第六話 宣戦布告
朝、千早の第一声は困惑と驚愕が入り混じったあの一言だった。
「――なんでぇ!?」
起床と同時にスマホの着信に気付き、アクターズクエストに届いたメッセージを見たのだ。
差出人は弧黒連峰の購入を打診してきた冴枝意音である。
メッセージは実に端的な一文。
『覚悟してください』
前後のやり取りを考えると、実力行使で弧黒連峰を奪い取るとしか読み取れない。
かといって、これだけでは警察に駆けこんでも対応してくれないだろう。そもそも、新界における騒動は基本的に民事不介入で警察が動かない。アクタノイド同士の戦闘ならばなおのこと、黙認される傾向にある。
いきなりの宣戦布告に千早は大慌てで地下のアクタールームに降りた。
弧黒連峰のサイコロンにアクセスし、状況を把握する。
どうやら、まだ攻められてはいないようだ。監視カメラの映像にもおかしな点は見つからず、侵入者があったとの通知も来ていない。
「……昨日の、電波ノイズ……」
あれは下見だったのではないか、と千早は勘ぐる。
だとすれば、敵は北側から来る可能性が高い。
もともと、弧黒連峰の南側は電波の関係で敵機が侵入しやすいため、トラップを大量に仕掛けてある。
相対的に、北側のトラップは少ないため、補強するのなら北を優先した方が良い。
計画を考えつつ、千早は宣戦布告をしてきた冴枝意音について検索する。
「……ヤの人」
千早とは違う種類の自営業者だった。
なんでこんな人が政府がらみでもある新界事業に入っているのかと、千早は首をかしげる。
冴枝意音は、冴枝グループ代表、冴枝組の組長。冴枝建設社長でもある。
政治家、角原為之とも関係があり、色々と便宜を図ってもらっていたらしいことが最近の調べで分かってきていた。
角原が伴場に殺害されたことで、裏でやっていた悪事が一気に明るみに出ている。その一つが冴枝組がらみだった。
建設会社だけあって、角原グループが発注する拠点構築などで仕事を受け、主戦力は安価で馬力が高いバンドが主軸。社員なのか組員なのか分からない部下が五十名ほどいるとのこと。
社長である冴枝もバンドの使い手として有名だ。
バンドは軽ラウンダー系であり、冷却パーツは背部大型ファンと脇腹補助ファンを用いているためとにかくうるさい。
しかし、反応性は非常に良好で通信環境が整っていれば機敏に動ける。走行速度も時速100キロをマークし、ラウンダー系最速の呼び名も高い。装甲はやや厚めでありつつも無駄を徹底的に排した格闘戦仕様の機体だ。
そして、バンドは扱うアクターによって戦闘能力に雲泥の差が生まれる妙な機体としても有名である。
ごく稀にこのバンドに憑りつかれたとしか思えない変態的な機動をするアクター、通称『バンドマン』がいるのだ。
速度、反応性、格闘戦仕様らしい防御力を前提とした機動を行うバンドマンは騒音をばらまきながら一気に肉薄し、龍咆などの高威力拳銃でアクタノイドを屠る。
拳銃射程の白兵戦において、バンドマンは重ラウンダー系数機に匹敵する戦力として換算されるほど、手が付けられない存在らしい。
千早に宣戦布告してきた冴枝意音がまさに、バンドマンの最高峰なのだ。
「えぇ……」
千早の脳裏に浮かぶのは、同じく常軌を逸した機動力を誇るオーダーアクター代表の機体トリガーハッピーだ。空中半回転捻りをするような機体はあれ以来お目にかかったことはないが、バンドマンとやらはやりかねない。
「あっ、童行李、借りよう」
以前、ユニゾン人機テクノロジーの機体の輸送護衛で借り受け、オーダー系EGHOとバンドの混成部隊を相手に無傷で逃走を成功させた機体、童行李。
あのコンセプト機は銃が撃てないという致命的な弱点があるものの、トラップだらけにした弧黒連峰で逃げ回りながら手榴弾を投げ込みまくる戦い方ができる。単独での拠点防御に向いた機体だ。
拠点防御を単独で行うのがすでにおかしい前提であることを、ボッチの千早は理解していない。
千早はさっそく、ユニゾン人機テクノロジーに童行李を借りたいと連絡する。
返事が来るまで防御を本格的に固めようと、サイコロンで弧黒連峰の北側にトラップを仕掛け始める。
ダミー手榴弾などというケチなことは言わず、空冷式のバンドを仕留めやすい粉塵手榴弾を設置する。
いくつかの罠を完成させた頃、ユニゾン人機テクノロジーからの返事が来た。
童行李の貸出を丁重に断る文面だ。
「お、お高いもんね……」
個人アクターにはおいそれと貸し出せないのも仕方がないと、千早は勝手に納得する。
千早はメインモニターで弧黒連峰の東、海樹林海岸を見る。
相手は非合法な手段を平気で取る人種だ。弧黒連峰を制圧されたら万色の巨竜の餌場に狙撃銃を向けてもおかしくない。
「どららん、お姉ちゃんが、守るからね」
震える声で覚悟を決めた千早は、持てる限りの力を尽くして弧黒連峰の防衛を行おうと固く心に誓う。
「ふひっ」
気色悪い笑い声を上げ、千早は自重を捨て去った。
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