第十話 何も見えてないんだな、これが
電波が悪くなってるかな、と千早はシステム画面を見て思う。
ユニゾン人機テクノロジーと提携しているΩスタイル電工の電波がこの辺りに届いていないのだろう。
ちらりとバックカメラを見る。
最後の回収地点である転げ岩ガレージを出発し、現在は和川ガレージへ戻るところだ。
襲撃に備えて行きとは別の道を通っている。とはいえ、事前に道を調べてあったのだろう。輸送車を運転する物辺のサイコロンは道順を変えるつもりはないようだ。
輸送車の荷台にいるランノイド系アクタノイド『フサリア』による電波支援のおかげで十分動けるものの、多少注意した方がいいだろう。
千早は童行李の速度をわずかに落とし、後続の輸送車に追いつかせる。
電波支援をより強く受けるためだ。
日本時間は午後三時。和川ガレージについたころに夕食を摂ることになりそうだと、千早はメニューを考える。
のほほんと童行李を走らせながら、冷蔵庫に常備してある野菜スティックをそろそろ消費しようと、夕食を冷やし中華に決めた。
野菜スティックをさらに細く切ってたれをかけた中華麺の上に乗せればいいだけで、簡単に作れる。
「サラダチキン、裂けばいい、かな……」
野菜だけでもなんだからと、手抜き調理法を考えた時、モニターに映る森の奥に危ないものを見つけた。
まき散らす花弁が電波障害を引き起こし、花粉が空冷式アクタノイドの熱暴走を誘発する大迷惑植物、シネヤカフンである。
そろそろ花粉の時期も終わりだろうと思っていたが、この迷惑植物はいくつかの亜種があるらしく、開花時期がずれている。
Ωスタイル電工の電波が届かないこの場所であの花弁が舞い散ると動けなくなる。いくらランノイド系がいても、ガレージの電波基地局との間を花弁が遮れば電波の送受信ができない。
幸い、強風が吹いているわけではないので花弁も花粉も飛ばないと思うが、注意はした方がいいだろう。
千早は童行李を走らせながら、物辺にメッセージを送る。
『注意してください』
童行李のモニターで自分が発見したくらいだから、視野に優れたサイコロンを操る物辺が気付かないはずもないだろうと、千早は手早く文を書いて送り、森の奥を指さした。
※
物辺は電波強度を見て警戒を深めていた。
事前に共有された情報では、この辺りでの襲撃の可能性はそれなりに高い。この先にも襲撃予想地点はあるが、襲撃者側で考えればここで戦力を見て、次の襲撃で決めるといった手も考えるだろう。
それに、相手には凄腕の狙撃手がいる。アクターの技量か、機体性能か、どちらにせよ厄介なことに変わりはない。
企業所属のクラン『ユニゾン』とは違い、外部協力者であるボマー、うさぴゅーはこの辺りが電波強度の低い地域だと知らされていない。それでも、すぐに輸送車側によってきてフサリアの支援を受けているのだから、理解しているはずだ。
物辺はユニゾン内のボイスチャットでいつでも戦闘に移れるよう注意を促そうとして、顔色を変えた。
ボマーから『注意してください』とメッセージが届いたのだ。
「ボマーが注意しろと言っている。襲撃が来るぞ。全員、出撃態勢!」
物辺はユニゾン内ボイスチャットで命じ、輸送車のブレーキをかける。
クランメンバーが驚いたように声を上げた。
「フサリアでもサイコロンでも敵影は捉えてませんよ!? ボマーは一体何を判断材料にっ!?」
「疑問を挟むな。勘違いならそれでいい。今回の任務はアクタノイドを破損させずに拠点まで持っていくことなんだからな」
そう言いながらも、物辺は襲撃を確信していた。ボマーの勘、それだけで信用に値する情報だ。
輸送車が停止した直後、フロントガラスに亀裂が入った。かすめるように飛んできた銃弾がフロントガラスを割ったのだ。
もしも停止位置が少しでも前だったら、運転席に座らせているサイコロンの胴体を撃ち抜かれて大破していただろう。輸送車が動けても、運転席からサイコロンを引きずり出す手間が増えて狙撃の餌食だった。
ゾッとする。ボマーの注意が遅ければ取り返しがつかない事態だった。
だが、狙撃者のいる方向が分かったのは大きい。物辺はすぐさま輸送車の速度を上げて森の木の陰に入るように走らせる。
その間にも、荷台の扉を開けたユニゾンのアクタノイド部隊が展開し始めている。
物辺は各部のモニターを見回して童行李の姿を探した。
「もうあんなところに」
童行李が狙撃者がいるだろう山に向かって走っている。いくら速度に優れたスプリンター系とはいえ、銃撃の前に動き出していなければあんなところまではいけないはずだ。
展開するまでの前線維持が任務の一つである点を踏まえれば、すでにあの位置を取っているのは満点以上の成果である。単機でやるようなことではないが、ボマーなら切り抜けてしまうのだろうと強い信頼もあった。
すると、仲間からボイスチャットで報告が入った。
「……狙撃手を捕捉できません。索敵範囲の外のようです。不審な通信すらありません」
狙撃手を捕捉できない。そう聞いて、物辺は米粒大にまで遠ざかっている童行李を見る。
「ボマーには何が見えてるんだ?」
※
困惑するユニゾンの面々を置いて、千早は森の奥へと走らせていた童行李を止める。
「て、敵、どこ?」
輸送車が急に速度を落としたため、襲撃の予兆を感じ取ったのかと一番怪しい森の中に突入した。
直後に輸送車のフロントガラスに亀裂が入ったため狙撃を受けたことはバックカメラで確認済みだ。
だが、敵の位置が分からない。あまり離れてしまうとフサリアからの電波支援を受けられずに通信途絶してしまうため、これ以上奥を捜索するのも難しい。
バックカメラに映るユニゾンのアクタノイド部隊も反撃に動いていない。
「……敵の位置が、分からない?」
だとすれば、狙撃手はノーマークで次弾を撃てる位置へと移動しているはずだ。すぐにこちらも手を打つ必要がある。
護衛依頼なのだから、被害を出してはいけない。
千早は各方向を映しているモニターをきょろきょろと見回し、物辺へのメッセージを打ち込んだ。
『トラックに乗り込み、風下へ走らせてください。ここを離脱します』
連絡するとすぐに、ユニゾンのアクタノイドが流れるような動きで輸送車に戻っていく。運転席のサイコロンが大口径拳銃の銃床でフロントガラスを内側から叩き割って視界を確保した。
その間に、千早は遠隔起爆式の爆弾を地面に複数仕掛ける。
「ふへへ、見つけてよかった、シネヤカフン……」
童行李を風下へ走らせながら、千早は呟いて爆弾を起爆した。
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