最終章 なんで……
第一話 激動の新界
新界は群雄割拠の時代を迎えた。
角原グループの崩壊の影響が誰もが予想しなかったほどに大きかったのだ。
いままで角原グループの妨害で動かなかった事業が次々と動き出すと同時に、いままで角原グループが押さえていた地域が無主地、空白地帯となり、所有をめぐって利権に絡む勢力が激突し、群雄割拠の状態となっていた。
利権の一つ、それでいて最大の難所とされるのが弧黒連峰だ。
鉄鉱山であり、角原グループがいなくなったことで輸送の問題も解決している。
それでも、弧黒連峰は迂闊に近寄れない危険区域として認識され始めていた。
ユニゾン人機テクノロジー代表、厚穂澪はタクシーを降りてビルを見上げる。
Ωスタイル電工本社ビル。新界でも名うての企業でありながら、その本社ビルは三階建ての大人しいものだ。
だが、電波利権を有する企業だけに出入り口にはガードマンや監視カメラが配され、ビル内にオールラウンダーの姿もある。
Ωスタイル電工が機能不全に陥れば、新界の要所がたちどころに機能不全に陥る。それほどに、防衛戦力であるアクタノイドと電波網は切っても切り離せない関係なのだ。
タクシーが止まった時点から視線を感じていたが、厚穂は気にした様子もなく用意していたスマホに表示されている面会証を掲げる。
ガードマンがすぐに視線を外した。
ビル内に入り、受付にある専用の読み取り機にスマホを当てると、入場ゲートが開き、待ち構えていたようにエレベーターの扉が開いた。
これでも、取引相手として便宜を図っているというのだから驚きの厳重さだ。
エレベーターに乗り込むと、階層ボタンを押していないのに勝手に三階へと移動する。
電子音と共に扉が開き、厚穂はエレベーターを出た。
「わが社よりハイテクね」
エレベーターの出口で待っていたスレンダーな女性、Ωスタイル電工代表の松留紘深に声をかける。
松留は苦笑した。
「おべっか以外でその台詞を言われたのは初めてさ。流石、ユニゾン人機テクノロジー代表さんだ」
「ハード面ならともかく、ソフト面はまだまだなの。その辺りでも、協力したいわ」
アクタノイド開発で有名なユニゾン人機テクノロジー代表である厚穂の言葉に、松留は子供っぽく笑った。
「これ言うと『男か!』なんて時代錯誤連中に言われんだけど、最強のアクタノイドっていうのに興味あんだよね」
「ロマンに性別は関係ないって言っても、その手の人は理解しないわよ」
「なら、厚穂さんはなんて言うんだい?」
「ロボットに性別はないでしょう?」
「あははっ、そりゃそうだ!」
厚穂の答えを気に入ったのか、松留は手を叩いて賛同した。
「ショコラさんも来てるよ」
「簾野さん、一番忙しいはずなのに、時間はきちんと守るのよね」
「澪さんも時間を守るでしょ」
厚穂の答えを気に入ったからか、松留は名前呼びに変わっていた。
松留に連れられて会議室に入る。
すでに座っていたシトロサイエンスグループ代表、簾野ショコラは薄い笑みを浮かべて会釈した。
「刻一刻と、新界の情勢が変わってます~。早速お話しましょうかー?」
時間が惜しいという簾野の言葉に、本来ならば誰も異を唱えることはない。
とはいえ、今回の議題に関してのみ、否定する余地があるのだ。
「弧黒連峰はボマーが押さえてる。数時間どころか、丸一日経っても状況は変わらんでしょ」
松留が肩をすくめて言うと、簾野も苦笑しつつ応じた。
「だからこそ、怖いんですよねぇ~」
この情勢下ですら、揺らぐことがない要衝が弧黒連峰である。
角原グループ最大戦力EGHOが敗れた場所というだけで、他の勢力に対する牽制としては十分な肩書きだ。
まして、続く群森高低大地の戦闘への介入と終結を空爆によって実現したボマーの所有地。
さらに、報道されている角原グループ崩壊の遠因となったのも、ボマーである。
簾野が困り顔で言う。
「ボマーさんったらぁどこまで知っていたのでしょーかぁ?」
EGHOが弧黒連峰に来ること。角原グループ内の不和。伴場が抱えていた狂気。
ボマーは誰も予測しえない未来を描いて動いている。それだけは、この場の三者の共通認識になっていた。
厚穂は席に着きながら、考えを口にする。
「どこまでが計画だったのか。いまとなっては分からないわ。ただ、迫撃砲を撃った段階で我々も無関係とはみなされない。しばらくは大人しくしておかないと、淡鏡の海のガレージ化を妨害されかねない」
ボマーがどこまで読んでいても関係ない。厚穂たちがこの場で協議すべきは、自分たちの利益をどう確保するかなのだから。
厚穂は続ける。
「幸いというべきか、弧黒連峰をボマーが押さえたことで海援重工やオーダーアクターと鉄鋼資源を巡った戦闘になるのは回避できました」
「それも恐ろしい話ですよぉ。一個人アクターが戦闘に長けた二大勢力を抑えつけてしまうんですからねぇ」
まったくもってその通りだ。
ボマーが弧黒連峰を押さえている。ただその事実がどれほど重いことか。
EGHO撃破に協力した厚穂はもちろんのこと、野武士討伐戦でしてやられた海援重工、オーダーアクターもボマーに対しては最大限の警戒をしている。
もはや、ここにいる誰も、いや新界に出入りする誰一人として、ボマーが本来の意味で個人アクターだとは思っていない。
サイコロンの所有権を持つユニゾン人機テクノロジーの代表、厚穂は知っている。
EGHO撃破に協力し、群森高低大地へ前代未聞のサイコロンによる空爆すらも行っておきながら、ボマーは貸出機であるそのサイコロンを返していないのだ。
シグナルロストしたと連絡してきているが、誰が信じるというのか。
ボマーはサイコロンを私物化した。弁済費用を払ってまで、誰も行方を追えない機体を手に入れたのだ。
今後、あのサイコロンでどんな非合法な行いをしようとも、ユニゾン人機テクノロジーやボマーに直接の疑いは向かない。書類上で今はもう、存在しない機体となったのだから。
サイコロンは軽ラウンダー系の中ではそれなりの値段がする。個人アクターであれば、よほどの理由がない限りは破損しても返すほどの金額だ。まして、私物化する意味がさほどないのは、群森高低大地で撮影された破損状況からも分かっている。
撮影機材が集積されている頭を失ったサイコロンなど、オールラウンダー以下なのだから。
何に使うつもりか知らないが、所有者を辿れない機体を欲する理由がある。それも、高額な弁償費用を払ってでも。
そんなもの、バックにそれなりの組織があるとしか思えない。
それも、ボマーほどの実力者を素性を隠して行動させるほどの目的意識がある組織だ。金銭が目当てとは考えにくい。
松留が会議室のスクリーンに映像を映す。
「灰樹山脈で謎のアクタノイドによる襲撃が頻発してるって噂、聞いてる?」
「灰樹山脈……。開拓の最前線ですね。電波強度が弱い地域にもかかわらず機敏に反応する怪しいアクタノイドがいるとか」
アクタノイド開発企業の代表である厚穂の耳にも当然、情報が入ってきている。
そして、新興、中小企業をまとめ上げているシトロサイエンスグループ代表、簾野も知っていたらしい。
「灰樹山脈の所属不明オーダー系ですねぇ。噂ですが~、外国の方かもしれないそうです。噂の機体を破損させた際にー、未登録の部品が転がっていたそうですよぉ」
松留が頷いて、スクリーンに映された不鮮明な映像を指さす。
「曖昧な情報と推測で悪いんだけど、そのオーダー系、現場じゃ『ザ・ウォール』と『ジョロウグモ』なんて呼ばれてる二機について。以前から噂されている外国の工作員、マスクガーデナーじゃないかって思う」
未登録部品が転がっていたという情報とも合致する推測だ。
新界への輸出は環境保護やバイオハザードの観点から、部品一つに至るまで登録が必須である。
未登録部品が見つかった場合、新界で製造された物でなければならない。
新界で製造されていないのなら、非合法な手段で新界に持ち込まれたものとなるからだ。
「オーダーアクターの製造品では?」
厚穂の質問に、松留は首を横に振る。
「関与を否定してる。そんでもって、最近、自衛隊の動きが慌ただしい」
自衛隊は、日本人同士の争いには基本的に不介入を通す。
そんな自衛隊が動いているのなら、日本人ではない何らかの勢力が介入していることになる。
この場に集っている三社にとって、灰樹山脈の情勢はさほど問題ではない。
灰樹山脈は大陸の中央部。三社がガレージ化を急ぐ淡鏡の海からは遠い。
だが、この会議の場で話すのだから、弧黒連峰と類推して考えるべきだ。
弧黒連峰は現在、新界の大陸東部における開拓の最前線である。
その最前線をボマーが押さえている。あらゆる勢力を手玉に取り、アンタッチャブルとなった、所属勢力不明のボマーが……。
「ボマーが日本人だといいのですけどねぇ」
簾野ショコラの言葉は、裏を返せば、ボマーに外国の工作部隊員の可能性が浮上しているという意味でもあった。
厚穂たちは顔を見合わせる。
ボマーが外国のスパイならば、深入りするのは不味い。
一番関係が深いユニゾン人機テクノロジー代表として、厚穂は発言する。
「距離感を見直すべきでしょうね」
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