第十一話 初戦は引き分け

 面倒だな、と伴場粋太は眉をひそめる。

 張っていたポイントに首尾よくやってきたユニゾン人機テクノロジーの輸送車を狙撃するまでは良かった。

 だが、ラグの間に狙撃が外れ、輸送車は森の木々が作る死角へと滑り込んでいた。


 伴場にとって、狙撃の失敗も輸送車の動きも、展開したアクタノイド達も些細な問題だ。

 面倒なのは、わらべの改造機の動きだった。


「勘が良い」


 分かりやすい狙撃ポイントではあるが、対処するタイミングがあまりにも良すぎる。こちらの位置を悟っているわけではないのか、森に入ったわらべの改造機はジグザグに森を駆けていた。スプリンター系だけあって動きが速く、木々の枝葉に隠れてちらちらと姿を出している。狙撃するのは難しい。


 まぁ、狙いは輸送車の方だ。

 死角から出てきたところを狙い撃てばいい。


 伴場は愛機、オーダー系アクタノイド『EGHO』のメインモニターを見る。

 EGHOは強いて言えばランノイド系に分類される。

 単独での遠征暗殺を可能とする機体であり、コンセプトは海援重工製の狩猟用ランノイド系シェパードに近いものだ。

 だが、オーダー系だけあってそのスぺックはシェパードを遥かに凌駕する。


 背中には二本のブレード型のレーダーを搭載し、頭部側面にアンテナの役割を持つ太い二本のねじれ角、さらに円盤型レドームを搭載した二機のドローンを展開できる。

 これらの索敵機器により、機体だけで半径五十キロの移動物を同時に百個探知し、追跡できる。ドローンを展開すれば半径二百キロに拡大し、移動物の大きさ、形状、材質をおおよそ特定。進路予想を可能とする。

 反面、内部には電子機器が多数搭載されており、戦闘の衝撃から守るためのクッションや動作用のバネなどで肥大化した太めの機体で移動速度は時速五十キロメートルと遅い。完全に遠距離から一方的に攻撃する機体だ。


 姿は見えずとも、輸送車の位置は分かっている。動けばいつでも、構えている狙撃銃『与一』で痛打を狙える。

 動かないのであれば、すでに向かわせている軽ラウンダー系のバンド五機が襲撃し、死角から追い出す。

 伴場は嗜虐的な笑みをうっすらと浮かべて、レーダーの反応を見る。


「……動くか。まぁ、そうだろうな」


 展開していたアクタノイドが次々と輸送車に乗り込んでいるのがレーダーを見ればわかる。わらべの改造機もこちらの位置の特定を諦めて輸送車の方へ走っていた。

 当然だ。ランノイド系を広く展開しなければ電波が届かず森の中で通信途絶する。ランノイド系が出てくれば、EGHOで即座に狙い撃つのだから、絶対にここまでたどり着けない。それこそが、ここを狙撃ポイントに定めた理由なのだから。


 あのわらべの改造機だけは単独で行動できるように設計されているのか、予想よりも深く森に入ってきていた。注意しておく必要があるだろう。

 輸送車へと戻っている以上、後は撃つだけだが。


 伴場は狙撃銃の銃口を輸送車に向ける。できれば、運転席のサイコロンかタイヤを狙いたいところだ。流石のレーダーでも正確な形状まで読み取れない。ドローンを展開すれば別だが、自分の居場所を晒すようなものだ。下手をすれば迫撃砲が飛んでくる。

 輸送車が動き出し、伴場が引き金を引こうとした直後だった。

 森の一部で突然爆発が起きる。


「――なんだ?」


 距離を詰めさせていたバンドの部隊が何かしでかしたのかと眉をひそめるが、爆発とともに動き出した輸送車の方が先だ。

 森の木が途切れるその場所に置き撃ちの態勢を作り、レーダーで輸送車の動きを見る。


 しかし、レーダーの反応が一部おかしくなっていた。ありえないほど巨大な何かがEGHOと輸送車の間に横たわり、徐々に風下へと進んでいる。

 なにが起きたのかとメインモニターを見て、伴場は舌打ちした。


「ちっ、やられた」


 爆発で揺らされたシネヤカフンが大量の花弁と花粉を風下へと散らしている。迷惑千万な黄色い花粉のベールはEGHOの視界を極端に悪くしていた。花弁も電波を散らし、レーダーを妨害している。

 爆風で散らされたのも厄介だ。道で発生した爆風に乗って森へと花粉が広がっている。輸送車が走る道への影響は軽微だろう。完全に狙って爆破している。


「やったのはあのわらべの改造機か? バンド全機、花粉の影響が出る前に戻れ。襲撃は失敗だ。次の地点に移る」


 近接戦力として連れてきたバンドを操っている部下に撤退命令を出し、伴場はボイスチャットを切った。


 バンドは安価で馬力の大きな機体だが、通信障害に弱く、空冷式であるため花粉がフィルターに詰まるとすぐに熱暴走を起こす。

 駆動音も大きく、静粛性が劣悪なバンドがこちらの主戦力であることは、次の襲撃に備えて晒したく無い情報だ。


 バンドが戻ってきたのを見て、伴場は次の襲撃地点へ移動を始める。

 相手も警戒を深めているだろうが、どんなに長丁場になっても構わない。目的はアクタノイドを淡鏡の海に届けさせないことであり、ガレージ化を遅らせることだ。

 レーダーの反応から推測する限り、輸送車は風下へと逃げ、大きく迂回して和川ガレージに入っていくルートを取っていた。


 地図を見て、伴場は輸送車の進路を予測する。

 予測ルートはいくつかある。速度の出ないEGHOでは離れた狙撃地点への移動が難しいため、複数のルートを睨める狙撃地点を確保しなくてはならない。

 伴場はボイスチャットで部下に命令を出す。


「二機ほど、先行してこの地点の木を倒して道を塞いでこい」


 地図を共有して封鎖地点を赤丸で囲み、バンドを送り出す。

 狙撃地点は和川ガレージの東を睨める和川上流山脈の端だ。

 和川ガレージは政府系のガレージで規模が大きく、出入りする機体や輸送車も多い。無関係のアクタノイドを攻撃するわけにはいかず、出入り口を張れない。

 それならば、東の和川上流山脈の中腹から、東へと向かう輸送車を狙い撃つ方が的を搾れる。


 しかし、ここを抜かれると襲撃地点が無くなる。

 無理をすれば、さらに東の森ノ宮ガレージ付近でも攻撃はできるだろうが、森ノ宮ガレージを所有する海援重工がどう出るか分からない。野武士討伐戦の失敗で戦力が激減している分、周辺の治安維持に神経を尖らせており、下手に狙撃などしようものなら迫撃砲を多数撃ち込まれて周辺ごと耕されてしまう。


 狙撃地点に到着した伴場はモニターに表示された時計を見る。午後五時を過ぎていた。

 もうすぐ新界も日没だ。輸送車は夜の闇に紛れて動くだろう。それが何時かは分からないが。

 伴場は部下たちに指示を出す。


「交代で仮眠を取れ」

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