第九話  魔の山

 孤立無援の状況下にある弧黒連峰を北から見上げて、冴枝意音は部下の配置完了を待っていた。


「やっぱ、助ける勢力は見えないな。どうにも妙なんだよな……」


 気だるそうな声で部下がボイスチャットを飛ばしてくる。


「ボマーってでっけぇバックがついてるって噂っすけど?」


 だから妙なんだろうが、と心の中で呟いて、冴枝は言葉を返す。


「野武士戦でもボマー単機だったってぇ話だ。資金面の心配をしねぇ動きだってぇのに、単機にこだわるのが分かんねぇ」


 自衛隊か何かが後ろにいるとしても、この期に及んで現れないのはおかしい。

 自衛隊が公に関わることはできないが、素性を隠した個人アクターとして参戦する分には制限がない。むろん、明るみに出れば世間から叩かれるだろうが、弧黒連峰を敵国組織に実質的に支配されるよりはマシなはずだ。


「宣戦布告の効果っすかね?」

「やっておいてなんだが、あの程度の小細工に引っかかるかねぇ」


 冴枝は半信半疑で肩をすくめる。

 宣戦布告をしようがしまいが、弧黒連峰の重要性はボマーも認識しているはずだ。防衛力は変わらないだろう。

 むしろ、宣戦布告をすることで冴枝たちが囮ではないかと勘繰ってくれれば、灰樹山脈で暴れているマスクガーデナーの方に注力してくれるかもしれない。その程度の小細工だ。

 どちらかといえば、あの小細工で相手側の勢力を釣り出せた方が、情報戦の不利を埋められる。相手方の規模や資金力が分からなければ、泥沼になりかねず、小規模な組織である冴枝組は共倒れになりかねない。


 冴枝はアクタノイドの気配がない弧黒連峰の姿に違和感を強くする。

 ボマーの裏には何らかの組織がある。誰もがそう警戒しているのだが、冴枝は違和感だらけでいまいち信じ切れなかった。

 だからこそ、危ない橋を渡ってまで宣戦布告をしたのだが、ボマーの裏の組織は尻尾を見せないまま。ある意味、宣戦布告は意味がなかった。


「角原のおっさんも、こんな面倒な奴はさっさと全力で潰せばよかったってぇのに」


 そもそも、セカンディアップルの密輸と被害に関してリークしたのは角原為之だと、冴枝は予想していた。

 ボマーをマスクガーデナーが放った工作員だと考えた角原が、情報を一部リークして自分を切ればどうなるかと脅し、牽制したのが真相だろう。

 本来ならば、角原はこんな雑な騒動を起こさない。後始末をして軟着陸まで誘導することで、マスクガーデナーに対して自分の有用性を誇示するくらいのことはする。

 だが、角原は後始末に手を付ける前に伴場に殺されてしまった。


「死人の後始末なんて面倒くせぇ」


 冴枝はため息をつき、嫌な仕事を早く終わらせようと配置完了した部下たちに指示を出す。


「一応、淡鏡の海仮設ガレージからの重迫撃砲には注意しろ。まぁ、撃ってこねぇと思うし、撃たれたら躱せねぇけど、報告はしろよ?」

「了解っす。ただ、あのー」

「んだよ?」

「このドンパチってやる意味あるんすか?」


 部下からの質問に、冴枝意音は顔をしかめる。

 冴枝意音率いるやくざ組織、冴枝組は角原グループにくっついていた組織だ。もともとは建築関係の冴枝建築として新界事業に参入し、角原グループの拠点建築を担当していた。

 だが、冴枝組は初めから、国外の工作員と手を結び、日本への銃器密輸と引き換えに貴重な新界の資源を国外へ密輸する組織だ。角原グループに入っていたのも、後ろ暗い自分たちの身分で新界事業に参入するための後ろ盾に過ぎなかった。


 角原グループがなくなった今、冴枝組は新界事業から追い出されるだろう。ただ追い出されるのならば金銭で埋め合わせできる損失だ。

 だが、国外への密輸が明るみに出れば組ごと潰される。冴枝を含めて、ほぼ全員が逮捕されるだろう。極刑はないが、無期懲役は十分あり得る。

 冴枝はどこまで説明したものかと考え、ハタと気付く。


「そういえば、マスクガーデナーとの取引に反対だったっけか、お前」

「そうっす」

「なら、意見する権利はあるわな。だが、反対してたってことは、この攻略戦の意味も分かってんだろーがよ」

「ボスの口から聞きてぇんすよ」

「ちっ、欲しがりサンかよ」


 軽口を叩くが、冴枝も全員に周知して士気を上げておくことに異論はない。


「お前ら、よく聞け」


 冴枝意音は部下全員に、弧黒連峰が自分たちの危ないシノギの証拠を押さえるための王手になっていると説明する。攻略し、しばらくの間防衛し続けなければ全員ブタ箱行きだと脅しもかけた。

 具体的なことは明言していないが、防衛期間はマスクガーデナーが地球に通じるゲートを移設するまでの間だ。


「これは自由を勝ち取る戦いってぇわけだ。相手はボマー、最近噂のやべぇ奴だが、フクロにしちまえ」


 冴枝意音の号令一下、冴枝組による弧黒連峰攻略戦が開始された。

 まずはボマーのお手並み拝見、と後方で指揮を執るつもりだった冴枝は、すぐに部下の悲鳴を聞くことになる。


「――どうしたァ?」

「どうもこうも……。ボス、直前の映像を送るんで見てください」


 部下から送られてきた映像は、所狭しとワイヤーが張られる中を進もうとしたバンドが地雷を踏み抜いて粉砕されるまでの数分間が収められていた。


「なんだ、こりゃ――」

「うわっ!?」

「今度はどうした?」

「……中腹から、手榴弾を正確に投げ込まれたっス」

「ボマーは中腹か。よし、お前ら――」

「手榴弾を投げてきたのはボマーじゃなかったんすよ」

「は?」


 知られていないだけで増援がいたのか、と冴枝は眉をひそめる。

 しかし、部下の報告は敵増援についてではなかった。


「直前に、監視カメラに引っかかって、即座に飛んできました。ラグがなかったので、おそらくは監視カメラで検知すると同時にAIで手榴弾を投げ込むプログラムです」

「反復アプリか何かで制御しているアクタノイドの腕だけ仕掛けてやがるな」


 俗にタレットハンド君などと呼ばれ、部品の一部を流用して防衛装置に組み込む。ネット掲示板にもやり方が乗っているポピュラーな方法だ。


 ボマーは破損機体を度々回収しているとの噂がある。

 バックに組織がついていて自機の大破も辞さない爆弾魔がせこせこ小遣い稼ぎをするはずがないと思っていたが、これを見越してのものだったのか。などと、冴枝は納得する。


 予想以上に防衛力が上がっているらしいと、冴枝は弧黒連峰をバンドのメインカメラ越しに見上げる。

 そして、侵攻開始から十五分で冴枝組のアクタノイドは実に七機が大破した。

 弧黒連峰の中腹にすらたどり着けず、冴枝は頭を抱える。


「ッけんな! この罠の密度じゃボマー本人も下山できねぇ魔の山じゃねぇか。なに考えてんだ!?」


 アクタノイドは金次第で替えが利くとはいえ、いくらなんでも異様だった。

 罠を撤去するのも簡単ではない。戦後の弧黒連峰の利用を見据えれば、地雷を敷設しまくるのは、物の価値が分からないか、後先を考えていないかのどちらかとしか思えない。


「こんなもん準備しねぇと登れねぇ。お前ら、出直すぞ」


 迫撃砲などで地均ししなければ侵入もままならないと、冴枝意音は部下たちに一時撤退を命じた。

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