第二十七話 お別れ
角原グループ総帥、角原為之氏、暗殺される。
その報はネット上を駆け巡り、新界に関わる者たちに大混乱をもたらした。
角原を殺害した伴場は現行犯逮捕され、白昼堂々の犯行は様々な憶測を呼んでいた。
報道バラエティーのキャスターが厳めしい顔で話し出す。
「新界に直接関わる唯一の政治家としても注目の人物でしたが、犯行に及んだ伴場容疑者は角原為之氏の護衛だったとのことです。これは確かなのでしょうか?」
「私費で雇った護衛で、アクターとしても活動し、角原氏からオーダー系アクタノイドEGHOを任せられていた側近中の側近ですね」
新界に詳しいと紹介文に書かれた門外漢の研究者が誰でも知っていることを話した。
それを受け、キャスターが台本通りに続ける。
「二人の関係破綻を知ってEGHOを破壊することで、今回の暗殺の引き金を引いた黒幕の存在が、ネット上では噂されています」
「えぇ。なんでも、現場で伴場容疑者が何やら話していたようです。警察発表では取り調べにも素直に応じているとのことですから、いずれ続報があるでしょう」
カメラがスタジオに座る弁護士へと移った。
姿が映っていないキャスターからの質問が飛ぶ。
「仮に噂が事実だったとして、黒幕は何らかの罪に問われるのでしょうか? いわゆる、教唆になるのではないかと、素人目には映るのですが」
質問に、弁護士はもったいぶった間を挟んだ。テレビ慣れしているのだろう。
「EGHOを破壊したことが殺人の引き金になったしても、殺人をそそのかしたと立証するのは非常に困難でしょう。現場に居合わせた目撃者が多数おり、証言も伴場容疑者の単独犯行で一致しています。伴場容疑者の動機も、いわゆる怨恨に近いもので――」
賢しらに、やいのやいのと意見を交わしている報道バラエティーを、千早はリビングで聞き流していた。
ほぼ、耳に入っていない。何故なら、千早はイヤホンをして手元のタブレットの動画を涙を浮かべながら見ているからだ。
戦場となった群森高低大地から、サイコロンを抱えたどららんが東へ方向転換する。
サイコロンがピシッと東を指さしているからだ。
眼下に広がる景色が変わっていく。
千早は膝を抱えてタブレットの映像を見つめている。
映像は海樹林海岸の空撮の様相を呈してきた。
どららんと初めて出会った場所が見える。スポットに手榴弾を放り込むガチンコ漁法で餌を手に入れたあの場所だ。
「運命の出会い、だった……」
サイコロンはなおも東を指さす。
指差す先にあるのは、万色の巨竜の住処となっている小島だ。
「ど、どららん……」
ぐすぐす泣きながら、千早はどららんとの最初で最後の飛行映像を見つめ続ける。
海樹林海岸を越え、海面が広がる。白波立つその海面はいまの千早の心模様。
電波が届かなくなり、サイコロンの映像が乱れていく。指がだらりと下がり、力を失ったことがどららんにも分かったのだろう。
切ない鳴き声を最後に、映像は途切れた。
「どららん、元気でね……」
千早は涙を拭って、もう一度再生ボタンを押す。
密猟者が実際に弧黒連峰にやってきた以上、どららんとは早急に別れるべきだ。
弧黒連峰にどららんを置いておくのはあまりにも危険。それならば、野生に帰し、安全な小島と海樹林海岸、灰塩大湿地を行き来させる生活に戻すべきだ。
どららんが懐いてくれたサイコロンも中破しており、あのままであれば修理工場入りは免れない。匂いも変わり、どららんに認識されることはなくなるだろう。
だから、サイコロンの弁償費用を払うことになっても最後の思い出作りに飛行を決行したのだ。
スピーカー越しに聞かせていた声もボイスチェンジャーを使っていた。声でアクタノイドを判断しているかを見る実験で新界生配信のメンバーも同じ声で話し掛けたことがあり、個人識別には使えないとどららんも理解してしまっている。
そもそも、密猟者が真似をしないよう、千早自身が何度も声の設定を変えていた。
どららんが千早の操縦するアクタノイドを見分ける術はない。
どららんの安全のためにも、ここで別れるのが最善だ。そう自分に言い聞かせて、千早は真っ赤になった目でどららんの映像を編集し始める。
初めての出会いから、これはと思う映像を切り抜き、プリントアウトする。
十数枚のどららん写真を手に持って、千早はアクタールームへ降りていく。リビングのテレビが何か話しているが、自分には関係のないことだろうと一切無視していた。
アクタールームを見回して、どららんの写真を貼っていく。
出会った頃からの写真を時系列順に貼り終えて、千早は納得したように大きく頷いた。
パソコンの電源を入れ、サイコロンの弁償費用など、様々な明細書を税理士に送った後、千早はふと思う。
「弧黒連峰、どうしよう」
万色の巨竜の餌場を守るため、弧黒連峰を買いはした。
今回の一件で、密猟者が狙撃するためにやってくることも確定した。
ならば、弧黒連峰の要塞化は必須だろう。入り込んだ密猟者を片端から叩き潰せるような要塞にしたいところだ。
そのためには、電波網の構築が必要なことも今回の件で明らかになった。
とはいえ、要塞化しただけでは持て余す。千早がオールラウンダーを借り受けて常駐させておくとしても、非生産的すぎる。
個人アクターである千早にとってはちょっとした不良債権になりかねなかった。
そして、千早は金欠の苦しみを味わったばかりである。こんな不良債権を買っておきながら、お金のありがたみは身に染みているのだ。
せっかく広い土地があり、なんなら重迫撃砲弾で耕された場所もある。
「……農業でもしようかな」
どうせ周囲に監視網を築くのだ。害獣も寄せ付けないのだから、農業用地にしてしまうのは一つの選択肢になりうる。
なにより、群森高低大地の戦闘への介入をしたため、またもや戦闘系の依頼が並び始めた。せっかく、万色の巨竜の映像と研究協力で依頼の優先度が変わっていたのに、台無しである。
農業を始めれば、また依頼の優先度が変わるかもしれない。
「よし、開墾、しよう」
千早はいまだに、この土地の重要性を理解していなかった。
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