第六話 お得意様からよ
千早が撮影した万色の巨竜の動画は好評を博した。
今まで謎だった食性が判明しただけでなく、水滴を反射させる不透明な竜の姿は赤外線カメラの映像とは異なる鮮明さで国内外からのアクセスがあり、一週間と経たないうちに百二十万回再生を記録。今後もじわじわ伸びていくだろうと思われた。
再生単価はコンマ二円とのことで、六十万円ほど。四割の二十四万円が新界生配信から支払われ、さらに企業や研究者からの支援と報酬で七十万円が千早のもとに転がり込んだ。
久々の多額の入金に千早はほくほく顔で家賃を振り込み、銀行を出る。
懐が温かい。以前ほどの貯金はないが、これからも継続的に動画収入があるのは嬉しい。
せっかくだからちょっといいスーパーで夕食の材料を買って帰ろうか。夕食は一人海鮮バーべーキューにしようとウキウキしていた千早は、視界の端に見つけたゲームセンターに顔を向ける。
『万色の巨竜ぬいぐるみ入荷』
小さなポスターだった。若干色褪せているのは、以前の新界生配信が撮影して人気が出た頃のポスターを使いまわしているのだろう。
千早のおかげで餌場まで判明したことで、万色の巨竜の研究が進むと期待されている。場合によっては、その全貌が明らかになる。
人気が再燃している今、グッズを目玉景品にしたいという思惑があると同時に、もしも万色の巨竜の擬態効果が解明され、本来の色などが分かった場合には、想像で配色した今のぬいぐるみがチープなモノになる。
恐竜図鑑の色と同じようなものだ。
千早はふらふらっと吸い寄せられるようにゲームセンターに向かった。
いま懐が温かいのは万色の巨竜のおかげだ。記念に一つ、ぬいぐるみを手に入れて部屋に飾るのもいいだろう。大きさによっては、カピバラクッションと並べてみるのも可愛い。
「へへ……」
ラグとパケロスに悩まされながらオールラウンダーを操作してカメラを設置していたのだ。クレーンゲームなんて赤子の手をひねる様なモノ。
自信満々の千早は確率機の存在を知らない。引きこもり陰キャな千早にゲームセンターで遊んだ経験など皆無なのだ。
横に、奥に、動いていくクレーンを見つめて目押しを試みても、必ず少しずれる。上手く停止したかと思えばアームが緩んで景品を離す。
悪戦苦闘しているつもりでただカモられている千早は意地になって二万円を投入し、ようやく万色の巨竜ぬいぐるみを手に入れた。
「……よく考えたら、大きい」
あまり身長の高くない千早とはいえ、一抱えもあるぬいぐるみは持ち帰るのも一苦労だ。
どうしたものかと思いつつ、仕方がないので抱えて帰ることにした。
クレーンコーナーを出た千早は出口へと向かっている途中、聞き覚えのある声を耳にして横目を向ける。
ゾンビ退治シューティングの筐体で大人げない二丁拳銃撃ちをしながら高得点をたたき出している女がいた。
「――あっ、この銃声、再現頑張ってていいね!」
やばい奴だ。いつかの酔っぱらい女だ。オーダーアクターの代表だ。
パスワードを言わせて野武士の自爆に巻き込んでくれやがったあの迷惑女だ。
見なかったことにしようと、千早はそっぽを向いてゲームセンターを出た。
スーパーでうっかり鉢合わせるのも嫌なので、千早はそのまま歩いて帰ることにする。どのみち、いま抱えている万色の巨竜ぬいぐるみを持ち込むと他のお客の迷惑になる。
海鮮バーベキューは諦めて、帰ったら寿司でも頼もうと千早はいまから魚の味を想像してにやける顔を万色の巨竜ぬいぐるみに埋める。
機嫌が良いと一目でわかる千早の奇行を見咎めるものはいなかった。
アパートに帰りついた千早は部屋に入り、万色の巨竜ぬいぐるみに除菌と消臭ができるスプレーをかけて窓辺にカピバラクッションと並べておく。
万色の巨竜ぬいぐるみは、実物の細部がいまだ不明なこともあって、トカゲのような顔で滑らかな鱗の並びをした、カメレオンを思わせる緑色の体色のぬいぐるみだ。顔は愛嬌を出すためか少々間抜け面だが、カピバラクッションと並べると収まりが良い。
「……二万の価値は、あった」
言い聞かせて、千早はスマホを片手に近所の寿司屋を探す。家で仕事をするアクター向けなのか、個人店でも出前をやっている店がある。
しかし、千早は顔を覚えられるのは嫌だからとチェーン店で頼むことにした。
ちなみに、千早のいる新界開発区は群馬にある。現代日本の流通網は海なし群馬に海の幸を届けることに成功し、金持ちが多いアクターを相手にする新界開発区ではチェーン店でも美味しいお寿司が味わえるのだ。
なお、新界には海があるため、ネット上では「グンマーは海なし県の裏切りもん」と一部から妬まれている。
そんなこんなでやってきた出前寿司は一貫ずつ色々な寿司ネタが盛り込まれた豪華な品だった。
「おぉ……」
一人で寿司の出前を取って全部食べられるだなんて、こんな贅沢をしていいのだろうかと、千早はサービスでついているあら汁を器に注いで笑顔になる。
当たり外れが激しいウニをさっと食べてみる。
「……ちゃんと甘い。うっへへ」
保存のためにミョウバンを使ったウニはこの柔らかさも甘さも出ない。ウニがあたりならば他のネタも期待できる。
あら汁を一口飲んで魚介の旨味を楽しみ、ガリを食べて口の中をさっぱりさせる。
次はヒラメかホタテかで悩んでいた千早は唐突にスマホが震えて着信を伝えたことに驚き、小さな悲鳴を上げた。
恐る恐る画面を覗き込むと、アクターズクエストに直接依頼が舞い込んだ通知だった。
新界生配信からだろうかと、千早はアプリを開く。
「……ユニゾン、さん」
アクタノイド開発企業、ユニゾン人機テクノロジーからだった。なんだかんだで、千早の短いアクター仕事歴でもお得意様と言っていい相手だった。
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