第十話 ハリボテ
寝起きの千早はパソコンに入っていた『侵入者アリ』の通知を見ながら櫛で髪をとかしていた。
「……ほんとうにきた」
寝起きの頭でボケーッとしていた千早は徐々に緊迫した状況に気付き、仮眠用のソファベッドから飛び起きる。
「い、一時間も、前!」
夢の中まで侵入者アラートは届かなかった。
慌ててサイコロンを起動し、並行して監視カメラ映像をダウンロードする。
弧黒連峰に駐機していたサイコロンを操縦し、被害状況を確認しつつ、カメラ映像を見た。
北から侵攻した敵は二十数機。全機挙げての攻撃はしてこなかったらしい。
慌てたのも損だと思うほど被害は軽微。冴枝組は山の麓で撤退していた。
「敵機七機、寝ている間に撃破……ふぇっへへ」
自分も強くなったものだと自画自賛しつつ、カメラで敵機撃破の流れをおさらいする。
解除されてしまった罠や効果があった罠をメモして、被害状況を確認していた千早は首をかしげる。
「やっぱり、北から攻めてきたけど、電波ないよね……」
監視カメラは一部を有線で山頂付近まで映像を送っている。しかし、大部分の無線通信の監視カメラはデータの送信が上手くいかずに映像の乱れや喪失が多い。
カメラ映像ですらこの有様なのに、アクタノイドをよく運用できたものだ。弧黒連峰の森の中ならばなおさら、電波が届かなくなる。
まして、北側には電波基地局がない。強力な移動基地局がなければ二十数機のバンドを運用できる通信強度を確保できないはずだ。
「電波ノイズがなかったら、北から来ると思わないし……裏をかいたつもりだった、のかな?」
実際、千早が北側での作業中に電波ノイズに気付かなければ、北側は他よりも手薄になっていただろう。二十数機のバンドがあれば十分に踏破できたと思われる。
そもそも、と千早は疑問に思う。
「なんで、宣戦布告、したの?」
わざわざ宣戦布告なんてせずにいきなり侵攻すれば、弧黒連峰の防衛強化もできずに簡単に突破されていたはずだ。
「……はっ、これが、仁義?」
堅気をいきなり襲うのは筋が通らないと、古風にも仁義を通したのかと、千早は感心する。
だが、そんな仁義があるなら一方的に襲ってくるな、とも思う。
「うーん、どうしよう、かな」
弧黒連峰の北に到着した千早は、戦場跡を俯瞰して悩む。
山の麓の一部が地雷の爆発で抉れているのが見える。かなり早く侵攻を諦めているようだ。
だが、冴枝組があまりにも早く撤退したため、千早がサイコロンを麓までたどり着かせるルートがない。何も考えずに罠を仕掛けまくった弊害である。
「まぁ、いい、かな」
麓まで降りて罠を補充するのではなく、中腹以降の罠を追加すればいいのだ。
北側はまだビニールハウスなどの栽培実験施設も少ない。被害を気にせず大量の地雷を仕掛け、ワイヤーを張り巡らせることができる。
タレットハンド君と連動する観測用のカメラの位置を調整していた千早は、映像をサイコロンに同期して首をかしげる。
サイコロンのAIが映像の一部を強調表示したのだ。敵機などを発見した際に出る表示とは異なる、初めて見る表示だった。
確か、未登録の人工物がカメラに映った時の表示だ。監視カメラや電波子機など、それ自体が攻撃能力を持たないモノに対する強調表示である。
なんだろうと、千早は表示された部分を拡大する。
「……あれって、電波基地局車?」
森の中に電波基地局車が放置されていた。ランノイド以上に通信電波を確保できる優れモノだ。
だが、道もない鬱蒼とした森に囲まれた弧黒連峰の北に電波基地局車があるのはおかしい。
「……兵站、どうなって、るの?」
電波基地局車をわざわざ運んでくる時点で意味が分からないが、そもそも敵の主軸であるバンドは安価で高馬力が売りで、バッテリー容量が少なく長時間の稼働が難しい。
弧黒連峰まで最寄りのガレージから歩いてきたとしても、戦闘時間は極端に短くなる。替えのバッテリーがあるのかもしれないが、電波基地局車がここにあるのなら別の可能性が見えてくる。
最寄りガレージから弧黒連峰の北まで、車で通れる道がある可能性だ。
相手は建設会社でもある冴枝組である。森を切り開いて道を作ることもできるだろう。
だが、北側の防衛力を目の当たりにした以上、再度の侵攻を北からする意味はあまりない。
別の方角から再侵攻するのなら、電波基地局車が北側にあるのは不自然である。撤退を決めた時点で、車も撤収するはずだ。新品なら数千万円する高級車なのだから。
北からの侵攻を諦めていないか、北から侵攻すると見せかけるためのブラフか。
あるいは――
「ふひっ、誘い出すための罠、だよね」
ガチガチに固めた防衛拠点である弧黒連峰から、千早のサイコロンを誘い出す罠。
敵機の通信電波を補強する電波基地局車など、千早からすれば邪魔でしかない。だから、電波基地局車に対して攻撃を行う。そう冴枝組は考えたのだろう。
「こっちの機体を特定する、ためかな? あれ、ハリボテ、だよね」
囮にわざわざ本物を使うとも思えない。
しかし、そのまま放置しておくのもしゃくだ。
どうしようかな、と千早は映像を見ながら考えて、ふとした思い付きに「ふへへ」と笑う。
千早は思い付きをそのままに、映像をアクターズクエストの掲示板に座標付きで張り付けた。
「ば、バレてますよーって、ふへへ」
こちらは全部見抜いた上で放置してあげてるんだぞ、と無言の圧をかけてみようと思ったのだ。
いたずら心を満たして満足した千早は、サイコロンを操作して防衛拠点の一つに入る。
本来は栽培実験の資材を保管しておく場所だったが、すっかり野戦基地のようになっていた。
何か面白い仕掛けが作れないかと悩んだ千早は、ビニールハウス用のビニールシートに目をつける。
「グライダーで、空撮、とか?」
ふひっ、と笑った千早は、ビニールハウス用のビニールシートと骨組みで小さなグライダーを制作し、カメラを取り付けた。
次は何を作ろうかと、徐々に方向を見失いながら千早の弧黒連峰は防衛力を増していく。
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