第三話 撮影ポイント
万色の巨竜の住処を調べるため、千早は灰塩大湿地を走り回っていた。
実際に映像に収めた万色の巨竜の大きさから、寝起きするような場所は相応のスペースを必要とすると推測できる。
灰塩大湿地で他の動物にちょっかいを出されない立地となると限られる。灰塩大湿地は低木か一年草しかなく、身を隠せるような場所がない。
数少ない岩の根元などに穴がないかを調べて回り、広い面積の池や湖の水面を映像で調べて不審な波が立っていないか確認する。
結果、巣穴は見当たらず、水面に浮かんで休んでいる様子もなかった。
「データが、少ない。うーん……」
もとより都市伝説扱いされたこともあるほど目撃例が少ない生物だ。住処の特定も容易ではない。
ただ、万色の巨竜が灰塩大湿地を根城にしているとは思えなかった。
目撃情報から推察できる個体数が少なすぎる。巨体に対して餌にしている魚の生息数も少ない。周辺植物に食害が見られず、巨体に倒されたと思しき植物も見当たらない。
餌場の一つとは考えられるが、さほど重要度が高くないと千早は見ていた。
動物学者でも万色の巨竜の食性についてはデータが少なすぎて分からない。死骸の一つでもあれば、胃の内容物などから手掛かりが出てくるだろうが、万色の巨竜の死骸はいまだに見つかっていない。個体数が分からないため、絶滅危惧種の可能性もあり、狩猟も厳禁だ。
設置していたカメラを回収して、千早はオールラウンダーを森ノ宮ガレージに向かわせる。
泥を飛ばしながら走るオールラウンダーの視界をメインモニターで眺めつつ、回収したカメラのデータをパソコンに送信させる。
「どうしよう……」
貧弱な回線のせいでなかなか進まないデータのダウンロードを待ちつつ、たどり着いた森ノ宮ガレージの倉庫にオールラウンダーを駐機する。
一応のダウンロードはしているが、動画データは期待できない。依頼人である新界生配信への報告書に添付するだけの意味しかないデータだ。
いま、千早の手元にある一般に出回っていない万色の巨竜の情報は、魚をくわえて飛んで行った方向くらい。
万色の巨竜がまっすぐ住処に帰るとは限らないが、灰塩大湿地から東へ飛んでいる。
東にあるのはいまオールラウンダーがある森ノ宮ガレージや、そのさらに東の淡鏡の海。どちらも今や出入りするアクタノイドが多く、万色の巨竜がいればすぐに情報が上がるはずだ。
「でも、西はなぁ……」
灰塩大湿地の西は山が多い内陸部だ。魚を主な餌としていた場合、大きな湖でもなければ食料を確保できない。
空を飛べる万色の巨竜が水に潜ることに意味があるのではないかと千早は思う。
魚を取ったのは偶々で、他に目的がある可能性だ。
ダウンロードが終わった動画の一つを倍速再生で検証していた千早は、ふと思う。
熱感知をごまかすために体温を下げようと水に潜ったのではないか、と。
「……蛇、とか?」
考え過ぎかと思いつつ、水浴びや泥浴びで寄生虫などを落としているという推測も立つ。
灰塩大湿地での目撃情報が少ないのは、餌場でも住処でもなく、不定期に体を洗いに来ているからだとすれば納得できた。
動画の再生を中断し、千早は麦茶が入ったコップを両手に持って考える。
万色の巨竜は巨体だ。餌が豊富な場所でなければ生きられないだろう。
万色の巨竜が飛び去った先には海がある。魚には困らないと思われる。
しかし、空を飛べる点から見ても万色の巨竜は巨体の割に軽量で、おそらく鳥と同様に骨なども折れやすいのではないか。
以前、千早が淡鏡の海で爆殺した海洋生物、レチキュリファーのような高速で泳ぐ危険な生き物に狙われた場合、致命傷を負いかねない。
空を飛んで海に潜れる万色の巨竜が、凶悪な海洋生物の攻撃をやり過ごせる狩場があるだろうか。
「うーん、謎は、深まる……」
『謎のドラゴン、万色の巨竜を追え』というタイトルでドキュメンタリー動画でも取れそうだ。出演する勇気など欠片もないくせに勝手なことを思いながら、千早はオールラウンダーを操作する。
データのダウンロードが済んだ機材のカメラを返却するべく、オールラウンダーを歩かせる。
貸倉庫の前を通った時、千早はオールラウンダーの脚を止めさせた。
何か、記憶に引っかかるものがあったのだ。
「……ドルフィン」
淡鏡の海で使用感を試してほしいと渡された水中スクーター『ドルフィン』をこの貸倉庫に預けたことがある。
レチキュリファーとの戦闘で行方不明になったドルフィンを回収した日のことだ。
どこで回収したか。淡鏡の海の北だ。
いまだに人類が未踏破の領域であり、千早のオールラウンダーも縁の部分までしか入っていない。
その海は、マングローブに似た樹木が海に根を張る独特な景観と地形を持つ。
根は絡まりあい、所々に海を切り分けるように根が張り、深い深い海水溜まりを作る場所だ。おそらく、根の間を縫った魚が海水溜まりに入り込み、天敵のいない平和を享受できるだろう。
だが、空を飛べる万色の巨竜には、根の隙間の大きさなど関係ない。
「うひひ」
推論に推論の積み重ねで根拠はないが、十分にあり得そうだと千早は笑う。
どうせ地道に調査するしかないのだから、自分の推測を当てにするのもいいだろう。
千早はさっそく計画を立て始めた。
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