第七話 ボマーでトラッパー
千早は、いままで偶発的な戦闘しかしたことがなかった。
たまたま受けた依頼に、たまたま妨害者がいて、戦闘になった。千早の認識ではそれ以外の戦闘は起こっていない。
最初から戦うつもりで準備をしたことなど一度もなかったのだ。
「面白い、かも……」
罠をひたすら作っていく地道な作業。それが千早には面白かった。
ただ一人、引っかかる相手がいるかどうかも分からない罠を作る。無数に作る。
下手な鉄砲も数を撃てばあたるもの。罠も作りまくればどれかに引っかかってくれる。
一人作り、試行錯誤し、改良し、完成させ、発展させる。
ボッチ引きこもり娘、兎吹千早にとって、自分一人で完結するこの一連の作業は性に合っていた。
「うへへ……」
実際に相手の顔が見えたなら、小心者の千早はこんな悪辣な罠を仕掛けないだろう。
だが、モニターの向こうのアクタノイドに敵対するアクタノイドの向こうのモニターにいる誰か、となると現実味も薄れてくる。
それが、一方的に罠にはめても誰からも怒られることのない襲撃者となればなおさらだ。
「うぇっへへへ……」
アクターズクエストの掲示板に書かれていた、悪用厳禁の見出し付き罠を改良付きで設置して、千早は悪い顔を浮かべる。
私有地なのを良い事に悪辣な罠を仕掛け、改良し、千早は完全に悪質ブービートラップメーカーになっていた。
罠にはまった者がいれば、千早の底意地の悪さを読み取るとともに、ため込んだストレスを想像して同情するような酷い罠の数々を仕掛けていく。
千早はバカだった。
「……どうやって、帰ろう」
仕掛けるばかりで自分の移動経路を考えられないバカだった。
地道に解除しつつ戻った千早は、解除のしやすさから罠の改良案を出していく。
同様に、弧黒連峰の各所を詳細にマッピングし、配布されている戦術分析アプリ『机上の兵法』を使って戦闘予想を行ってみる。
ネット上ではいまいち評判が良くないアプリではあるが、千早に戦術の知識はないため参考になった。
相手がバンドを主軸にしていることが分かっているのも大きい。狙撃を行うサイコロンやシェパードといった機体が混ざっていると戦術幅が広すぎてアプリでは予想ができない。
そこまで考えて、千早はふと思う。
「電波、どうするの?」
千早の場合、淡鏡の海からの電波を利用している。
だが、冴枝側が利用する電波については謎だ。
ランノイドがいたとしても、弧黒連峰の北にまで届く電波は淡鏡の海のモノしかない。
ならば、淡鏡の海の電波を独占出来たらどうなるのか。
「相手、動けない?」
戦うまでもないかもしれない。
どのみち、自分だけでは手が足りないと思っていたところだ。淡鏡の海に集結している機体を一部でも増援に送ってくれれば、冴枝組への牽制になるだろう。
千早は貯金額を見て悩む。
冴枝組は五十人。全員分の機体が用意されているとすれば、二、三機の増援では焼け石に水だ。
とはいえ、十機、二十機となると、千早の予算が絶望的に足りない。
そもそも、戦闘が起きるとほぼ確定している状況だ。機体が破損する可能性は高く、その分の修理費、弾薬や報酬まで含めるとアクター一人への報酬は百万円からになる。オールラウンダーならばともかく、高スペックの機体を扱うアクターならさらに高額で、腕のいいアクターならば天井知らずだ。
どららん動画はいまも視聴数が伸びており、千早は二十歳前の個人が持つには多額の金銭を有している。弧黒連峰の購入やビニールハウス、罠、監視網の設置と維持費などで数千万円が飛んでいるものの、貯金はいまだ二千万円を割っていない。
だが、税理士からは釘を刺されている。このままだと、来年度の税金が払えなくなりますよ、と。
人を雇えるほどの経済的余裕がない。
重迫撃砲を依頼した時とは違い、利害の一致もない。
「まぁ、ダメもと、で……」
冴枝組への電波供給の停止と、増援要請をユニゾン人機テクノロジーに対して送る。
電波はΩスタイル電工の管轄だとは思うが、何かと依頼をこなしてきたユニゾン人機テクノロジーを介した方がまだ成功率が高そうだと思ったのだ。
「お願い、します」
パンパンと手を合わせて、千早はサイコロンの予備機を借りられないか、貸出機一覧で検索をかける。
ユニゾン人機テクノロジーが回収して淡鏡の海に置いてしまっているため、サイコロンの数は少ない。ほぼすべてが貸出中か、弧黒連峰からは遠い位置に機体があるようだ。
オールラウンダーにしておこうかと、千早は貸出機の予約を入れておく。
すると、ユニゾン人機テクノロジーからの返信があった。
「……だめ、かぁ」
増援はおろか、電波の停止すら通らなかった。
メリットが提示できない以上は仕方がない、と千早は交渉する気もなく思考を切り替える。
逆に考えればいいのだと。
「……山に入るやつ、全部敵!」
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