第五話 畑仕事と購入打診
サイコロンが畑仕事に精を出してくれる。
モニターを眺めてサイコロンの仕事振りを監督しつつ、千早は弧黒連峰の地図を眺めた。
「頑張った」
頑張ったのはサイコロンだが、地図上に表示される畑はかなり広がった。
講演会で配られた資料には、協力してほしい依頼の番号があり、それを直接打ち込むことで依頼掲示板の優先順位に関係なく依頼を表示できた。
千早は畑を大きく拡張して講演会資料にあった依頼を受注、区分した畑ごとに依頼の植物や作物を植えていた。
設置カメラで生育状況を観察しつつサイコロンで新たな畑を作る日々だ。
依頼の完了までは最低でも半年。ものによっては数年かかる。単純な作業は自動化もできるが、時間がかかる割に利益はさほどない。
利益を上げるために、利益率の高い作物を育てようと千早が考えるまで時間はかからなかった。
「北、かなぁ」
弧黒連峰の南側は淡鏡の海の迫撃砲の射程圏内である。南側はアクタノイドが活発に動けるため、作物の安全を考えれば弧黒連峰の北側に畑を作るべきだ。
希少作物用のビニールハウスを北側に作ることにして、千早はサイコロンを操作する。
弧黒連峰は千早の大改造により、監視網、専用の電波網が敷かれつつある。とはいえ、基地局である淡鏡の海からの電波に依存しているもので、電波妨害を仕掛けられると脆い。
それでも、電波状況さえきちんとしていれば、千早は弧黒連峰の主を名乗れると自負していた。
整備された監視網と千早だけの弧黒連峰詳細地図。さらには、複数のアプリを併用することでピンポイントで手榴弾を投げ込める。
ワイヤートラップやブービートラップも設置してあり、防衛力は増していた。
自分で仕掛けた罠に引っかからないよう、千早は北側へと蛇行しながらサイコロンを移動させる。
「見晴らし、良し。もう少し、北側にしようかな」
見晴らしがよいということは、外から丸見えなのと同じだ。希少作物の栽培実験場を作っても、盗賊アクターによる盗難に遭いかねない。
森の方に寄せてビニールハウスを作ろうと、千早はサイコロンを北へ歩かせる。
その時、サイコロンが不思議な電波ノイズを観測した。
「……なんで?」
千早はシステム画面を確認する。
一瞬ではあったが、確かに電波が干渉して通信品質が下がっていた。
即座に森の中にサイコロンを飛び込ませ、膝を曲げて姿勢を低くする。
干渉するような電波があったということは、付近に電波の発生源がある。新界で電波を発生させるのはアクタノイドくらいのモノだ。
北側の監視カメラの映像を調べ、千早は首をかしげる。
監視カメラ映像に不審なアクタノイドの姿はない。カメラはすべて正常に起動しているため、アクタノイドを検出してアラートを出す前に壊された、といったこともない。
ドキドキしつつ、サイコロンに突撃銃を構えさせる。
監視カメラもちらちらと見つつ、息をひそめる。
一時間、二時間と経ち、千早はシステム画面を確認する。
電波干渉は二時間前の一度きり。その後は起きた様子がない。
「……気のせい?」
システム画面には実際に電波干渉が観測されている。だが、敵機の姿が見えないどころか気配もない。
雷のように電波ノイズを起こすものは自然界にも存在している。
少し納得はいかなかったが、千早は気のせいと考えることにして警戒しつつもビニールハウスの建設を開始した。
新界用に作られたビニールハウスは、アクタノイドでの組み立てを前提にしており骨組みが重くがっしりしている。マニュアルをダウンロードすることにより、アクタノイドが部品を識別、適切な手順で自動的に組み上げてくれる。
休むこともサボることもなくてきぱき働いているサイコロンを眺めつつ、千早はオレンジジュースをチビチビ飲む。
手元には読みかけのマンガがあるが、頭の中は先ほどの電波ノイズでいっぱいだった。
「罠、増やそう、かな……」
この土地は千早にとっての農地であり、収入源であり、どららん達万色の巨竜を保護するための要所だ。
得体のしれない電波を放置しておくことはできない。南側は重迫撃砲が飛んでくるから、北側から攻めよう。そう考えている密猟者がいるかもしれない。
トラップの計画を立てようと、千早はアクターズクエストの掲示板で情報を探そうとした。
しかし、アクターズクエストを立ち上げると同時に、アカウントにメッセージが入っていることに気が付いた。
差出人は冴枝意音。聞いたことのない名前だ。
「……弧黒連峰購入希望の連絡?」
事務的な文章が連ねられているが、要は、千早が購入した当初の金額の三倍で弧黒連峰を買い取りたいというものだった。
「鉄、とれるもんね……」
千早には宝の持ち腐れだが、鉄の需要は高い。欲しがる企業がある以上、千早から三倍の金額で買ってもおつりがくると判断したのだろう。
千早はモニターの向こうで組み上がりつつあるビニールハウスの骨組みを見る。
三倍なんて金額を提示されたところで、考える余地はない。
「すでに、手を入れている状態、なので、お断りいたします……っと」
断りのメッセージを送って、千早はトラップの情報を集めるために掲示板に移動する。
そのメッセージが平穏と戦乱の分岐点だと露知らず。
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