第十九話 密猟者

 獲物が増えた、と伴場粋太はEGHOのメインカメラをズームして万色の巨竜を連れて歩くサイコロンを観察する。

 貸出機のサイコロンだろう。武装も貧弱だ。

 だが、面倒な相手でもある。


「新界生配信か?」


 偶然、伴場がEGHOで狙撃した万色の巨竜を、新界生配信が撮影中に発見、どうやったのか知らないが手懐けたらしい。

 新界生配信が相手となると、下手に刺激すればカメラを向けられる。配信業主体のクランだけあってカメラワークもよく、映像の拡散力は政府が広報に利用するほどだ。


 EGHOを公の場に晒すわけにはいかない。まして、機体や万色の巨竜を狙撃するシーンを撮られると角原グループ全体の信用問題になる。

 だからこそ、面白い獲物だと伴場はほくそ笑む。


「ここは位置が悪いな」


 海樹林海岸は海抜ゼロメートル。高所を取るには木の上に行かねばならないが、EGHOの重量を支えられるとは思えない。

 狙撃するには海樹が邪魔で、射線が通らない。くわえて、海樹がレーダー波を吸収するせいでレーダー機器が使いにくい。


 新界生配信に見つかる前に一時撤退しようと、伴場はEGHOを西へ向けた。

 地図を横目に作戦を立てる。

 獲物がいる海樹林海岸は南に淡鏡の海、西に弧黒連峰がある。弧黒連峰の南には群森高低大地があり、角原グループの縄張りになっている。


 狙撃するのならば弧黒連峰だろうか。幸い、海樹林海岸はスポットと呼ばれる空隙が多いため根を渡るアクタノイドや万色の巨竜への射線が通る。

 西を目指していると、南の方で動くアクタノイドをいくつかレーダーに捉えた。

 新界生配信のテントか何かがあるのだろうと、伴場は地図上にチェックを入れる。


 弧黒連峰の麓に到着した頃にはすでに夜になっていた。

 中腹からの狙撃が理想だが、レーダーで捉えた中にはアクタノイドだけでなくドローンらしき姿もある。慎重に狙撃ポイントを定めなければ、EGHOの姿を捉えられてしまうだろう。

 自然と笑みがこぼれる。


「狙われてるなんて思ってないんだろーな」


 無警戒に歩いていたサイコロンと万色の巨竜の姿を思い出す。

 新界生配信も、まさか狙撃されるとは思っていないだろう。新界生配信は敵対勢力がない文化的な活動主体のクランだ。

 代表の榛畑は少し厄介だが、弧黒連峰からの長距離狙撃であれば一方的に狩れる。油断している代表の榛畑を落とした後、残りをゆっくり料理すればいい。狙撃は止んだと見せかけて、ガレージまでの撤退中を群森高低大地あたりで狙い撃つのも面白い。

 今から右往左往する新界生配信の姿が楽しみだった。


「いや、榛畑の前にあの万色の巨竜を生配信中に狙撃するのも面白いか。阿鼻叫喚だろうなぁ」


 サイコロンに懐いている様子だったあの万色の巨竜は新界生配信の目玉になるだろう。それを狙撃すれば、犯人探しが始まると同時になぜ守れなかったのかと新界生配信へも批判が向く。

 榛畑を先に撃った場合、カメラを止められてしまうだろう。ならば、万色の巨竜を先に撃つ方が衝撃は大きく、混乱も長引く。

 順番が大事だ、と伴場はニヤニヤしながらEGHOに弧黒連峰を登らせる。


 伴場は狩りが好きだ。

 いつもと同じ日常を送る動物に、唐突な生の終わりを伴場の手で告げる感覚が好きだった。

 趣味で狙う時は一発では仕留めない。即死させては、獲物の意識は日常のままで終わってしまう。即死させないよう。しかし、死は免れないと悟らせるように殺す。


 民間アクターを狩る時も同じだ。画面の向こうでアクタノイドという高級品を動かして戦闘しながらも、自分が直接死ぬわけではないと思っているアクターを何度でもリスキルする。

 資金があればいくらでも立て直せるのだからと、自前のアクタノイドをガレージから出すたびに狙撃され、武装が無くなり、自前のアクタノイドも失い、貸出機を扱って再起を図ろうとするそのみすぼらしい様を笑いながら、撃つ。

 画面の向こうで借金を抱えて発狂するアクターを想像するのが堪らない。


 EGHOは伴場にぴったりの機体だった。広大なレーダー網により、獲物をいくらでも追跡できる。

 角原も伴場にはありがたい上司だ。パワハラはあるが、獲物のアクターを提供してくれる。

 角原と接すると腹が立つことも多いが、そんなものは狩りでいくらでも発散できる。そのためなら、笑っていら立ちを誤魔化すのもちょうどいいスパイスだ。


 弧黒連峰の中腹にたどり着いたEGHOに狙撃銃『与一』を構えさせ、新界生配信のテント付近を狙う。

 今は夜。新界生配信のアクタノイドはテントに入っているのか、レーダー網に映っていない。


 伴場はタブレットを取り出し、新界生配信の配信スケジュールを見た。

 明後日、サイコロンに懐いた万色の巨竜のお披露目をやるようだ。重大告知と重大映像、と派手な文字で書かれている。


「明後日か。そこで撃つのが良いな」


 楽しみだ、と狙撃銃のスコープを覗き込んだ時だった。


「――っ」


 万色の巨竜を手懐けたサイコロンと新界生配信の代表榛畑の天狗が弧黒連峰に向かって銃を構えていた。

 銃口がEGHOに向いているわけではない。そもそも、月明かりも弱い夜間に狙撃が可能な距離でもない。くわえて、二機が構えているのは突撃銃『ブレイクスルー』と『ニンジャ=サン』だ。弧黒連峰は射程外である。

 それでも、伴場は舌打ちした。


「万色の巨竜を撃った俺が弧黒連峰にいると踏んだか」


 おそらく、EGHOが発見されたわけではない。はったりか、射線が通るかどうかの確認の一環で銃を構えただけだ。

 伴場はEGHOを操作し、弧黒連峰を後にする。

 相手が警戒しているのでは、面白みに欠ける。ドローンを展開できる機体が向こうにいる上に弧黒連峰を警戒されている以上、マズルフラッシュなどを捉えられる可能性もある。


「上手くいかねぇ。つまんねぇな」


 伴場は吐き捨てて、頭を掻きむしった。

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