第十四話 ボマーヤバイ

 千早は童行李を囮輸送車のもとまで走らせていた。

 前方車両はタイヤを撃ち抜かれて走行不能。しかし、後続車両は荷台を撃ち抜かれて中身を確認されただけで走行可能だ。

 前方車両が邪魔なので下に手榴弾を転がして爆風で横倒しに吹き飛ばし、空いた道を後続車に通り抜けさせる。

 童行李に自動追尾させた後続車はカモの雛のように従順についてくる。


「ふひっ」


 スプリンター系の童行李の次に荷台が空の輸送車は速い。軽ラウンダー系のバンドはそんな輸送車よりも時速三十キロメートルは遅い。

 ユニゾンの物辺が運転している輸送車は現在、一番南の道を東へ向かって最高速度で移動中。


 襲撃者は狙撃ポイントを定めて張っているだろう。

 作戦目標は、敵の狙撃レンジから輸送車を脱出させること。


「な、なんか、いろいろ、ごめんなさい……」


 関係各位に届かない謝罪を呟いて、千早は後続輸送車の下に遠隔起動式の爆薬を仕掛け、童行李を東へ走らせた。

 分かれ道で南下し、本命輸送車が走る道の一本北側に入って西にいるだろう襲撃者の元へ向かう。


 足止めすればいいのだから、障害物を置けばいい。狙撃が怖いのだから、やっぱり障害物を置けばいい。

 障害物代わりの後続輸送車を千早はバックカメラで見て不気味な笑い声を上げる。


 だが、千早の目論見を崩すように、正面からバンドが五機走ってきた。

 狙撃手とは別に直接輸送車を包囲して攻撃するつもりだったのだろう。童行李の接近をオーダー系EGHOから知らされたのか、すぐに散開した。

 千早は運の悪さに頭痛を覚え始めていた。


「どうしよう……」


 物辺達の輸送車がもう狙撃レンジに入るころだ。ここで引き返すと、物辺達は無防備に狙撃に晒される。

 相手の索敵範囲が広すぎるのだ。不意打ちができず、軽ラウンダー系のバンドが展開して対処される。

 時間がない。一度離れたこともあって、狙撃手の正確な位置もつかめない。そう悩んでいる間に、バンドが突撃銃を構えたのが見えた。


「……ふひっ」


 不気味な笑いを漏らして、千早は後続輸送車を加速させ、追尾機能を切って先行させた。

 バンドの銃撃と前後して、童行李を輸送車の後ろに回す。銃撃に晒された輸送車が瞬く間に穴だらけになっていくが、バッテリーにまで銃弾は届いていないようだ。

 バンドが輸送車に気を取られているうちに、童行李を南側の森へと駆けこませる。


「もう、どうにでもなれー!」


 やけになって叫んだ千早は遠隔爆破装置を起動し、輸送車をバンドの包囲の真ん中で派手に弾けさせた。

 地面を揺らす衝撃が木々を騒めかせ、軽量なバンドたちの動きを止める。

 その隙に、童行李は南の森を爆走し、バンドの包囲網を強行突破していた。


 バンドも驚いただろう。五機がここにいるということは、この先には二機のバンドとオーダー系EGHOが控えている。童行李はわざわざ敵に挟まれに行ったのと同じだ。

 すぐにバンドたちが追いかけてくるが、スプリンター系である童行李の方がはるかに速い。


「――ふひひっ」


 緊張で笑いだしながら、千早は頬を伝う涙を無視する。

 もう引き返せないところまで侵入してしまっていると、千早も分かっている。

 でも、やるしかないのだ。

 千早は時間が惜しいと、ボイスチャットをオンにする。


「輸送車、加減速、お願いしゃす」


 噛んだ。

 千早は顔を真っ赤にしたが、もともと電波状況が悪い地域だ。ユニゾン側はパケットロスか何かだろうと気にしなかった。

 なによりも、千早の意味の分からない指示の内容の方が重要だった。


「狙撃のタイミングをずらすってことなら、こちらの判断ですでにやっていますよ?」


 千早も囮の輸送車の操縦時にやっていたのだ。物辺だってやっている。

 しかし、説明する時間はもうない。


「し、指示、に従ってくだしゃ」


 強行しながら、千早は童行李の索敵範囲にバンド二機の反応を捉え、位置情報と地図を照らし合わせる。

 素早く赤と青の線を地図に引き、物辺に送りつけた。


「赤、減速。青、加速」


 指示を出し、千早は童行李を反転させ、バンド五機がやってくる方向へ引き返す。

 同時に、背中の行李箱から時限式の手榴弾や粉塵手榴弾を取り出し、アプリを起動した。


 オールラウンダーとは異なり、童行李にはいくつかのアプリを稼働させる余裕がある。

 資源探索アプリなども、オールラウンダーであればわざわざ千早のパソコン上で起動しなければいけなかったが、童行李は現地で即座に判断した情報を送ってくれる。


 千早が起動したアプリは障害物の自動回避と弾道計算、そして『ルーちん』の名で親しまれる反復アプリだ。

 童行李に輸送車のエンジン音を探知させ、位置を特定する。地図と照らし合わせ、千早は童行李の左手の動きを反復アプリに読み込ませつつ、ダミー手榴弾を投擲した。

 左手の角度、速度、風力などから弾道計算アプリがダミー手榴弾の着弾地点を推定、二メートルの誤差で表示してくれる。


 三回ほどダミー手榴弾を投擲して着弾精度を上げた千早は小さく呟いた。


「ご、ごめんなさい……」


 輸送車が狙撃レンジに入った瞬間、童行李が反復アプリの効果で正確に手榴弾を投擲した。

 ――輸送車の斜め前に。


 爆炎が空を焦がす。物辺が操縦する輸送車が事前の取り決めに従って減速していなければ爆発に巻き込まれていただろう。

 だが、爆炎と煙が木々の隙間を埋め、狙撃地点からの射線が通らなくなっている。


 千早が追尾機能で連れてきていた輸送車でやるつもりだった盾の役割を手榴弾の爆炎で補う無茶苦茶な作戦である。

 弾道計算アプリや反復アプリで誤った場所へ投擲する可能性は低いものの、至近距離に爆弾を投げ込まれる物辺たちは堪ったものではない。

 物辺たちの心は一つになった。


 ――ボマーヤバイ。

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