第十二話 作戦会議

 最寄りの和川ガレージに避難した千早たちは小休止を挟んで被害状況を確認した後、作戦会議に移行した。

 顔を洗うついでに夕食を諦めて野菜スティックを持ってきた千早は、和川ガレージで爆発物を補充し、童行李の背中にある収納スペースへ入れる。

 その間にも、クラン『ユニゾン』は隊長の物辺を筆頭に会議を続けている。

 コミュ障を発揮しているだけでなく、グループ戦闘は経験がない千早は会議を聞くだけだ。


「まず間違いなく、角原グループの襲撃だ」


 物辺が言い切る理由は三つ。

 一つは、海援重工やオーダーアクターであれば狙撃ではなく物量戦を仕掛けてくること。

 二つは、周辺の電波状況からしてランノイド系を連れていないと行動できないこと。

 三つは、敵の索敵範囲の広さと狙撃の正確さ。


 特に三つ目の理由が角原グループによる襲撃だと判断する根拠だ。

 物辺が説明する。


「角原グループのオーダー系アクタノイド『EGHO』はランノイド系に分類される機種で、単独行動での狙撃を行う狩人として制作されている。しかし、実際には狙撃による敵対勢力のアクタノイド排除に使われているともっぱらの噂だ。状況に符合する機体はこれくらいだ」


 判明している限りのスペックを共有するとのことで、物辺から添付メールが来た。

 千早はキュウリをポリポリと齧りつつ、スペックを確認する。オーダー系だけあってほとんどが未知数なものの、レーダーを搭載して索敵に特化した機体なのは分かった。

 ユニゾンのメンバーが苦々しそうに発言する。


「距離さえ詰めれば格闘戦で十分倒せそうですけど、優れたレーダー機器を積んでいてこちらの警戒範囲の遥か外から攻撃してくるから発見も接近も容易ではないですね」

「こちらが散開して警戒範囲を広げても、頭数が足りないので各個撃破されるのが落ちでしょう。オーダー系の相手というのはこんなにも厳しいものなのか」


 わずかな時間、発言を待つように沈黙が入る。

 この場で唯一、オーダー系アクタノイド『野衾』を単機撃破し、オーダー系アクタノイドで構成されるクラン『オーダーアクター』とことを構え、やはりオーダー系アクタノイド『野武士』を爆破解体したとの噂がある、そんな爆弾魔の発言を待っての沈黙である。


 千早は何も知らず、「みんな、悩んでる」と解釈した。

 千早が何も話さないとみて、ユニゾンのメンバーは作戦を立て始める。


「道を変更して夜のうちに駆け抜けるというのも一つの手ですが、向こうもそれを見越して待ち構えているでしょう。夜間に狙撃されれば、我々ではもう対応できません」

「どこに潜んでいるか分からない以上、チャフを撒くなどの電波妨害も難しいですね。どうしたものか」


 オーダー系アクタノイドだけとも限らないと、ユニゾンの面々は悩みながら作戦会議を続けている。

 千早はお行儀悪くニンジンスティックを咥えてパソコンを操作し、周辺地図を呼び出した。


「えと、敵の居場所が、分からないから……先手を取られる」


 相手とのスペック差を考えればこればかりは覆らないだろうと、千早は考えを整理する。

 ならば、先手を取らせたうえでこちらの被害を最小限にすることが第一目標になる。

 第二目標に、敵の初撃で位置を可能な限り特定する。

 そして、第三目標は、位置を割り出した敵の攻撃を逃れて『淡鏡の海仮設ガレージ』に逃げ込む方法。


「……戦わなくていいって、楽」


 いつもは襲撃者を撃退するしかなかった。しかし、今回は依頼の性質上、戦闘での勝利は必須条件ではない。

 今回の依頼はアクタノイドを可能な限り無傷で運搬することだ。敵の排除は含まれていないのだから。

 ただ、千早は逃走経路について口を挟めない。緊急時ならばともかく、淡鏡の海までの順路はユニゾンの方が良く調べているはずだ。

 つまり、なにも発言しなくていい。


 千早はにへぇ、と笑いながら気楽な立場を満喫してニンジンスティックをポキッと折っていい音を出す遊びをし始めた。

 しかし、ボイスチャットをオンにしていない千早はただ沈黙を貫いているようにしか見えない。


 依頼が失敗するかどうかの瀬戸際だというのにただ会議を聞くだけの千早に、『ユニゾン』の面々は内心で怯えていた。


(俺たちの実力を図ろうとしているのか?)

(この状況で落ち着いている。百戦錬磨だけあるな)

(いざとなれば一人で切り抜けてしまいそうだ)


 果たして、ボマーのお眼鏡にかなう結論を導き出せるのか、とユニゾンの面々は緊張しながら会議を進める。

 最終的には誰もが分かっていた結論、千早と同じ三つの目標が浮かび上がった。

 作戦の方向性は会議を通して全員に浸透したとみて、物辺は口を開く。


「問題は第一、敵の初撃を誘って被害を最小限にとどめること、だな」


 いうなれば囮だ。

 しかし、囮といっても簡単ではない。まず間違いなく、機体を撃ち抜かれて大破するだろう。


 そう――位置不明な敵の超遠距離狙撃を事前に察知してしまうようなアクターでなければ。

 ユニゾンの隊長として、物辺はボマーこと千早に声をかける。


「うさぴゅーさん、どう思いますか?」


 疑問符を付けつつも、物辺は分かっていた。

 ボマーは囮役を自ら言い出せば、先の狙撃の事前察知と合わせて敵との内通を疑われかねないと思い、あえてユニゾンに会議させたのだと。


 なお、いきなり話を振られた千早は泡を食っていた。

 慌ててボイスチャットをオンにし、ボイスチェンジャーを起動させた千早は、食べていたニンジンスティックをポキッと折った。練習の甲斐もあって、とてもいい音がした。

 その音を聞いた『ユニゾン』のメンバーはごくりと喉を鳴らした。


(ヤンキーが喧嘩の前に拳を鳴らす、あの音!?)

(やる気だ、この人!!)


 ニンジンスティックの音を誤解されているとも知らず、千早は慌ててボイスチェンジャー越しに話す。


「い、いいと思います。囮の輸送車を、用意して、アクター一人に先行させる、とか……」


(自分を単独で先行させろというのか)

(犠牲は一人でいいと?)

(我々は足手まとい? いや、護衛として、ユニゾンのアクタノイドを一機も破損させない気か!)

(囮に志願するとは、やはりボマーは戦いたくて仕方がないのか)


 勘違いした『ユニゾン』は息を呑み、千早のありもしない意を汲んだ。

 物辺は隊長の自分が言うべきだろうと、作戦を正式に告げる。


「では、うさぴゅーさんに囮の輸送車を任せ、敵の方向が確定後にユニゾンは全力で淡鏡の海へ本命の輸送車で逃げ込みましょう」


 えっ、と驚いて固まった千早を余所に、一瞬で作戦は承諾された。提案者であると目される千早の意見は聞くまでもないと。


 次々とボイスチャットから離脱して、作戦開始前の休憩に入る流れに押されて、千早はボイスチャットをオフにするしかない。

 単独で囮の役を果たすことになった千早は、食べかけのニンジンスティックを見つめて涙目になる。


「……なんでぇ?」

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