第二十一話 どららん
万色の巨竜の鱗の落札金、四千万円が振り込まれた通帳を見た千早は、そっと机の引き出しに通帳をしまい込んだ。
「……税金、怖い」
見なかったことにしようと、千早はスキップしそうな足取りで地下のアクタールームに降りる。
「どららん、どららん、元気かな」
どららんと名付けられてしまった万色の巨竜はすっかり千早のサイコロンに懐いていた。あるいは、千早がどららんに懐いていた。
この三日でどららん関連動画が数本製作され、研究者による要望も叶える形で万色の巨竜の生態が日を追うごとに解明されている。
高度な擬態能力も、薄い特殊な構造を持つ鱗へ圧力を加えて体色を変化させ、持ち前の高い空間把握能力でSFの光学迷彩レベルでの透明化を行っていると分かった。実際には透明化ではなく、背後の景色を体表面で再現しているだけだが、それでも凄いことだ。
新界生配信のチャンネルで公開されているどららん動画も再生回数が伸びに伸びている。鱗の落札金以上の広告費などが入ってくるのは確実だと新界生配信の代表榛畑からメッセージがあった。
関係各所への山分けになるため、千早のもとに入ってくるのは半分以下だが、それでも個人への収入としては莫大だ。
ネーミングセンスに対する酷評が動画のコメント欄に散見されるが、千早は無視した。
どららんに対する愛着は名前も含めてのものだ。
サイコロンにアクセスし、どららんがいるテントを見る。最近は傷が痒いのか気にするそぶりを見せていた。傷は完全に塞がっているが、鱗が生えていないため白い肌が見えている。
サイコロンが立ち上がったのに気付き、どららんが小さく鳴いた。
「待ってて……」
ボイスチェンジャーを使い、スピーカー越しに声をかける。すると、どららんは素直にテントの下で丸くなった。
どららんは言葉をある程度理解できるようだった。
海水を汲んで、どららんの身体を布で拭く。万色の巨竜は定期的に海水に潜ることで鱗に付着した汚れを落とすほか、灰塩大湿地の泥で古い鱗を落としたりしているようだ。擬態能力の性質上、鱗が汚れると周囲に溶け込めないため、万色の巨竜は綺麗好きである。
怪我を押して海水に飛び込もうとした時は千早も焦った。どうにか押しとどめて、こうして布で拭いてやることで大人しくしてくれている。
「――お母さんかな?」
周囲の監視をしていた新界生配信のメンバーが、甲斐甲斐しく世話を焼くサイコロンを見ておかしそうに笑う。
千早はサイコロンを操作して、Vサインを作ってどららんの横に並んだ。
笑った新界生配信のメンバーは報告してくれる。
「狙撃手の件だけど、周囲にはやっぱり潜んでないね。今日は弧黒連峰に手が空いたメンバーを向かわせたけど、発見できなかった」
そろそろ警戒を解いてもいい頃だけど、とメンバーが言うが、榛畑曰く動画を撮っている間は狙撃手が動画でどららんの様子を窺っている可能性があるという。
どららんの傷が治って野生に帰るまでは、新界生配信の総力を挙げてでも厳戒態勢を敷く方針だった。
「それはそれとして、うさぴゅーさんに教授とかから依頼が来てるよ。メールで送るから、どららんと頑張って」
すぐに着信を知らせたスマホを取り、アクターズクエスト内のメッセージ機能を確認する。
どららんの知能を図りたいらしく、いくつかの実験項目が記されていた。
サイコロンの手が止まっていたからだろう。どららんが急かすように鳴く。
「あ、いま、やる」
千早がスマホから顔を上げた時だった。
どららんが洗い残しを示すように透明化を一部解いて見せた。
鱗の下の白い肌が見えている。
「……おぉ」
透明化を解いたのは打ち解けた証かな、と暢気に考える千早を余所に、新界生配信はスクープ映像に驚いてすぐさまカメラを回し始める。
千早はサイコロンを操作して、透明化が解除された部分を拭き始める。
「頭いいね……」
親ばか状態でにへらっとだらしない笑顔になった千早はサイコロンでどららんの頭を撫でる。
すると、撫でた部分の透明化が解除された。
「……ほう」
サイコロンのカメラアイとどららんの目がおそらく合う。お互いに頭がどっちを向いているのかいまいち分かっていないのだ。
サイコロ状の頭を巡らせて、千早はサイコロンの両手でどららんの身体を一から拭きなおす。すると、綺麗になったところから透明化が解除されていき、最後はどららんの――万色の巨竜の全体像が明らかになった。
これは中々達成感がある、と一人満足している千早の後ろで、新界生配信は初のカラー映像を撮影して大興奮している。
千早はどららんの全体像を見て回り、満足して頷いた。
「どららん、かっこいい、ね」
パチパチと拍手すると、白いドラゴン、どららんは小さく吼えて透明化した。新界生配信が残念そうにため息をつく。
ふと思いつき、千早はサイコロンの手を伸ばして海樹の葉を一枚取り、どららんの前にかざす。
どららんは考え込むようにしばらく葉を見つめた後、額の辺りを葉と同じ色に変化させた。
「うちの子、頭いい」
千早はどららんの頭を撫で、葉っぱをその場において餌を獲りに行く。
手榴弾によるガチンコ漁法は禁止されたため、網を投げて引き上げる。スポットに投げ込めばいいだけなので、素人がアクタノイド越しにやってもどららんの餌くらいは確保できた。
好物の魚の他に鱗から分離された色素から餌になる魚を特定してある。研究者の中にも熱心などららんファンが居り、最優先で特定してくれたのだ。
餌を持ってきたサイコロンはどららんの前で両手を広げる。
「どららん、なに食べたい?」
この際だから、魚を使ってコミュニケーションを図りつつ芸の一つも仕込んでみようと千早は欲を出していた。
そんな千早に対し、どららんは真っ先に好物の魚の形と色を正確に額に描き出す。
難なくやっているが、生物学者から見れば唖然とするような高い知能である。曖昧な千早のボディランゲージと取ってきた魚が入った網を見て、自分が欲しいものを的確に答えるために額の鱗への圧力を変えて正確に図形を描き出す。
任意で鱗への圧力を変えられることは葉でのやり取りで分かったが、状況から推察してコミュニケーションを図るのは非常に高い知能を持っている証拠である。
次々と新事実が晒されていく状況に、サイコロンの後ろで新界生配信のメンバーが大慌てで各種カメラで撮影し、代表の榛畑へと連絡し、動画を研究者や企業へ送っている。
「はい、これ、ご注文の品、です」
千早がサイコロンの両手を動かしてどららんに魚をささげ渡す。手渡しでも警戒せずに食べるようになっているどららんは魚の尻尾を咥えて宙に放り、口を開けて迎え入れた。
咀嚼しつつ網を見たどららんが次の注文を額に浮かび上がらせる。
「えっと、これ、だね」
サザエのような突起がある小さな青いカブトガニのような生き物をひょいと放り投げると、どららんは空中でキャッチする。
なんて可愛いんだろうと、千早は終始デレデレしていた。
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