第八話  救援要請?

 険しい表情で、ユニゾン人機テクノロジーの代表厚穂澪はボマーからの救援メールを読み返していた。

 あれだけの大立ち回りをしたボマーがたかが冴枝グループ程度との戦いで救援を求めるはずがない。ほかならぬボマーの手により、角原グループは崩壊した。もはや、冴枝グループにバックはいない。


 ただの救援メールではないことだけは確かなのだと、厚穂は悩み続ける。

 だが、一時間経っても結論を出せなかった。


「救援メールの解釈の仕方で、救援を呼ぶことになるとは思わなかったわ」


 厚穂は苦笑して、こういった戦略面に詳しいΩスタイル電工の代表、松留紘深にメールを送って助言を求めた。


「あら?」


 松留からすぐに返信があったと思えば、緊急で会合の場を設けたいと書かれていた。

 お互い、一社を率いる身だ。今すぐにと言われても本来なら時間が取れない。

 だが、松留が慌てるような何かとなれば話は別だ。


 厚穂は秘書にメールして予定を二時間、後にずらしてもらう。社内調整で済む日でよかった。

 WEB会議を開き、厚穂は先にログインしていた松留に挨拶する。


「こんにちは。先ほどのメールの件よね?」

「あぁ、その通り。簾野も来る」


 松留が声をかけたのだろう。すぐに簾野もログインしてきた。

 画面に映る簾野は珍しく少し疲れた顔をしている。

 理由に想像がつくため、厚穂は言葉をかけなかった。

 松留が早速本題を切り出す。


「ボマーからの救援メールに合わせて、頭に入れて欲しい情報がある」


 松留の情報は、新界の内陸部、件の弧黒連峰から見てはるか西にある開拓の最前線、灰樹山脈についてのモノだった。

 いわく、灰樹山脈で開拓を妨害する謎の集団マスクガーデナーが海外の密輸グループないしは工作員の可能性が高いらしい。

 この辺りは、厚穂たちも知っている。以前の会議で話題に上がった、未登録部品関連の話だろう。


「冴枝組は、というより旧角原グループはマスクガーデナーとの密輸取引をしていた疑いがある」

「それでぇ、私が呼ばれたんですねー」


 簾野が曖昧に笑う。

 気の毒に思う厚穂だったが、松留はさくさく話を進めていく。


「その通りさ。簾野のとこ、シトロサイエンスグループに所属している新界化学産業がいま、密輸の疑いでマスコミに追われてるでしょ。何か聞いていない?」

「警察から開示されているだけのー情報なら聞いていますよ~。そうそう、例の国外のーあの事件、私たちは無関係ですのであしからずー」


 そんなことは話の流れから百も承知だが、簾野が疲れているのもマスコミ対応のせいだろう。いわば、愚痴の一環だ。

 松留が笑い飛ばす。


「そこは疑っていないさ。新界からセカンディアップルを密輸したのは十中八九、マスクガーデナー。そして取引していた旧角原グループでしょうよ」

「分かっていただけてー、なによりですねぇ」


 簾野がほっと息をつき、話を戻した。


「警察からはー能化ココの身辺に注意するようにと、警告されていますー」


 セカンディアップル密輸の疑いをかけられた、新界化学産業の代表、能化ココの足取りはつかめていなかったが、警察が情報規制をかけるのと同時に簾野が手を尽くして匿ったのだろう。

 簾野はおっとりしているが、仕事は速く堅実で部下思いだ。グループ企業の社長も保護の対象である。


「となると、警察も非合法な手段で口封じを狙ってくる真犯人がいると考えているのよね? マスクガーデナーが能化ココを暗殺して、罪をかぶせてくるかもしれない、と?」

「警察もー、そこまでは話してくれませんでしたねぇ」

「まぁ、言えないでしょうよ。密輸したとすれば、新界のどこかに地球、それもあの国へ通じるゲートがあるはず。それが見つからない限り、下手に言及したら国際問題だからね」


 そう、松留が警察に理解を示した。

 厚穂は今までの話を総合する。


 国外へ新界からセカンディアップルを密輸した某国の工作員集団、マスクガーデナーがいる。

 マスクガーデナーは冴枝組が所属していた角原グループと交流があったという。

 新界のどこかに某国へ通じるゲートが隠されている。

 冴枝組が突然、弧黒連峰へ侵攻する動きを見せ、所属不明のボマーが不可解な救援メールを厚穂たちに送ってきた。


「……まさか、そのゲートって弧黒連峰の北にあるの?」

「断言はできないけどね。ただ、角原グループを叩き潰したボマーが弧黒連峰を購入したのはゲートへ王手をかけるためだったとすれば、つじつまが合うんじゃない?」

「ボマーは角原グループと敵対していたのではなく、マスクガーデナーがそもそもの標的だった……?」


 個人アクターではないと思っていたが、国家間の問題に積極的に介入して追い詰めるような組織に所属しているとなると、今まで以上に恐ろしく感じる。


「救援を断ったのは早計だったわ」


 あるいは、敵対と取られたかもしれない。

 厚穂が険しい顔をすると、松留が口を挟んだ。


「いやいや、この盤面では断る以外の選択肢はないよ。表立って援護すれば、マスクガーデナー側は攻勢を強めて能化ココにも直接的に手を出してくるかもしれない。その辺りの事情をあのボマーが知らないはずもない。自分らに断らせることで、能化ココの安全を確保したのさ」

「ボマーの救援要請は断られることが織り込み済みの、警告と情報提供だったと」


 それならば、厚穂の対応は正解だったことになる。

 神経を使う相手だと、厚穂は苦笑した。

 しかし、簾野が何かを悩むように、考え考え切り出した。


「ボマーさんですよー? 必要ならぁ、無関係な三勢力を戦わせるような、バトルメイカーですよー?」


 簾野が言いたいことは、厚穂も分かる。

 一般人を戦場から遠ざける。本当に、ボマーがそんな優しいことをするのか?

 簾野のボマー評に、松留も唸った。

 松留も、ボマーの人物像に合わないと思っているのだろう。


「引っかかるところではあるね」

「一つ、疑問がありますね」


 厚穂はふと浮かんだ考えを会議の場に投げかける。


「マスクガーデナーを横においても、冴枝組に鉄鉱石が取れる弧黒連峰を取られたくない勢力は多いのではないかしら?」

「まぁ、取る動きがあれば海援重工やオーダーアクターが黙ってない――だから、ボマーは弧黒連峰を取ったのか!」


 松留が答えを見つけたとばかりに不正解に飛びついた。


「角原グループの頭越しに弧黒連峰を取ったのは、角原グループ崩壊後の盤面で一番の重要地点だからか! 戦略上の要を押さえて、鉄鉱石を餌として、外国勢力との暗闘を行う戦場に他の勢力を参加させるつもりなんだ」


 角原グループが健在であれば、弧黒連峰の価値は低い。

 群森高低大地が角原グループ崩壊で安全に通行できるようになったため、鉄鉱石の輸送ルートが開けた今は弧黒連峰の価値は爆発的に上昇した。

 弧黒連峰の戦闘に介入して利益を得られる勢力も増えた。

 しかし、外国勢力との暗闘ならば自衛隊に救援を求めるのが筋である。


 厚穂はそこまで考えて、自衛隊が出撃する根拠がないことに気が付いた。

 表に出ている情報ではあくまでも、弧黒連峰を巡ったボマーと冴枝組の抗争だ。民事不介入の警察も自衛隊も、参加できない。

 だが、日本の利益を考えた時、弧黒連峰を外国勢力に取られるわけにはいかない。松留の推測が正しければ、弧黒連峰は外国に繋がるゲートへ王手をかける最重要地点だ。


「だからぁ、日本側の戦力をまとめてー戦場に送りたかったんですねぇ」

「鉄鉱石を欲しがらないがっつり狩猟部から恨みを買うような動きをしたのも、この戦闘に介入させるためよね?」

「自分らに知らせてきたのも、電波が戦場に欲しいから、と考えられるな。淡鏡の海の調査にボマーが参加したのは、角原グループ包囲網なんかじゃなく、こっちが本命か」


 千早には見えていないボマーの先見の明に戦慄しながら、三者はこの盤面での打つ手を考える。


「弧黒連峰がー襲撃されることを、それとなく~ネットに流しましょうかぁ?」

「いえ、必要ならボマーやその一味がやるでしょう。それより、電波妨害に注意した方がいいわ」

「淡鏡の海仮設ガレージをマスクガーデナーが襲撃してくる可能性もある。だから、ボマーはこれを知らせてきたんでしょ。防衛に徹しよう」


 三人は頷きあい、WEB会議を終了した。

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