第十三話 二度目の襲撃

 コミュ障の千早が作戦に抗議できるはずもなく、夜のうちに二台ずつの輸送車で出発することになった。


 千早は童行李を介して輸送車を運転する。低身長の童行李でも運転できるのは加減速をレバーでも操作できるからだった。戦闘で足が無くなったアクタノイドでも操縦できるようにするためらしい。

 足を吹き飛ばされようと痛みを感じないアクタノイドは腕さえあれば這って車にたどり着ける。

 ちなみに、専用の機材があればアクタノイドと同様にアクターが遠隔で運転することもできるらしい。千早は機材を持っていないため、童行李を介しての運転だったが。


「自、自動運転、凄い、ね……」


 千早は後方からついてくる輸送車の自動運転技術に感心した。正確には、千早が運転している輸送車に追走するように設定されているのだが、十分にすごい技術だ。

 後ろを追尾してきているのも当然囮で荷台が空っぽの輸送車だ。わざわざ空の輸送車に追尾させることで、無策で出発したわけではなく二者択一を迫っているように相手に見せかける役割である。


 先んじて出発した千早の輸送車の二時間後から『ユニゾン』が乗る本命の輸送車が走ることになっている。

 ちなみに、前方車両を止めれば道を塞がれた後続車も止まることになるため、敵は確実に前方車両、つまりは千早が童行李で運転する輸送車を止めようとする。

 千早はせめてもの抵抗に、相手のラグを期待して輸送車の速度を上げたり下げたり、狙いを狂わせようと小細工し始めた。


「外れて、外れて……」


 祈るように呟きながら輸送車を運転すること四十分、それは訪れた。

 パンッと派手な音がして輸送車が勝手に左へ曲がりだす。


 タイヤを撃ち抜かれたと気付き、千早は童行李に運転席のドアを蹴破らせて輸送車から転がり出た。

 輸送車が完全に止まるまで待っていれば確実に狙撃されると分かっているからだ。


「やーだー!」


 防音仕様のアクタールームなのを良い事に誰にも届かない悲鳴を精一杯に上げて、千早は感圧式マットレスを強く踏み込み、童行李を森に駆けこませる。

 童行李を木の裏に身を隠し、狙撃者の方向と共に状況をユニゾンへメールして、千早はガタガタ震えながら各部のモニターへとせわしなく視線を配る。

 狙撃手が輸送車の荷台に数発ずつ撃ち込んで中身の有無を確かめている。空なのはすぐにバレるだろう。

 ユニゾン隊長物辺からボイスチャットが届いた。


「本隊はただいま出発します。可能な限り、襲撃者の足止めをお願いします」


 襲撃者の細かい位置までは分からないが、おおよその狙撃ポイントは和川上流山脈だろう。それさえ分かれば、別ルートを通って狙撃をいくらかやり過ごせる。

 襲撃者の数次第ではまだ狙撃手が潜んでいる可能性もあるが。

 それを見つけるのが千早の任務の一つである。


「……むりぃ」


 泣き言を言っても始まらないと、童行李を操作する。


 夜間だけあって周囲が静かだ。音響での索敵は範囲も精度も若干高くなっていた。それでも、襲撃者の位置は分からない。

 輸送車に撃ち込まれていた狙撃はもうない。中身が空だと気付いて本命の輸送部隊を攻撃しに移動しただろう。


 お互いがお互いの動きを素直に読みあったらどうなるか。

 千早は深呼吸して位置関係を考える。

 震える指で地図画面を開いた。


 西には出発地点の和川ガレージ。そこから数本出ている道の一番北側の道の途上に千早はいる。

 襲撃者は和川上流山脈にいた。現在は狙撃地点を移動中だろう。おそらくは、死角にある道を狙撃できるポイントへ移動する。


 狙撃手がオーダー系のEGHOならば、索敵範囲が広大だ。おそらく、ユニゾンの本命車両も和川ガレージから出発した時点で半ば特定し、追いかけることができるだろう。


 千早は物辺から共有されたルートを見る。分かれ道が多いルートを選んでいるようだ。夜間のため、交通量は非常に少なく、襲撃者はほぼ迷うことなく突っ込んでくると思われる。


「ふ、ふひっ……」


 敵の狙撃ポイントをいくつか絞り込める。


「……こ、壊れても、弁償、しなくていい、はず」


 念のため、今回の依頼の特記事項を確認した千早は覚悟を決め、狙撃ポイントへと童行李を走り出させた。

 スプリンター系の童行李が全力疾走すれば、時速百八十から二百キロメートルまで出せる。今は爆発物の重量で最高速には届かないものの、普段使うオールラウンダーとは速度が段違いだ。

 そのスペックはきっと価格に反映される。


 壊せば、ユニゾン人機テクノロジーからの心証が悪くなるだろう。


「ふひひっ。お得意様が……ふひっ」


 お金を積み上げるのは難しい。信用を積み上げるのはもっと難しい。

 お得意様が一つ消えるかもしれない。


 千早は涙目だった。依頼に対する責任を果たすため、お得意先を無くすかもしれないのだ。

 ぐしぐしと涙を拭い、千早は最初の狙撃ポイントが空振りに終わったことを童行李の索敵情報で知る。

 次のポイントを目指して走らせていると、童行李がアクタノイドの駆動音を捉えた。


「バンド……」


 駆動音の煩さで有名な軽ラウンダー系アクタノイド。安価で馬力もあり、建築作業などで人手を手っ取り早く揃えたいときにはよく使われる。

 駆動音は五機分。千早が推測した狙撃ポイントへと森を駆け抜けているようだ。

 偶然居合わせた民間アクターのチームかな、と素通りを決め込もうとした千早だったが、童行李の索敵情報ではバンド五機が突然方向を転換してこちらに向かってきているのが分かった。


「なんでぇ!?」


 敵はオーダー系一機じゃなかったのかと、千早は面食らって即座に方向転換する。

 すると、童行李の方向転換に合わせて進路をふさぐようにバンド五機が方向転換した。その奥に、さらに二機のバンドの駆動音が引っかかる。


「……あ、あそこにいる」


 奥の二機のバンドに守られて、音も姿も捉えられないがオーダー系アクタノイドがいると千早は確信した。


 バンドは安価な分、ソフト面では脆弱な機体だ。センサー系が大幅に削減されており、索敵能力がほぼない。単機での視野も狭く、同じバンドとのリンクで死角を補うほどだ。

 童行李の索敵範囲ギリギリから、バンドがこちらに合わせて動けるわけがない。索敵可能な別機体の補助が必要になる。

 だとすれば、迫る五機は確実に撃ってくる。

 案の定、バンドが分散して童行李を囲む動きを見せる。


「やばぁ」


 戦闘するつもりではあったが、正面切っての戦闘は銃器を扱えない童行李では勝ち目がない。やるとすれば相手を捕捉し、進路上に罠を張ったり手榴弾を投げつけるなどのやり方だ。

 即座に童行李を反転させ、来た道を戻る。


 だが、敵の情報が知れたのは良かった。千早はバンドとの遭遇を物辺に連絡する。

 メッセージを見たらしい物辺がボイスチャットで発言した。


「敵の動きが遅いですね。狙撃地点からの運搬手段を用意していなかったとは考えにくいですし、オーダー系が脚を引っ張っているのかも」


 言われてみれば、和川上流山脈の端からここまで、森を突っ切って南下してきたと考えると、移動速度が少し遅い。

 もしかすると、輸送車に追いつけるような足の速い機体がないからこその待ち伏せ狙撃なのかもしれない。


「ってことは、ここを抜ければ振り切れるんですかね?」

「別のアクタノイドをこの先に駐機させている可能性がある。ただ、EGHOがここにいるんだとすれば、今後を考えて振り切っておきたい」

「だとすれば、うさぴゅーさんが鍵ですか」


 やっぱりかと、千早は頬を引きつらせる。

 最初から囮としての役割がある以上、敵の足止めが最大の仕事だ。相手の数が予想以上だったことなど関係がない。

 関係があるとすれば、足止めの方法くらいだ。


「ふへひっ」


 千早は敵がいないと確定している来た道を童行李に全力疾走させる。


「や、やるしかない……」

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