第二十五話 EGHO

「むりぃ……」


 いくら意気込んでみたところで、相手が監視カメラ網の向こう側で自分が赴くこともできないのでは位置を探るのも限度がある。

 狙撃手だけあって一発ごとに移動しているらしく、銃弾が飛んでくる方向もまちまちだ。

 ワイヤーを張って相手を電波弱地域に囲い込むように動いているが、そもそも決定打がない以上はじり貧である。

 狙撃手もワイヤーを気にした様子がない。サイコロンを撃破した後にのんびりワイヤーを解除すればいいだけなのだから、当然である。


「うひっ、やっぱ、詰んでる……」


 分かってはいたことながら、完全な手詰まりである。

 挽回の手はないかと、狙撃手の侵入時に捉えた監視カメラ映像をダウンロードしているところだ。


「……なに、この機体?」


 ダウンロードした監視カメラに映っていたのは千早の見たことがない機体だった。

 小太りの黒塗り機体だ。二本のレーダーブレードを背負い、頭には禍々しいねじれ角。

 どこからどう見てもオーダー系の外観である。


 対する千早は初撃で頭を失い、次撃で腰装甲を失った貸出機のサイコロン。

 戦力差は歴然だ。


「なんでぇ?」


 こんな山の中に単独でいる様な機体ではない。明らかに何らかの目的がなければ使わない機体だ。

 この山に来る目的など、千早を排除するか、万色の巨竜の狩場、海樹林海岸を見下ろしてスポーツハンティングくらいしかないはずだ。

 そして、千早は自分に狙う価値があるなどとは露ほども思っていない。


「……どららんたちを狩りに、来た?」


 やはり敵である。だが、敵の目的が分かったのなら救援を呼べる。

 千早は即座に新界生配信にメッセージを送ろうとして、戦闘中に届いたらしいメッセージに気が付いた。

 ユニゾン人機テクノロジーからの緊急連絡である。


 千早はサイコロンを大木と大岩が作る死角に滑り込ませ、緊急連絡を開いた。


『緊急依頼。群森高低大地での戦闘に参加されたし』

「いまそれどころじゃなーい!」


 言ってる傍から、大木と大岩の隙間を銃弾が抜けて地面を穿った。意味が分からない狙撃精度である。

 相手が狙撃銃『与一』を使っていた場合、行動予測AIの学習が進むほど千早のサイコロンは先読みからの偏差射撃の餌食になる。

 迂闊に動くのもままならなくなっていた。

 とてもではないが、群森高低大地の戦闘に参加していられない。そもそも、呼ばれる理由が分からない。


 戦闘中だと示すため、千早は監視カメラ映像を添付してユニゾン人機テクノロジーに送りつける。

 これで黙ってくれるだろうと思いきや、直後に返信が来た。


『角原グループ最大戦力EGHOを足止めしていただき、ありがとうございます』

「……最大戦力?」


 そんなのとタイマン張っていたのかと驚くのと同時に、感謝の言葉が添えられていて、千早は首をかしげた。


「なんでぇ?」


 首のないサイコロンはモーションキャプチャーで読み込んでも動かない。

 千早はひとまず新界生配信に連絡しかけて、今度は監視カメラが何かを捉えたとの通知に青い顔をする。


 狙撃手のおおよその位置は弧黒連峰の東側。だというのに、監視カメラは尾根の向こう、西に反応があった。

 敵の増援がどららんの近くまで来ているのかと、慌てて監視カメラ映像を見る。


「……どららん?」


 どららんが透明化を解いて監視カメラを覗き込んでいた。

 カメラ越しに目が合って、千早は弧黒連峰の地図を見る。


「……ふひっ」


 手詰まりだったが、手札が増えた。

 増えた手札は自分のモノではなかったが、それでも借り受けることはできる。

 小さく笑った千早は、ユニゾン人機テクノロジーへのメッセージを書きながら、監視カメラ横のスピーカーにつなぐ。


「どららん、透明化、それと――カメラ、テイクオフ!」


 ふっと、カメラからどららんの姿が消え、カメラが空へと持ち上がる。

 千早はサイコロンにカメラ映像を同期させ、映像処理、動体検知などの機能をフルに利用する。

 狙撃手の位置はおおよそ分かっているが、攻撃ができない。

 だが、空撮してしまえば位置は確定できる。


 いくら森が深くても、狙撃手はサイコロンへの射線を通しているのだから。

 加えて、サイコロンは軽ラウンダー系であり、ドローンを使用できない。相手は空撮を警戒していなかったはずだ。


「ふひひっ」


 弧黒連峰の南東、少し山肌が盛り上がったその場所に監視カメラ映像に映っていた黒い機体のレーダーブレードが見えていた。

 弧黒連峰の地図は描き起こしてある。

 千早は即座に位置座標を記載したメッセージをユニゾン人機テクノロジーに送りつけた。


『私有地ですので、派手にやって大丈夫です――』


 海樹林海岸へ向かった時、千早はガレージ化が進む淡鏡の海を見たことがある。

 そこには防衛用の兵器がいくつか並べられていた。

 例えば――重迫撃砲。


『淡鏡の海から重迫撃砲で該当地点を吹き飛ばしてください』


 観測射撃すらなく、いきなり重迫撃砲弾が飛来する。

 迫撃砲弾は高価だが、惜しみない砲撃である。二発、三発と飛来する砲弾が該当地点とその付近の森を吹き飛ばしていった。


 足止めしてもらえるだけでありがたい敵機を一方的に的にできるのだ。ユニゾン人機テクノロジーも諸手を挙げて重迫撃砲をばらまいてくれている。


「うへぇあ、怖ぁ」


 自分で依頼しておいて砲撃音にビビりまくる千早は静かにスピーカーをミュートにした。

 どららんが持ち上げた監視カメラには、砲撃を受けてすっきりした山肌に黒いスクラップが散らばっているのが映っている。


 ユニゾン人機テクノロジーにお礼と共に映像を送り、千早はサイコロンを操作して弧黒連峰を登り始めた。

 ユニゾン人機テクノロジーに借りを作ってしまった。それも、重迫撃砲で一帯を吹き飛ばしてもらったのだから、どれほどの金額になるか分からない。

 この上で、群森高低大地での戦闘とやらに不参加では、後が怖い。


「ま、まぁ、一発も使って、ないし」


 千早はサイコロンで上空に浮かんでいるカメラへと手を振る。

 すっと降りてきたカメラの持ち主、どららんの頭を撫でて、千早は南を指さした。


「……どららん、空爆、しよっか?」


 かくして、ボマーは空に舞い上がる。

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