第二十四話 弧黒連峰

 千早は測量アプリで描き起こした弧黒連峰の地図を見て「むむむ」と悩んでいた。

 流石のサイコロンでもラグが免れない弧黒連峰も、海樹林海岸に設置した無線子機のおかげでどうにか動けている。

 だが、シェパードのような狙撃を得意とするランノイド系であれば簡単に裏をかけるだろう。千早のサイコロンを避けつつ、海樹林海岸の万色の巨竜を狙い撃つのは難しくないはずだ。


「あ、どららん、おかえり」


 木々の葉のざわめきを見分けて、千早は透明化したどららんがサイコロンのそばに降り立ったことに気が付いた。


 海樹林海岸のテントを出てきたどららんは千早のサイコロンについてきて、弧黒連峰にやってくるようになった。

 この辺りには餌になる魚もなく、古い鱗を落とす泥もないため万色の巨竜にとっては意味のない場所のはずだ。サイコロンを慕っている証拠だろう。


「えへへ、かわいい」


 透明化したままのどららんにだらしない笑みを浮かべつつ、千早はサイコロンを操作する。

 弧黒連峰の地図にはいくつかの色分けした地域と、赤い点を打ってある。

 色分けはサイコロンでもラグで動きにくい電波の弱い地域。赤い点は各種監視カメラと警告用のスピーカーが設置されている場所だ。


「次は、こっち」


 私有地なので立ち入り禁止、と呼びかけるためのスピーカーを藪の中に隠して固定する。

 千早が悩んでいたのはこの警戒網の張り方だ。


 二重三重に警戒網を作り、アクタノイドを見逃さないようにしている。設置式の監視カメラは付近で動くものがあれば起動し、千早のパソコンに連絡が届く。

 千早は狙撃手も警戒しているが、それ以上に野生動物が怖かった。電波状況が悪いためラグが発生しやすく、野生動物に襲われると対応が致命的に遅れてしまう。


 ワイヤートラップを仕掛けていた時だった。

 唐突に、メインモニターが黒く染まり、『NO SIGNAL』の文字が表示される。


「……へ?」


 遅れて聞こえる、弧黒連峰に侵入者アリの警報音。


「――狙撃手だぁぁあ!?」


 本当に来た、と驚きながら、千早はサブカメラの映像を頼りにどららんのお尻を押して山の尾根を越えて反対側に身を隠す。

 狙撃手が監視カメラに気付いて狙撃位置を移動しなければ、どららん共々やられていた可能性が高い。


 問答無用で撃ってくるような相手に警告は無意味だと、千早は慌てふためきながら監視カメラの映像を見る。

 狙撃手の姿を捉えているカメラはない。となると、カメラ網の外にいるはずだ。


 監視カメラ網には死角がある。まだ設置しきれていないのもあるが、それ以上に千早のサイコロンでは電波強度の問題で入り込めない区画があるからだ。

 最初に反応があった監視カメラの位置からすると、狙撃手は電波の弱い区画に逃げ込んでいる。


「……ら、ランノイド系?」


 あの区画で自由に動けるとすれば、移動式電波基地局の役割があるランノイド系くらいだ。

 千早は引き攣った笑みを浮かべた。


「つ、詰んだ……」


 サイコロンが入れない区画に、狙撃手が潜んでいる。尾根という高所を取っている千早のサイコロンだが、武装は突撃銃と手榴弾だ。狙撃戦はできない。そもそもメインカメラが初手で破壊されている。


 接近しようにも電波強度が弱いせいで、踏み込んだだけでシグナルロストからの戦闘不能である。

 打つ手がなかった。


「ふぅひっ」


 いつもなら、こんなことを考える間もなく逃げている。

 だが、今回は逃げられない。どんなに不利でも逃げられない理由があるのだ。


 千早はちらりとどららんを見る。異常を察してか、どららんは透明化したままじっと動かず静かにしていた。

 狙撃で飛べなくなったこともあるどららんだ。よくなついていたサイコロンの頭部がいきなりはじけ飛んだのだから怯えるのが当然である。


 極論、サイコロンは金でいくらでも替えが効く。だが、どららんの命は一つきりだ。


「……ふひっ」


 緊張が増していく。頬が引き攣り、歪な笑い声がこぼれる。


「どららんは、守る……っ!」


 覚悟を決めた千早はどららんに山脈の南を指さす。


「隠れて」


 内蔵スピーカーで話しかけると、どららんはサイコロンの手を甘噛みして引っ張った。一緒に逃げろというのだろう。

 だが、相手は絶対に逃がしてくれないはずだ。


 千早は大きく腕を振る。モーションキャプチャーで動きを読み取ったサイコロンがどららんを振り切った。


「隠れて」


 もう一度言ってから、千早はサイコロンを操作して粉塵手榴弾を尾根の向こうに二つ投げ込む。

 粉塵対策がされている水冷式のサイコロンであれば粉塵手榴弾で熱暴走を起こしにくい。

 粉塵手榴弾の影響下では電波が影響を受けるため、千早は反復アプリを起動してサイコロンを半自動操縦状態にして粉塵の中に突入させた。

 直後、腰の装甲がはじけ飛んだ。


「――ひっ」


 粉塵で姿が見えないにもかかわらず正確に当ててきた。

 つまり、相手はこちらの行動を把握していることになる。

 高度なレーダーか何かで位置を把握し、サイコロンが尾根を越えて射線が通った瞬間に撃ってきたのだろう。

 おそらく、高度な行動予測AIも積んでいるはずだ。狙撃銃『与一』あたりを使っている。


 粉塵を越えて森の中に身を隠すと、回線が回復する。素早く山を降りつつ、千早は相手の位置を探りはじめた。

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