第二十話 大金舞い込む

「いないなぁ」


 と、榛畑がボイスチャットで呟いた。

 千早もサイコロンのカメラアイで弧黒連峰をズームしているが、夜間なのもあってアクタノイドの姿を見つけられない。


 千早がテントに万色の巨竜を連れ帰り、傷の状態から狙撃されたものと判断されたのが一時間前。

 万色の巨竜は普通のカメラでは姿が捉えられないため、犯人が狙い撃ったかどうかは分からない。別の標的に向けて発砲した際にラグの影響もあって偶然、万色の巨竜が割り込んでしまった可能性があるからだ。

 それでも、付近に狙撃手が潜んでいる可能性を考慮し、狙撃ポイントになりそうな弧黒連峰を警戒していた。


 夜間なのもあって狙撃手の姿は見つからない。もともと、弧黒連峰は森が深いこともあり、夜に狙撃手を発見できる環境ではなかった。


「ドローンのライトで捜索するのも手だけど、狙撃手がいたら隠れるだろうねー。ま、警戒しとこっか」


 榛畑の言葉にサイコロンを頷かせて答え、千早はバックカメラの赤外線カメラに映る万色の巨竜を見る。

 暗視スコープとAIでの補正により万色の巨竜の輪郭がはっきりと見える。いまも擬態能力で姿を隠したままだが、千早のサイコロンが近付いても逃げる様子がない。

 榛畑たちのアクタノイドが近付くと吼えて威嚇するため、万色の巨竜ははっきりとサイコロンとそれ以外を区別している。


「つーか、まさかその日のうちに万色の巨竜を手懐けて連れてくるとか思わなかったわ。ガチンコ漁法で魚を獲るのもそこそこ取れ高だし」

「ハルさん、その下ワードは配信的にアウトじゃね?」

「えっ、待って。ガチンコ漁法って言わない? まって、そんなつもりじゃなかった。炎上しちゃう!?」


 配信者らしいコンプライアンスで焦る榛畑を余所に、千早は万色の巨竜に近付いて、翼の付け根の傷を確認する。

 鱗がないためか傷がある部分は擬態ができておらず、はっきりと見える。傷の周囲の体色も確認できた。

 肌の色合いは白。鱗を透過した光を反射して擬態能力を高めるための進化だろうか。


 千早は部屋にある万色の巨竜ぬいぐるみを思い出す。あれは緑色だった。今回の発見で修正されるのだろうか。

 傷の状態を確認する。貫通銃創といわれる弾丸が貫通した傷だ。下から撃たれたのか、傷口は翼の下側よりも上側の方が大きい。

 綺麗に治ればいいなとため息をつき、千早は傷の映像を榛畑達に送信する。


「さんきゅーうさぴゅーさん。語感良いな」

「大学に送っておきました。あと、新界のいくつかの研究所。明日の昼には詳しいことが分かるかも?」

「まぁ、下から撃たれてるし、銃弾が抜けるまでの角度を考えると飛行中に狙撃されてるんだろね」


 榛畑達が意見を交わしていく。

 千早の見立ても同じだが、医療知識はない。まして、銃弾がどうやって体を通り抜けたかなど想像することもできない。

 ただ、姿をほぼ確認できない万色の巨竜を飛行中に狙撃するのがどれほど難しいかは分かる。


 もともと、ラグの関係で新界の動物を狙撃するのは難しいのだ。いくら体が大きいとはいえ、万色の巨竜を意図して狙撃したのなら相当な腕前である。


「事故、かな……」


 故意に撃ったのなら、がっつり狩猟部がまっさきに思い浮かぶところだ。

 しかし、榛畑達の意見は違うらしい。


「がっつり狩猟部はやらないだろうね」

「一応、問い合わせておくわ。ハルちゃんは代表だから、名前だけ貸して」

「いや、俺がメールを送るけど?」

「ダメだよ。ハルちゃんだと変なこと書いて相手に失礼でしょ」

「なーんだよー」


 榛畑の抗議を受け流して、クランメンバーがメールを送ったらしい。

 すぐに返信があったとのことで、榛畑が読み上げた。


「がっつり狩猟部代表、フィズゥから直接メッセージが飛んできた。我々がっつり狩猟部は万色の巨竜の個体数が分からないため保護対象に位置付け、狩猟は行っていない。だってさ」


 どこまで信用できるかは分からないが、現状では信じるしかないだろう。

 千早は万色の巨竜の頭上にワイヤーを張ってビニールシートで簡易的な天幕を作る。もしも狙撃手がまだいるのなら、姿を晒しているのは良くないと思ったのだ。


「どららん、ちゃんと、食べてね……」


 勝手に名前を付けて、心配そうに万色の巨竜の顔を覗き込む。

 サイコロンの手に魚を持ってひょいと投げると、万色の巨竜はパクリと食べた。

 万色の巨竜、どららんの様子に千早はにんまり笑う。


「かわいい、かっこいい、どららん最高……うへへ」


 必ずや傷が完治するまで守り抜こうと、千早にしては珍しく覚悟を決めた。

 千早はふと通知に気付いてスマホを見る。


「鱗の購入に、ついて?」


 千早が拾った万色の巨竜の鱗について、新界資源庁からの連絡が入っていた。

 非常に希少価値があり、研究資料としても価値の高い鱗である。オークション形式での販売が可能か、新界資源庁に問い合わせた答えが返ってきたのだ。


 すでにシトロサイエンスグループ、海援重工などの大手企業や新界化学産業、甘城農業開発総合グループなどの中小企業や政府系企業からも打診があるという。

 非常に高額な落札価格が期待できるため、税金に注意してほしいとも書いてあった。


「……そんな、大げさな」


 鱗一枚だし、大したことはないだろうと千早は高を括っていた。

 ――四千万円もの大金で落札されたのは三日後のことである。

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