


 ランノイド系とは違い、サイコロンならば電波妨害が利く。冴枝グループ側は弧黒連峰の北側にマスクガーデナーの基地局があり、そこから無線と有線で電波を飛ばせる。


「ボマーは南側、淡鏡の海仮設ガレージからの電波でやりくりしてるはずだ。問題は、どう有線で繋ぐかだが、地雷が邪魔だな」


 やはり迫撃砲を持ち込んで耕すしかないが、冴枝組の資金力では弧黒連峰北側を吹き飛ばす火力を用意するのは無理だ。

 それ以前に、峻険な弧黒連峰に大量の砲撃をすれば地滑りを起こしかねない。ボマーが仕掛けた地雷だけでも、地盤に与える影響は絶大だ。

 どうしたものかと考えていると、部下が声をかけてきた。


「報告いいっすか?」

「なんだ? 電波基地局車ハリボテに食いついたか?」


 巧妙に隠した罠が周囲に張り巡らせてあるハリボテだ。サイコロン一機を破壊したところで、予備機が出てくるだけだとは思うが。

 冴枝に、部下は首を横に振る。


「そのハリボテが座標ごとネットに公開されたんすよ。なに考えてんでしょうね。ばれてるって言いてぇのかな」


 部下は不可解だと呟きながらタブレット端末の画面を見せてきた。

 それを見た冴枝意音は眉をひそめてしばらく考えたのち、ハッとして新界における全アクタノイドの貸出機リストを確認、次々に貸出中となっていくリストを見て愕然とする。


「嘘だろ……。いや、そんな馬鹿な。ボマーはなにを考えてやがんだ。どう落とし前つける気だ?」


 ただならぬ様子の冴枝に部下たちは顔を見合わせる。

 構わず、冴枝意音は部下たちに号令をかけた。


「すぐに準備しろ! 全戦力で総攻撃をかける! 三十分後には動けるようにしろ!」


 疑問を挟む余地も与えずに部下たちをどやしつけ、冴枝はマスクガーデナーへ連絡する。


「今すぐにネットを見ろ! 戦争が始まるぞ!」



 同時刻、海援重工の拠点である森ノ宮ガレージに海援隊が集結した。

 海援重工が有する貸出用のアクタノイドも含め、動かせる戦力を全て動員した大規模作戦だ。

 海援吉俊の号令一下で急遽決まったその作戦の内容は、弧黒連峰を押さえているボマーの撃破、並びに弧黒連峰を狙う諸勢力の撃破である。

 鉄鉱石を産出する弧黒連峰を奪取する。それがこの大規模作戦の最大目標だった。


「戦争だ。諸君の奮戦を期待する」


 海援吉俊は愛機、オーダー系志士を操作して自ら先陣を切った。


 海援隊の出撃を察して、森ノ宮ガレージのそばを流れる静原大川の水利権を巡って争っていたオーダーアクターもまた、動き出した。

 オーダーアクター代表、メカメカ教導隊長こと大辻鷹美弥はネット画像を見て満面の笑みを浮かべる。


 どこかの馬鹿がボマーの縄張りとなった弧黒連峰を襲撃した。

 所属不明のボマーが所有していたからこそ、弧黒連峰はある意味中立地帯だった。ボマーそのものの危険性もあって、誰もが遠巻きにしていた。

 いや、睨み合い、牽制し合っていたのだ。


 だが、他ならぬボマーがネットに画像を上げ、膠着状態の終了を告げた。

 大辻鷹は続々と届くクランメンバーの参加表明を見ながら、こらえきれなくなって叫ぶ。


「キター。戦争だ! 大規模戦争だ! 銃声の絶えない素晴らしき天国へいざ旅立たん。者ども、続けー!」


 早速走り出した大辻鷹の愛機、オーダー系トリガーハッピーを追いかけて、クランメンバーたちは歓声を上げる。


「天国に旅立つのは嫌だけど、海援隊をぶっ叩いて鉄鉱山も取れる素敵イベントなら乗るっきゃないよなぁ!?」


 さらに、弧黒連峰の西、静原山麓にて狩猟を行っていたがっつり狩猟部は一斉に仕事を切り上げて東へ動き出していた。

 代表、フィズゥから最優先として全体に指示が出たのだ。


「弧黒連峰を我々で押さえる。万色の巨竜の保護に必要な地点だ」


 資源保護の観点から、個体数が明確ではない万色の巨竜を保護対象に位置付けているため、冴枝組に弧黒連峰を落とされるわけにはいかない。万色の巨竜の生態を暴き出したうさぴゅーが所有していたからこそ、今まで手を出さなかった。

 ――というのは建前だ。


「なにより、ボマーに野武士戦の意趣返しができる」


 フィズゥの言葉に、狩猟部の面々は気炎を吐く。


「ボマーの野郎、借りを返す時が来たなぁ」

「ぜってぇにぶっ叩く!」


 その頃、弧黒連峰の東、海樹林海岸には建前ではなく万色の巨竜の保護に動くクランがあった。

 新界生配信である。

 代表の榛畑陽朋は万色の巨竜の映像を多数収めてくれたアクターうさぴゅーがネットに公開した新規映像をワクワクしながら開き、顔を青くしていた。


「は? 弧黒連峰が襲われてね? やばない、これ?」

「万色の巨竜の狩場の狙撃ポイントですよ? うさぴゅーさんが正式に購入している場所にこんなあからさまな攻撃を仕掛ける連中が狙撃ポイントを押さえるのは……やばいんじゃないですか?」

「うさぴゅーさんに連絡を取らねぇとやばいって。海樹林海岸から電波を飛ばして援護しよう。あと、配信もしとこう。急げ、急げ!」



 新界が慌ただしく動く中、千早はアクタールームの端でガタガタ震えていた。

 ピロン、とスマホがアクターズクエストの千早のアカウントに動きがあったことを伝える。

 見なくても分かる。軽い気持ちで投稿した電波基地局車の映像にコメントが付いたのだ。


 海援重工、オーダーアクター、がっつり狩猟部、様々なところから弧黒連峰を襲撃すると婉曲にぼかした宣戦布告が届いている。

 投降するなら、弧黒連峰の防衛に協力してくれるらしい。


 投降は無理である。千早ですら、サイコロンで下山できないほどに罠を仕掛けまくったのだ。解除している間に別の勢力に攻められるだけだ。


「のんびり畑仕事をしたかっただけなのに……なんでぇ?」


 かくして、弧黒連峰の大決戦が幕を上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る