第十七話 新界生配信
「――新界ファンのみなさんこんちゃっすー! 新界生配信代表、榛畑陽朋ならびに出たがりメンバー勢ぞろいで今回追うのは『万色の巨竜』、ドラゴンだぜ、おらー!」
聞き取りやすいテノールで絶叫を響かせるアラサー男、榛畑を画面越しに眺めて、千早は少し引いていた。
新界生配信の、今まさに放送中の動画だ。
なお、画面に写っているのは榛畑本人である。真っ赤に染めたパンクな髪形、左耳に八の字ピアス、右目に泣き黒子がある。身長170cmほど、細マッチョタイプで足が長くスタイルがいい。
「よ、陽キャ、やばぁ……」
生放送なんてするような人種だからと覚悟はしていたが、千早は言葉を交わしたこともない榛畑に対してすでに心の壁を作っていた。
そんな千早を余所に、榛畑は万色の巨竜についての最新情報を要点を押さえて分かりやすく説明し、自らの機体のメインモニターを配信画面に同期させた。
「最新情報をガンガンアプデしてくれたのが、この人! 匿名希望さんです! あ、声出しNGらしいんで質問とかがあれば俺経由でね。この人マジで凄いの! 本企画の心強い助っ人でおそらく俺より撮れ高出してくれる、マジで。おい、リスナー、『榛畑いらね』はやめろ」
リスナーのコメントに適宜返答している榛畑は珍しい機体を使っていた。
スプリンター系『天狗』だ。
特徴は背部に格納されたジェットエンジン付きの翼と可変脚部である。
翼を展開することでジェット加速を行い、最高時速三百キロメートル。市販されている機体の中では最速である。
飛ぶことはできず、当然ながら曲がれもしない。ジェット噴流の影響を避けるため、背部や腰部に装備品を追加できず、採集などには不向きな機体だ。
可変脚部は通常アクタノイドと同様に二足歩行の他、ローラースケートのような車輪を格納しており、こちらを使用することで平地での速度が時速二百五十キロとなる。
可変脚部の車輪は後退時に真価を発揮し、高速での引き撃ちが可能となるのが特徴だ。
高価な上にジェット燃料の価格もあってランニングコストが馬鹿にならない。個人アクターで使っているのは国内を見回してもおそらく数人だろう。
配信業って儲かるんだなぁ、とのほほんと考える千早も、今回はオールラウンダーではなくサイコロンを借り受けていた。
視野が広く、サーモグラフィーなどを標準搭載しているサイコロンは今回の依頼にうってつけだ。さらに、新界生配信が利用するランノイド系アクタノイド『フサリア』と開発元が同じであることから回線の相性もいい。
なによりも、サイコロンはアプリを入れることで機体そのものがカメラアイの情報を分析、姿勢の補助などを行うため、唐突なラグやパケロスが起きても『海樹林海岸』に点在する窪地のような
榛畑が説明しながら海樹林海岸を配信画面に移す。
「何が怖いってさー、この辺りって電波悪いの。落とし穴みたいなスポットに落ちたら一巻の終わりだからね。背水ザ陣ってやつ?」
「背水の陣な」
「いや、普通に分かってる」
「ハルちゃんはよく誤用とかするから、一応ね。キッズもよく見てんだから」
仲間に突っ込まれても笑って流し、和気あいあいと配信を続けている。
新界生配信は真の意味でアットホームである。
新界生配信のメンバーは代表の榛畑以外に五名。他にもメンバーはいるらしいが、別件で外しているらしい。動画編集をする裏方などを含めるともっと多いのだろう。
機体はバランスが良く、ランノイド系フサリアが二機、ランノイド系コンダクターが一機、スプリンター系ベルレット、わらべという構成だ。
サイコロンがないのは意外だったが、全体的に身軽な機体とその行動範囲を支える強力な電波中継器、空を含めた広範囲を撮影可能な機体を選んでいるようだ。
攻撃力がない機体が多いものの、今回の仕事は海樹林海岸での行動になり、猛獣が侵入しにくい。
なにより、代表の榛畑が高い命中率と高速の引き撃ちが十八番のアクターだ。
軽快なトークの中で繰り出される誤用のオンパレードに父親から吹き込まれたという誤った知識で頼りなく見えるのに、戦闘になると異様なまでの冷静さと命中率で新界の生物を撃破するギャップが受けている配信者である。
「今日の配信内容はーざっくり野営テントを作っていきまーす。長い収録になるからアクタノイドを草葉の陰に置くわけにいかんでしょ?」
「ハルちゃん、草葉の陰は死んでる」
「え? 言わないっけ?」
「野ざらし、あたりが適切かなぁ」
「野ざらしって、それこそ違うだろ! 布がないからバナナの葉とかを胸に巻くやつっしょ? アクタノイドに隠すとこないじゃん」
「……検索かけてみ?」
『あーぁ』と『草』で埋め尽くされるコメント欄を見た榛畑も勘違いに気付いたらしい。
キーボードを操作する音が聞こえた後、榛畑が台パンした。
「あんのクソ親父! また嘘を教えてやがった! 変質者がよぉおお!」
写真を晒してやろうかと叫ぶ当たり、榛畑の父親は実際にバナナの葉を胸に巻いて写真を撮ったのだろう。
愉快な家庭だ、と千早は苦笑しつつ、新界生配信のマネージャーから送られてきたメッセージを読む。
榛畑たちがトークしている間に定点カメラを仕掛けてきてほしいとのことだった。
千早は榛畑のカメラに写らないようにサイコロンを操作し、テント設営場所を離れた。
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