第二話  灰塩大湿地

 『ジューシー半生グミ、新界フルーツ盛り』と書かれたグミの袋を開けて、千早は変化のない画面を眺めていた。


 場所は『灰塩大湿地』と呼ばれる、新界の内陸にある広大な湿地帯だ。森ノ宮ガレージの西に位置するこの一帯は足場の悪さから重ラウンダー系や一部のスプリンター系が入ることができない。こんな泥地に板バネの脚を持つリーフスプリンター辺りで侵入した場合、瞬く間に脚が埋まって動かなくなるのだ。

 土壌はアルミニウムを豊富に含んでいるとされ、精製できればアクタノイドの製造に役立つだろう。


 夜空の下、大小さまざまな池と湖で構成される湿地帯にはアクタノイドの脅威になるような大型動物が見当たらない。ワニに類する生き物もこの湿地帯には生息していないらしい。大規模調査が行われていないので、注意は必要だが、比較的安全な地帯だ。


「……今日も、空振り、かな」


 ぽつりと呟いて、地図を見る。

 ここ一週間、日ごとに撮影地点を変えつつ万色の巨竜の姿を探しているが、遠目にも見つけることができていない。

 絶えず赤外線カメラを起動し、動体検知カメラなども設置してあるのだが、空振り続きだ。

 足跡なども見つかっておらず、徒労感が募る。


 グミをもみゅもみゅと食べて、千早は考えをまとめる。

 一週間で目撃情報があったポイントは全て押さえた。週の初めに設置したカメラの回収をして、何も映っていなかったら考え方を変えた方がいいだろう。

 赤外線カメラを使っていなければ姿を捉えられないことから、確度の高い目撃情報はほぼ夜間に限られる。目撃情報はどれも、ドローンで周辺の索敵をしていた際に飛行中と思われる万色の巨竜が映ったというものだ。

 時期はばらばらで、渡り鳥のようにここを通過したとは考えにくい。


「……夜行性、じゃない?」


 目撃が夜に偏っていることから、夜行性ではないかと疑われている。しかし、学者の一部は赤外線カメラを使う時間が夜間であることから目撃情報に偏りがある可能性を指摘していた。

 有名なギャグがある。『当店のパラシュートを使用された方からの苦情は寄せられておりません』というものだ。パラシュートに不具合があれば死んでいるから苦情は来ない。

 万色の巨竜の目撃情報に関しても同じことが言えるかもしれない。誰も昼日中に赤外線カメラは使わないから、目撃情報が夜間に偏っているだけだという学者の話は筋が通っている。


 まだ一週間しか経っていないが、成果が上がらないのならやり方を変える方がいい。カメラ機材を増やせば、並行して調査が可能だ。


「……夜行性って、おかしい、よね?」


 そもそも、と千早は首をかしげた。

 万色の巨竜の擬態能力を考えれば、光による情報量が多い日中の方が擬態能力を生かして活動できる。

 日中の目撃情報がない点と、個体数の維持をするのに必要な数が目撃情報だけでは少ないという学者の指摘からも、千早は自分の考えの正しさを一部信じられた。

 もっとも、この辺りで目撃されているのがただのはぐれ者でしかなく、本当の生息地が海の向こうだったりした場合には、夜行性でも何らおかしくなかったりする。


 今日は徹夜して、早朝に行動を開始してみようと千早はコーヒーを沸かしに地上に戻った。

 コーヒーを入れて戻ってきた千早は、夜食にグミを食べる。


「ほのかに甘く、ほろ苦い、不味い」


 新界フルーツ盛だけあって、数種類の新界産の果物の味のグミだ。外れが時折混ざっている。

 外れを引くと目が覚めるとのレビューを見て夜食に買ったが、あまりにひどい味のグミは別皿に分けて捨てるつもりでいる。

 暇を持て余して新界生配信のトークを聞き流していた千早は、画面が明るくなってきたことに気が付く。


「し、新世界の、夜明け、ぜよ……」


 一度言ってみたかった、と千早は一人どや顔をキメる。

 その時だった。

 茂みに隠れた千早のオールラウンダーの視界の端、肩のサブカメラに写っている大きな池に不自然な波が立つ。


「ん? ……なに?」


 画面の変化に気付いた千早は、オールラウンダーのメインカメラを向けて水面をズームした。

 直後、水面が深く、大きく沈み込む。人が飛び込んでもあれほど大きくは沈まない。

 何か、目に見えないものが水の中に潜ったのだ。


「うぇっ!?」


 すぐさま、千早はカメラ機材を水面に向ける。

 オールラウンダーの視界を映すメインカメラには、水飛沫が上がり、頭だけの魚が空へとふわりふわりと舞い上がっていく姿が映されていた。


 機材の赤外線カメラ映像には、外気温よりわずかに高い大きな生き物の姿が映し出されている。魚をくわえ、空へと舞い上がるその姿は、新界生配信の動画にある万色の巨竜の姿そのものだった。

 東へと飛んでいく万色の巨竜の姿をカメラに納め、千早はほぅっと息をつく。


「カッコいい……」


 赤外線映像でもわかる万色の巨竜のロマンあふれる格好よさに、千早は小さく呟いた。


「あ、報告……」


 依頼の規則を思い出し、千早は依頼人である新界生配信に先ほどの映像と位置情報を送信する。

 早朝だから返信はしばらく先だろうとコーヒーを口にした千早だったが、すぐにスマホが着信を知らせてびくりと体を震わせる。


 映像を見た新界生配信が千早のアカウントにメッセージを送ってきていた。

 映像を二十万円で買い取り、動画収益を依頼に記載した通り三割支払うというメッセージだ。


「お、おぉ、不労所得……うへひっ」


 小さくガッツポーズして、千早は了承のメッセージを送った。

 直後に、新界生配信から直接依頼が舞い込んだ。

 依頼を継続し、『万色の巨竜』の住み家を探し当てて欲しいらしい。

 今まで謎だった万色の巨竜の食べ物が分かる映像を収めたことを高く評価しているとのコメントもあり、千早は頬が緩むのを止められなかった。


「が、頑張ります……」


 危険性の低い依頼は大歓迎だと、千早は即座に了承した。

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