第九話 童行李
千早は童行李で輸送車に先行しながら、そのスペックの高さに感動していた。
時速百五十キロで無人の野を走る童行李は低身長故の視界の低さは難点ながら、カメラのブレがほぼない。三キロほど先の空を飛ぶ鳥なども識別して赤いフレームで強調してくれる。
どうやら、AIが相対速度で判断しているらしい。補助用のカメラが対象をズームして撮影、特徴をAIが自動でピックアップして図鑑アプリから候補を選び、危険性を五段階で評価、千早に教えてくれる。
危険な動物を勝手に見分けてくれるのはありがたい。童行李はいつも使っているオールラウンダーの倍近い速度で走っているため、動物との距離が瞬く間に縮んでしまう。速度に慣れない千早の判断が追い付かないのだ。
音響索敵の効果もあって動物からの不意打ちはまず受けない。そもそも速度が十分にあるため、動物なんてすぐに引き離せる。
得られる情報量が多い分、操作している千早は慣れていないのもあって大忙しだ。
最初の回収予定地点は和川上流山脈の採掘拠点。千早が雪山で偶然見つけたレアメタル鉱床だった。
和川ガレージに輸送車を預け、クラン『ユニゾン』のメンバー五名が操作するアクタノイドと共に和川の上流を目指す。
ここでも先行する千早の童行李は危険生物であるシダアシサソリを排除するのが仕事だ。
「……凄ぉ」
雪山からひょっこり出ている潜望鏡のようなシダアシサソリの目玉を、童行李が強調表示してくれる。
千早だけなら見逃してしまうところだ。本当にありがたい機能である。
気付かないふりをしてシダアシサソリの近くを徐行し、間合いに入ると同時に最高速に切り替える。
つられて飛び出したシダアシサソリが雪の上を滑走しながら童行李を追いかけてきた。
「うへへ、速い、速い」
安定した速度で雪上を走る童行李はともすればシダアシサソリを置いてけぼりにしかねない。いつ追いつかれるか分からずに焦ったオールラウンダーとはまるで違う安定感だ。
森に駆けこんで、あらかじめ仕掛けていたワイヤートラップを起動し、シダアシサソリを巻き上げる。ハサミをワイヤーの輪っかに挟まれたシダアシサソリは木の枝に宙吊りとなり脚をわちゃわちゃと動かして脱出しようともがいた。
銃器を扱えない童行李ではトドメがさせない。この雪山で下手に爆発物を使えば雪崩を起こす。
後続の『ユニゾン』が銃でトドメを刺してくれるだろう。
位置情報と共に始末を頼むメッセージを送ると、ユニゾンの隊長、物辺祐磨からボイスチャットが入った。
「確認しました。鮮やかなお手並みですね」
褒めてくれるのは嬉しいが、かといって戦闘力を評価されても困る。そう思った千早は『性能が良いから』と童行李に功績を押し付けた。
「はははっ、謙虚ですね。では、引き続き頼みます。現場のアクタノイドにもうちのクランのメンバーがアクセスして動けるようにしましたので」
ボイスチャットが切れ、千早は採掘拠点を目指して童行李を走らせる。
「ゆ、ユニゾンって、何人いるの?」
独り言である。初対面の相手に質問する勇気など千早にありはしないのだ。
採掘拠点に到着すると、周辺の警戒に当たっていたアクタノイド達が片手を振って迎え入れてくれる。その数七機。この拠点の防衛戦力も残されるとのことで、まだアクタノイドが拠点内に控えているのだろう。
全十二機で雪山を下山し、輸送車に乗り込む。
千早は興味本位で輸送車の荷台を覗いてみた。
「……狭っ」
等身大の人型ながら、アクタノイドは人間と違って小さく体を折りたたんで長時間車に揺られても苦痛を感じない。
ゆえに、輸送車の荷台は上下二段に分かれ、アクタノイドは膝を抱えて丸くなったような状態で押し込められていた。明かりもほとんどなく、暗くて窮屈そうな空間だ。アクタノイドが少し気の毒な気がする。
荷台の内、手前側には戦闘時に展開するアクタノイドが並んでいる。状況に合わせて選べるように上下左右の四列でタイプが違う機体が揃っていた。
戦闘開始時には荷台の出入り口を守らないと出てきた途端に狙撃で潰される。心に止めておこうと思いつつ、千早は楽観的に考えていた。
クラン所属のアクター達ならなんだかんだで上手くやるだろうと。
ユニゾンのメンバーがボイスチャットで会話をしている。
「上手く回収できましたね」
「幸先が良いねぇ」
「この後はどこに?」
「『転げ岩ガレージ』だ。『晶洞ガレージ』にも回収機体あったんだが、自衛隊の方で借り受けるらしい」
「自衛隊が? あぁ、なんだかあの辺、ごたごたしているらしいですね」
「そういうことだ。このまま西の内陸へ向かっていくから、山道も多くなる。事故にはくれぐれも注意しよう。ま、運転するのは俺だけど」
ユニゾン隊長、物辺はそう言って快活に笑う。クランメンバーから「よっゴールド免許」と囃し立てられて、そのまま輸送車の運転席に乗り込んだ。
「自動操縦機能もあるけど、山の中で頼るのは怖いしね。先導する車に追従する形ならちょっとは精度も上がるけどさ」
「うさぴゅーさんに追従させるわけにはいかないですもんね」
唐突にアカウント名を呼ばれて、千早は相手に見えもしないのに卑屈な愛想笑いを浮かべて顔を伏せた。モーションキャプチャーで動きを読み取った童行李は外からこくりと頷いたように見える。
唯一、輸送車に乗らずに走っている童行李だが、任務の特性上は輸送車が追従するわけにはいかない。戦闘時には真っ先に前線に向かうのだから、追従状態だと護衛対象の輸送車が前線に出てしまう。
和川ガレージを出発して西を目指して走り出す。
依頼仲間としてこれから数週間、一緒に走る相手だ。物辺も信頼関係を築こうとしたのか、千早に話しかけてきた。
「うさぴゅーさん、童行李の操縦感はどうです?」
ボイスチャットをオンにするのを怖がった千早は、童行李を後ろ向きに走らせて、輸送車の前でピースサインを掲げてお茶を濁した。
しかし、飄々とバック走を行える安定性を見せられた物辺達には十分に伝わったらしい。
「頼りにしてますよ」
しないで欲しい、とは護衛依頼を引き受けた手前、千早も言えなかった。
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