第十六話 ひっぱりだこ

 淡鏡の海に到着した千早とユニゾンの面々は追手の襲撃を警戒して周辺警戒をした後、依頼達成をユニゾン人機テクノロジーから認められた。

 囮に使った輸送車両を二台失っただけで損失は少なく、アクタノイドに至っては一機も喪失していない。依頼内容を考えれば最大の成果だった。

 千早は童行李をユニゾン人機テクノロジーに返却し、接続を切った。

 アクタールームで軽くストレッチをして、一息つく。


「ふぇあぁ……」


 脱力しきった声を出して、野菜スティックの残りを齧りつつ地下のアクタールームから一階へと階段を上る。

 今回の依頼は危ない場面こそあったが、千早個人にも得るものがあった。

 童行李そのものだ。


「は、はじめて、戦闘で被弾せずに帰りついた。あ、あれ欲しい……」


 突撃銃装備のバンド七機に追いかけられ、遠くからは索敵機能盛り盛りのオーダー系から狙撃される状況だった。

 それでも、童行李は持ち前の操作性や逃げ隠れできる逃走能力で一切被弾しなかった。オールラウンダーであれば倒木を盾にしても胸から上は露出していただろうから、突撃銃で撃たれている。


 密になった木々を抜けるのも、オールラウンダーでは難しい。

 そもそもの速度面で、オールラウンダーとは比べ物にならない。


「い、いいなぁ……」


 逃走能力もいいが、ソフト面の強さも魅力的だ。

 複数のアプリを並行して起動することで、爆弾の投擲能力は距離も精度も大幅に向上し、音響索敵や映像分析面でも敵を正確に捉えられる。

 今回は相手が索敵に特化していたため生かしきれなかったが、童行李の小ささならば隠密性も高い。隠れ潜んで爆弾を仕掛けたり遠投して、持ち前の機動力でさっさと逃げる。そんな戦い方ができるのだ。

 千早は知らないことながら、流石ボマー用のコンセプト機体である。


 千早は本当に購入を考え始めていた。

 キッチンに立って、レトルトのバーニャカウダーソースを温める。

 温まるまでの間に、冷蔵庫に背中を預けてスマホでわらべの価格を検索した。

 小さな身長の可愛い見た目に反してお値段は可愛くない。一機当たり五百万円ほどかかる。

 コンセプト機体である童行李はわらべよりもさらに高価になるはずだ。千早の貯金が一気に吹き飛ぶ額である。

 肩を落とした千早はそもそも、と考える。


「遭遇戦、できない、よね?」


 童行李は銃器が扱えない。

 千早はもともと戦闘をする気がない。なぜか毎度のごとく戦闘に巻き込まれているだけだ。

 千早にとっての戦闘は基本的に突発的な遭遇戦。銃器が扱えないとなると、同じスプリンター系のベルレットなどで距離を詰められればなす術がない。

 パーティメンバーがいれば状況が変わるが、コミュ障の千早に仲間はいない。


「……相性、悪い?」


 戦闘スタイルとの相性はいいが、千早の活動との相性がすこぶる悪かった。

 ダメじゃん、と千早は購入を諦めて、温まったバーニャカウダーソースを器に出した。

 残りの野菜スティックをソースにつけて食べながら、リビングのソファにぽすんと座る。

 その時、スマホが新規の直接依頼が入ったことを告げた。


「ひ、ひっぱりだこ、ですなぁ。うへへ」


 依頼は新界生配信から。

 内容は、『万色の巨竜』の姿を動画に収めるため、クランの生配信に同行してほしいという物だった。サーモグラフィや赤外線カメラではない、体色の判別が可能な映像を撮ることが目標らしい。

 万色の巨竜の狩場や住処を特定した千早の功績を高く評価し、是非に、とのお誘いだった。


 千早はうへへと不気味に笑う。

 戦闘とは無縁の平和なクランから、高く評価しているといわれたのだ。


「い、入れてくれる、かな、クラン……ふへへっ」



「またボマーか」


 角原グループの代表、角原為之は伴場粋太の報告に苛立ったように机を指先で叩き始める。


「伴場、なんのためにEGHOをお前に渡したと思う? ボマーにしてやられるとは情けない」


 これ見よがしにため息をつく角原に、伴場はニヤニヤ笑って黙り込む。

 角原は伴場のニヤニヤ笑いを不愉快そうに睨んだ。


「映像は見た。わらべの改造機だったな?」

「えぇ、見たことがないタイプの改造機で」

「急造品とも思えない統一感のあるカラーリングだった。機体バランスもいい。おそらく、正規品だな。なにより、性能がボマー向きすぎる」


 角原はぶつぶつ呟きながら考えをまとめていく。


「ボマーはユニゾン人機テクノロジーの子飼いだったのか? 一応の筋は通るが……」


 ボマーが初めて角原グループの前に現れたのは、ユニゾン人機テクノロジーの鉱脈拠点へのハラスメントだ。

 その後の八儀テクノロジー壊滅、赤鐘の森でのシェパード撃破。ここまでは角原グループへの直接攻撃だった。


 しかし、今回の直前にあった野武士討伐戦における主要な戦闘クランの消耗は趣が違う。ボマーが暗躍していたとの噂が事実なら、ユニゾン人機テクノロジーによるアクタノイドの運搬を行う隙を野武士騒動で作った形になる。


 すべてが繋がっているとすれば、ボマーはユニゾン人機テクノロジーの子飼いと考えることができた。

 それでも、角原はどこか引っかかりを覚えていた。


「ユニゾン人機テクノロジーはがっつり狩猟部と敵対していないはずだ。そもそも、野武士討伐戦で敵を作りすぎている」


 ボマーがユニゾン人機テクノロジーに所属しているのなら、いくらなんでも敵を作りすぎだ。戦闘系クランの上位三つを相手に野武士を爆破してのけたのは角原から見ても称賛に値するが、ユニゾン人機テクノロジーの戦略的には大間違いである。


「ユニゾン人機テクノロジーの厚穂澪は若いが、無謀や蛮勇に走るタイプではない。ボマーを御せるとは思えんし、厚穂自身もそう判断するはずだ」


 角原の結論に、伴場が不審そうに眉を上げた。


「ボマーは今回、たまたま居合わせただけだと?」

「いや、野武士討伐戦からして、ボマーの立ち回りは混乱をもたらして戦闘を誘発する完全な傭兵だろう。今回の件も、十中八九、我々が仕掛けるとみてユニゾン人機テクノロジー側で参加したと見る。舐められたものだな」


 だが、オールラウンダーでの参加ではなかったのだから、舐めきっているわけでもないだろうと、角原は怒りを抑え込む。

 机を叩いていた指を折り畳み、グッと拳を握る。もう終わったことなのだから、次の手を考えるべきだ。


 現状、新界における勢力図はかなり厄介なことになっている。淡鏡の海のガレージ化は何としてでも食い止めなければならなかった。

 淡鏡の海を北へと進むと、マスクガーデナーの拠点がある。密輸港としての役割があるあの場所は知られるわけにはいかないのだ。


 淡鏡の海との間には海樹の海岸、その西には弧黒連峰があるとはいえ、電波網が整備されれば確実に人海戦術でマスクガーデナーの拠点は発見される。戦闘においても、淡鏡の海に電波基地局ができればマスクガーデナーが不利になる。

 それは、角原グループの密輸を暴かれるのに等しく、政治家、角原為之の進退にもかかわる。

 伴場も状況は分かっている。角原と運命共同体なのだから。


「ボマーがあくまでも戦いを望むのなら、今後の『淡鏡の海』における戦闘にも出てくるでしょう。ならば、手っ取り早く闇討ちするべきでは?」

「……闇討ちか」


 角原はしばし考えたが、首を横に振る。


「ボマーの資金力が分からん。壊した傍から貸出機で出張って来られるだけだろう。奴が拠点でも構えれば別だろうが」


 ボマーの住所を特定できれば、多少のリスクを押してでも暗殺している。

 だが、新界開発区は現在、警察だけでなく自衛隊までも動員して治安維持にあたっている。ニュース報道もされたアクタノイドによる少女拉致未遂事件の影響だ。


「闇討ちはなしだ」


 角原の言葉に、伴場はつまらなそうな顔をする。

 伴場の反応を見て角原は呆れた目で見た。


「お前もたいがい、戦いたがりだな。しばらく新界の野生動物でも狩っていろ。私は『淡鏡の海』制圧に向けて戦力を整える。くれぐれも、EGHOを壊すような真似はするなよ」

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