第二十六話 理不尽

 伴場は専用のアクタールームで大笑いしていた。

 角原の命令を受けてボマーを狩るために弧黒連峰へと入った愛機EGHOが突然の重迫撃砲弾に吹き飛ばされたのだ。

 レーダーで砲弾を捉えることはできたものの、避けられるわけがない。


 電波の問題で絶対に負けるはずがなかった戦いに、これほど理不尽な決着が待っているとは夢にも思わなかった。

 圧倒的な優勢。自分は絶対に安全だという確信が理不尽に、なすすべなく吹き飛ばされる。

 いっそ小気味良いほどの敗北だったが、伴場が笑ってるのは別の理由だった。


 両手で顔を撫でた伴場はこみ上げる笑いを押し殺しながら椅子に座る。


「あぁ、ボマー。この気持ちに気付かせてくれてありがとう……」


 ストレスが溜まっていた。

 だが、発散する方法が見つかった。きっと、とてつもない多幸感と解放感を味わえる方法を教えられた。


「いや、啓蒙されたんだ。ボマー、俺と同じなんだな。ははっ、盲点だった。角原グループを狙っていたのは、狩る側を狩る方がよほど気持ちいいからなんだな!」


 千早が聞けば全力で否定するだろう考えを教えてもらった伴場は、恩師を仰ぐように友好的な笑みを浮かべて、『NO SIGNAL』と出ているメインモニターに一礼する。


「だが、ボマー、あんたへの一番の意趣返しを思いついた。いや、これすらあんたの考えの内かな? だとしても、Win―Winって奴さ」


 笑いが収まるまで待とうと思ったが、パソコンに角原からのメールが入った。

 EGHOが破壊されたことを知ったらしい。


 まぁ、いいか、と伴場は笑みを湛えたまま席を立ち、机の上を綺麗に片付けてナイフを手に取り、アクタールームを後にする。


 廊下は静かだった。アクターを総動員して群森高低大地の防衛戦をしている上に、オペレーターも指揮所にいる。事務員は角原が内通を疑ってビルから追い出していた。

 静かな廊下を一歩進むたびに足が軽くなる。


「ははっ」


 明るい笑い声が聞こえて驚いた伴場は、自分の口に手を当てて笑みを深めた。

 指揮所となっている角原の部屋の扉を開く。


 飛び込む喧噪、木霊する怒号。戦場はモニターの向こうだというのに、部屋はずいぶん賑やかだった。

 壁に大写しになっている観測ドローンの映像を横目に見れば、混乱の理由も分かる。


 頭のないサイコロンがはるか上空を飛び、戦場へと手榴弾を落としている。粉塵手榴弾や時限式、接触式、何故かダミーも撒いている。

 滑空することができるアクタノイドなら、ボマーに撃破された『野衾』がある。だが、あれほど自在に空を飛ぶアクタノイドは存在していないはずだ。まして、飛行装備らしきものも付けていないサイコロンが飛んでいるのは異様としか言えない。


「空爆!? どこのどいつがどうやった!?」

「ボマー!!!!」

「撃つな! 万色の巨竜は保護動物だ!」

「んなこと言ったって――あァっ!?」


 戦場のアクタノイドを操るアクターたちが怒りのあまり空に声を上げる。

 ボマーの空爆により、もはや大勢は決しているようだ。角原グループの主力部隊はほどなく壊滅するだろう。

 よほど腕のあるアクターがいれば、包囲網を崩して主力の一部を逃がすことはできるだろうが。


 そこまで考えて、伴場はニヤニヤ笑う。

 伴場に気付いた角原が怒気もあらわに椅子から立ち上がり、つかつかと歩いてきた。


「――役立たずが!」


 正面から伴場の顔面を殴りつけた角原は観測ドローンの映像を指さす。


「ボマーの始末に失敗しやがったな!? 汚名返上のチャンスをくれてやる。シェパードを貸し――」


 角原が最後まで言い切る前に、伴場はポケットから取り出したナイフを角原の腹に深く突き刺した。


「……かっ、は?」


 腹に走った痛みに、角原が目を見開き、伴場を見る。

 伴場はニヤニヤと笑っていた。いつもの笑い方とは違う、爽やかな解放感からくる笑いだと角原は気付けただろうか。

 気付けていないのだろうなと、伴場は角原の顔面を殴りつけて床に倒すと、顔面を踏みつけた。


「なぜ裏切ったって聞きたいんで? 気付いてしまったんですよ。自分は戦いたがりなんかじゃない。ただ弱い者いじめがしたかっただけなんです。自分はアクタノイド越しに戦闘している、安全圏にいると思っている奴を狙い撃ちして、資金難に追い込んで人生を破滅させるのが好きだった。理不尽ってものを一方的に味わわせてやるのが最高に気分が良かったからそうしていた。でも気付いちゃったんですよ。一番身近で、一番安全圏にいて、自分が損をしないと思い込んでいるアホは誰かって。あんたでしょ。角原さ~ん」


 解放感から来る笑い声は角原への嘲笑となり、指揮所に響き渡る。

 足を振り上げ、角原の顔面を力の限りに踏みつける。


 一瞬の静寂は、指揮所にいた人々が理不尽を理解するまでの間だ。

 オペレーターの悲鳴が上がる。理解が追い付いた指揮所の人々は悲鳴を上げながら逃げ出すか、その場にへたり込んだ。

 角原が救いを求めて逃げる人々の背中に手を伸ばす。

 それを見て、伴場は恍惚とした顔をした。


「あ、最高」

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