第五話 撮影成功
カメラを仕掛けて待つこと二日。お風呂上りにカメラ映像を確認してみると、反応があった。
「きたー」
思わず万歳して、タオルを落とし、慌てて拾い上げる。
髪を乾かしつつ映像を見てみると、赤外線カメラ映像に万色の巨竜の姿が映る。
海水溜まりを覗き込んだ万色の巨竜は首を突っ込んで海中を眺めた後、手ごろな獲物がいなかったのか別の海水溜まりへと歩いていく。
今度は食べたい獲物を見つけたのか、すかさず海水溜まりに頭から飛び込んだ。翼を折り畳んで水の抵抗を軽減し、一分と経たずに魚をくわえて海面から飛び出した。
ばさばさと羽ばたく音と共に、通常のカメラに水滴が跳ねる。水滴で光の屈折率が変わったのか、海面を出た直後だけは輪郭が分かった。
しかし、すぐに体についた水滴が飛ばされてしまい、姿が映らなくなる。
二度目の捕食映像。それも、今まではなかった通常のカメラで輪郭を捉えた貴重映像だ。
「うひぇへ……やっぱ、かっこいい」
ニヤニヤとほころぶ頬を両手で押さえて揉みつつ、千早はだらしない笑みを矯正する。
通常のカメラでの映像そのものが貴重だが、学術的にも価値がある映像だ。水滴により擬態効果が減じる証拠映像である。分析すれば、擬態の仕組みが分かるかもしれない。
また、赤外線カメラによる映像も重要だ。魚を捕食する一連の行動が収められており、水中に飛び込む際の姿勢なども分かる。
電波があまりにも悪い海樹の森からだけあって、ダウンロードが遅々として進まない。それでも、他に面白い映像が取れているかもしれないと思えば苦にならない。
「水中カメラ、欲しいな」
水中での捕食シーンを収められれば、話題になるだろう。しかし、水中にカメラを仕掛けるのはオールラウンダーでは難しい。ラグと戦いながら水中ドローンを使って仕掛けるしかない。だが、水中ドローンは高価すぎて、金欠の千早には手が出せない。
水中映像は保留にして、やれることをやってしまおうと次の撮影ポイントを吟味していると、ダウンロードが終わる。
別の個体と思われる万色の巨竜が小さめの海水溜まりに首を突っ込んで魚を取る映像が取れていた。潜らなくても首だけで十分魚を獲れるらしい。
この様子なら、もうしばらく撮影を続けて好んで食べる魚の種類を特定できそうだと思いつつ、千早はいくつかのカメラ位置を沖の方へと移動させることに決めた。
どうにも、万色の巨竜が沖合の島から飛来しているように見えるのだ。カメラの位置や角度の問題でどこへ飛んでいくのか不明瞭だが、着地時の顔の向きなどからの推測である。
住処が分かれば行動範囲の推測に役立つ。
早速、オールラウンダーに接続した千早はラグやパケロスを警戒しつつそろりそろりと海樹の根を渡る。
沖の方は少し波が高かった。波が根の上にまでかかるのか、藻が繁殖して滑りやすくなっている。
ラグはともかく、パケロスでバランスを崩しやすい今の状態で進むのは危険と判断し、千早は沖まで出るのを諦めてその場にカメラを仕掛けた。やや上空を撮影できるように角度を調整し、映像を確認する。白く映し出される海樹の枝や葉の奥に白い雲と鈍い紺とも灰ともつかない色の青空が撮影できている。空を飛ぶ万色の巨竜を撮影できるかは怪しいところだが、実験するほかないだろう。
千早は餌場ポイントに戻り、カメラ角度を調整する。餌を獲った後の移動方向を確認するためだ。
三日ほど粘ると、餌場ポイントの撮影機材に反応があった。
下手をすれば数か月単位で遭遇例すらないことを考えると、この海樹の森は万色の巨竜の生息地、縄張りの一つと考えて間違いなさそうだ。
肝心の映像は万色の巨竜が魚を素潜りで獲った後、沖合の島へと飛んでいく姿が映っている。
飛翔時の姿勢も撮影できており、これだけでも貴重な映像だ。
「ここを知ってて、良かった……」
海樹の存在を知らなければ、あるいは万色の巨竜が東へ飛んでいく姿を偶然撮影できなければ、こうも効率よく撮影できなかっただろう。
千早は依頼人である新界生配信へメールし、動画を添付する。沖の小島が万色の巨竜の住処ではないかという推測や、万色の巨竜が獲る魚の種類も含めた総合的な情報を提供しておいた。
現状の機材ではこれ以上クオリティを上げての撮影は難しい。水中撮影機材や高品質、高機能なカメラなどが必要になるだろう。
新界生配信にしては返信が遅いと思いながら撤収作業を完了した頃、メッセージが入った。
興奮が読み取れる文章で大絶賛されていた。既定の報酬に加えて、今後の付き合いもしていきたいからと追加報酬に五十万円。さらに、三割だった映像収益の取り分を四割に増やすという。
企業や研究者からの追加報酬も期待してほしいとのことだった。後ほど明細と共に、今後撮影してほしい姿や場所などの要望をまとめて送るという。
拘束期間も長かったため、半月ほどは休息をとって欲しいとのことだった。
「か、感謝されてる……。すごく、褒めてくれて、る……。うへっへ」
なんて幸せな依頼だろうと、千早はニヤニヤが止まらない。
もしかすると、新界生配信の撮影係としてクランに所属することもできるかもしれない。
「うへへ……」
実にいい依頼だったと、千早は満足してオールラウンダーを森ノ宮ガレージへ返しに向かった。
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あけ、おめ……っ!
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