第二十三話 係争地、弧黒連峰

 弧黒連峰が購入されたという情報は様々な勢力に届いた。

 情報を得たシトロサイエンスグループの代表、簾野ショコラは、ユニゾン人機テクノロジーの代表、厚穂澪、Ωスタイル電工の代表、松留紘深の三者と緊急で会合の場を設けた。


 シトロサイエンスグループ本社ビルの会議室で、新進気鋭の若手女性社長がそろい踏みだ。

 週刊誌の記者でもいれば、写真を撮る手が止まらないだろう。

 だが、華のある話をするつもりはない。ここは実のある話をする場なのだから。


「弧黒が~、買われてしまいましたー」


 簾野は笑いを含んだ声で言う。いまだに信じられない思いだ。

 まして、買ったのがあのボマーとなれば、もう意味が分からない。

 愛嬌のある丸顔にこぼれる笑みをそのままに、簾野は厚穂を見る。


 厚穂は今も届けられる情報をタブレットで閲覧しながらわずかに笑みを浮かべていた。


「まさかこのタイミングで手を出すとは思いませんでしたね。先手を打たれましたよ」


 簾野も松留も、厚穂の言葉に頷く。

 『弧黒連峰』は鉄鋼資源が採れることから、アクタノイド開発系の勢力が狙い続けた資源の山だ。

 厚穂が代表を務めるユニゾン人機テクノロジーはもちろん、海援重工、オーダーアクターも狙っていた。


 そんな弧黒連峰がいまだに所有者なしで通っていたのは、弧黒連峰の南に理由がある。

 弧黒連峰から鉄鉱石を運搬するにはどうしても南の群森高低大地を通り、静原大川での水運につなげる必要がある。

 しかし、この群森高低大地は角原グループが勢力圏を築いている。もともと、鉄鉱石の運搬を妨害するために角原グループはこの地に勢力を築いたのだ。


 鉄鉱石を運ぼうとすれば、角原グループにより執拗な狙撃に遭う。

 さらには、オーダーアクターが静原大川の水源をめぐって海援重工と激突している。

 群森高低大地を抜けても、静原大川でオーダーアクターや海援重工と戦闘することになるのだ。


 攻めにくい連峰という地形に加えて鉄鋼資源が採れるこの土地の評価が下がっているのは、ひとえにこの地政学的な問題による。実際、どこの勢力も全面戦争を嫌がって手を出さずにここまで来たからこそ、所有者がいない土地だったのだ。

 松留が細い脚を組み替えて発言する。


「自分らの計画じゃあ、淡鏡の海に電波基地局を作って、電波網を整備したうえで角原グループを追い出してやろって話だったじゃん? 一応、電波基地局としては機能してんだし、競売に参加するのも手じゃね?」


 松留の提案は簾野も頷きたいところではある。

 だが、ことはそう単純ではないと松留自身も分かっているはずだ。

 買ったのがボマーでなければ、この会議を開くまでもなく競売に参加して潰していた。


「ボマーはぁ、淡鏡の海に基地局を建てるのを見越して~先に確保したのでしょうかー?」

「問題はどこが買ったかよ。未だにボマーの所属が分からない。今までは個人アクターだと思っていたけれど、個人で鉄鉱山を買わないわ」

「直前に万色の巨竜に関する発見に参加していたんですよねぇ? まぁ、筋は通っています。個人アクターが、万色の巨竜を狙撃されないように押さえたって筋書きとしては、の話ですけど~。厚穂さんはボマーが個人アクターではないと絶対に言いきれますかぁ?」

「絶対はないわ。けれど、万色の巨竜関係はアリバイ作りでしかないと確信している。ボマーの動きは大局的な視野に裏打ちされてるわ。そもそも、万色の巨竜に関する発見はうさぴゅー名義でも非公開情報よ。知っているのはサイコロンを貸し出したわが社くらいね」


 厚穂が半笑いで言う。

 部下から入ってくる情報も落ち着いたのか、厚穂はタブレットを机に置いていた。その上で、ボマーの背後は不明なのだろう。

 この中で最もボマーとのかかわりが深いとはいえ、依頼を数回発注した程度の仲だ。住所はおろか、本名や性別も分からない。


 身じろぎの気配がして、簾野と厚穂は松留を見る。

 松留がタブレットに地図を表示してテーブルに置き、眉を寄せた。


「意味が分かんないね。弧黒連峰は、電波を確保できれば確実にガレージ化して難攻不落の拠点にできる戦略的な要地ではあるんだ」


 弧黒連峰は峻険な山が連なっている上に森が深い。天然の要害だ。活動できるアクタノイドは限られる。

 戦闘においてもっとも強力な重ラウンダー系を動かすとすれば、現状では多数のランノイド系を連れていかなければならない。それだけで、防衛側は非常に有利なのだ。

 頂上からランノイド系を狙撃するだけで、攻め手はぼろ負けする。


「けど、今の段階で自分ら以外が買っても電波が届かないじゃん?」

「値段交渉したいって考えかも、しれませんよ~?」

「電波が確保できなければ、あの場所でまともに戦闘できるアクタノイドは数種類しかないじゃん。買いたたくっしょ?」

「半値から交渉してー、六割くらいで買っちゃいますねぇ」

「簾野さんのそういうとこ好きよ?」


 松留がけらけら笑う。

 厚穂が考えを口にする。


「弧黒連峰で曲がりなりにも戦えるとすれば、我々ユニゾン人機テクノロジーのフサリアか、海援重工のシェパードくらい。あとはせいぜい、オーダーアクター所有のオーダー系。コンダクターもいけるかしらね」

「どれもランノイド系じゃんか。重ラウンダーは稼働時間の問題でまずたどり着けんし、斜面に弱いから動けもせんよ。どこかに電波の中継地でもあれば、サイコロンくらいは動かせるとしても、そこまでする意味がないっしょ? 自分らなら中継地を先に落とすし、落とさなくても、淡鏡の海からの電波強度の差で直接弧黒連峰を落とせる」


 利用できる電波強度、回線が太ければ動員できるアクタノイドも増える。数の暴力は強大だ。

 結論として、ボマーが弧黒連峰を防衛するのはほぼ不可能。だというのに、大規模勢力をすべて敵に回すような選択をしたのだ。


 簾野もずっと、ボマーの目的を考えているが何も見えない。

 ただ、今後の展開は読める。


「海援さんとこもー、いまごろは会議でしょーねー」

「オーダーアクターも黙ってないわね。角原グループも全力で潰しにかかるでしょうけど」

「がっつり狩猟部は? うさぴゅーがボマーってことは、直接依頼をしたことがある自分らしか知らないっしょ?」


 ボマーことうさぴゅーはアクターズクエスト上での情報を全て非公開にしている。かかわった依頼すら非公開だ。

 だが、アクター間で漏れ聞こえる噂もあるだろう。


「野武士討伐戦でボマーに関しての噂が広く出回ったことがあります。報道ではアカウント名をぼかしてありましたが、大手クランなら分かるかもしれません」

「……分かるんか?」


 松留の雰囲気が変わり、タブレットに表示させた新界の地図を睨んだ。

 簾野は厚穂と顔を見合わせて、松留の思考を邪魔しないように黙り込む。


 Ωスタイル電工の代表、松留紘深は戦略眼、戦術眼に長けている。新界における要所を見抜き、いち早く電波基地局を作ることで、中小企業でありながら瞬く間に新界の電波事業において有力企業に成長させた。

 松留が地図の一点、群森高低大地を指さす。


「ボマーの戦略が読めた。角原グループに致命傷を与えようとしているんじゃない?」


 松留の指摘に、簾野は思考を切り替えた。

 今までは弧黒連峰を落とすことばかりを考えていたが、角原グループの視点に立つと別の物が見えてくる。


 角原グループの勢力圏、群森高低大地。

 弧黒連峰を落としたところで、鉄鉱石を輸送できなければ意味がない。つまり、先に落とすべきは群森高低大地なのだ。

 角原グループがもつ群森高低大地の奪取は、ユニゾン人機テクノロジー、海援重工、オーダーアクター、三者共通の目標になりうる。弧黒連峰はその後でいい。


 そして、群森高低大地は南東に簾野達が作った淡鏡の海ガレージ、南には海援重工傘下の森ノ宮ガレージ、西には拠点の位置こそ不明だが静原大川の水源を欲しがるオーダーアクターがいる。


 ボマーは角原グループに所属していた八儀テクノロジーを潰して敵対している。そんなボマーが群森高低大地の北を購入した。つまり、退路を断っている。

 角原グループに対する包囲網が完成しているのだ。

 厚穂が口を押さえる。


「……ボマーが、我が社のアクタノイドを回収して淡鏡の海へ輸送する護衛を引き受けたことがあります」

「あららぁ。戦力をあらかじめー、集めてありましたかぁ。周到ですね~」


 感心しつつ、簾野は背筋に冷たいものを感じていた。

 戦力を集めるどころか、淡鏡の海のガレージ化を決定づけたのがボマーだ。新界の海洋生物レチキュリファーの忌避行動を解明したボマーの発見があったからこそ、淡鏡の海に電波基地局を作ることができた。

 初めから、この包囲網を作るのが目的だとしたら?


 松留が面白いものを見たようにくっくっと喉を鳴らした。


「ボマーに北側から群森高低大地へ襲撃をかけるように依頼してみるのもいいんじゃね? 踏み絵って奴さ」


 松留の提案に、厚穂が深く頷いた。


「協力するのなら、ボマーが弧黒連峰を購入した理由がこの包囲網を作り出すことだと判断できますね」


 簾野は地図を見つめて息を呑む。

 松留の作戦が始まればどうなるのか。


 群森高低大地を巡る、大勢力同士の全面戦争が始まるのだ。

 新界の趨勢を握る大勢力が次々と戦いに誘導されている。たった一人のアクター、ボマーの手によって。


「これが戦争屋、怖いですねぇ……」



 角原為之は弧黒連峰がボマーらしきアクターに買われたとの情報を得て、拳で机をたたき、いら立ちをあらわにした。


「――やってくれたな!」


 群森高低大地に置いた自らのグループの戦闘部隊が四面楚歌の状況に置かれている。

 ただ、ボマーが弧黒連峰を購入しただけで。


「野武士討伐戦の実績がある以上、戦闘力が侮れない。トリガーハッピーと違ってゾンビアタックが可能な貸出機使いなのもまずい」


 群森高低大地を放棄するわけにもいかない。この土地は周囲三方をアクタノイド開発を行う勢力に囲まれており、鉄鋼資源が採れる弧黒連峰との連携を断つ要衝だ。

 この土地を取られれば、三勢力が鉄鋼資源を得て拡大する。それだけは避けなくてはならない。


 それに、群森高低大地の次は弧黒連峰になる。その北側にはマスクガーデナーの拠点があることを、絶対に知られるわけにはいかないのだ。

 マスクガーデナーとの密輸関係が明るみに出れば、角原自身の命にも危険が及ぶ。


 そもそも、戦闘能力が高い海援重工やオーダーアクターを相手取れる高性能機体を群森高低大地に多数配置している。これらが失われるのは戦力的にも資金的にも見過ごせない。

 角原グループには、戦う以外の選択肢がないのだ。

 もう一度机を叩き、角原は伴場を睨む。


「伴場、EGHOでボマーを仕留めろ。このうさぴゅーとかいうふざけた名前の奴をリスキルし続けろ。時間との勝負だ。俺は全戦力で群森高低大地の防衛にあたる。急げ!」


 命じられた伴場は一瞬顔をしかめたが、すぐにニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべた。


「へい、了解で」

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