第四話  能化ココ

 見かけによらない速度で走り出した千早に女性が呆気にとられるも、すぐさま追いかけてくる。


「右に車が止まっていますから、乗ってください!」


 女性に声をかけられて、千早は右へ曲がる路地で速度を緩めて振り返る。

 女性の後ろからガラの悪い男たちが追いかけてきている。だが、男たちはカメラを持っていて、どうにも危険な人種には見えない。

 テレビクルーか何かではないか、と千早はちらりと考える。

 しかし、顔出しで放送されるなどコミュ障引きこもりの千早にはたまったものではない。オールラウンダーとの追いかけっこ報道もあり、妙な話題になるだけだ。


 追いかけられている女性の方は、一見しておかしなところはない。テレビクルーが追いかけるくらいなのだから何かしら事情を抱えているのだろうが、千早に危害を加えるつもりならテレビクルーへの足止めにでも使うだろう。

 巻き込まれないように配慮してくれているのだと思う。


 ここは指示に従った方がよさそうだと、千早は路地を曲がって速度を上げる。

 女性が言う通り、路地の出口に黒塗りの車が停まっていた。後部座席を開けており、護衛らしきスーツの男たちが二人、路地の出口に待ち受けている。

 千早を見て警戒した様子の男たちに、女性が声を張り上げた。


「その子は巻き込まれただけよ。保護するから乗せて!」


 護衛達が千早に道を開けた。

 千早は一瞬、車という閉鎖空間に飛び込むのを躊躇したが、女性の足音が近付いてくるのを聞いて決意する。

 後部座席に滑り込み、追いついた女性が飛び込むように隣へ座った。


「出して!」


 扉を閉めながら、女性が命じると同時に車が走り出す。

 追いついてきたテレビクルーがカメラで車の進路を塞ごうとするのを護衛の男性たちが防いでくれた。

 テレビクルーと護衛を置き去りにして、車が大通りに入る。

 ようやく一息ついたと、女性が脱力した。


「巻き込んでしまって、ごめんなさいね。政治的な話もあって、捏造も辞さない方々だったから、あなたが捕まると何をされるか分からなかったのよ」


 いきなり怖いことを言われて、千早は野ウサギのように縮こまった。

 怯えに気付いた女性が苦笑する。


「もう大丈夫よ。警察に通報もしてあるし、あのタイミングでなければあなたを捕まえてどうこうということもないでしょう」


 当然ながら、信用できる話ではない。

 やはり外出なんて碌なことがないと千早は引き攣った笑みを浮かべる。

 女性が名刺を差し出してきた。


「申し遅れました。わたくし、新界化学産業の代表者、能化ココと申します」


 新界化学産業といえば、シトロサイエンスグループに所属する小企業だ。

 千早も新界化学産業が発注したセカンディアップルの採取依頼を受けたことがある。

 能化ココは続ける。


「もし、何か問題がございましたら、名刺の番号にかけてください。うちのモノがマスコミ対応しますので」

「……うぇあ、はい」


 震える手で名刺を受け取り、千早はしまう場所に困って財布に仕舞う。

 個人アクターである千早は名刺など持っていないのだ。

 自宅を知られるのも怖いので、千早は適当なところで車を降ろしてもらった。

 礼もそこそこに能化ココから逃げ出して、千早は大回りしつつ帰宅する。

 周囲の人影はもちろん、尾行にも注意して、千早は素早く家に入った。


「ふ、ふぃ……。なんで、いつも、巻き込まれるの」


 リビングのソファに座って、千早はパソコンを立ち上げ、ネットニュースを閲覧し始める。


「あった」


 新界化学産業にまつわる最新記事を見つけて、千早は内容に目を通す。

 新界化学産業は『セカンディアップル』に早くから目つけて商品化を狙っていた会社で、研究論文も多数発表している。


 それとは別に、近年アジアのとある国でセカンディアップルの遺伝子を組み込んだ新種の果物が開発された。試験栽培を飛ばして本格的に商業栽培を行い、普及しかけるところだったらしい。

 しかし、セカンディアップルに寄生していたと思しき新界由来の病原菌により果物が全滅、さらには該当区画とその周辺地域の農地を洗浄するため、雑草に至るまで焼却処分が行われたことで多額の被害が出ていた。


 当該国によって報道規制が敷かれていたその事件を外国メディアがすっぱ抜き、セカンディアップルの出所として日本が密輸出を行った疑惑が取りざたされた。

 異世界の開拓は国際条約によって、一つの国に一つの世界が割り当てられているため、セカンディアップルの遺伝子資源が流出したのなら日本の新界以外にありえず、それを管理している日本の問題となる。


 当該国は日本を非難するも、日本を始めとした国際団体の監査や調査を拒絶し、事件の関係者は不審死していた。

 そもそも、日本は新界資源の国外への持ち出しを固く禁じており、セカンディアップルを輸出した事例もない。

 つまり、セカンディアップルは日本新界から密輸されたことになるのだ。


 国内のマスコミはこの事件に新界化学産業が関わっていると邪推し、追いかけているという。ようは、密輸犯ではないかと疑われているのだ。


「こわいなぁ」


 千早は他人事のように呟く。

 こんな事件が起きた以上は新界から地球への持ち出しもさらに厳重になりかねない。つまり、採取系の依頼をする企業や研究者は減ってしまうだろう。

 だが、千早には奥の手がある。


「畑、つくろ」


 栽培に関するレポートを書けばお金になるのだから、自分にはあまり関係ない。

 千早は暢気にそう考えていた。

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