第四章 理不尽ななんで?

第一話  狙いは不労所得

 新界には数多の生物がいる。

 詳しく生態が分かっているものもいれば、何らかの理由で調査が進まないものもいる。

 しかし、未知の動物への興味はアクターや研究者でなくても強いものだ。

 まして、空想の世界にしかいなかったような生物が画面越しであれ動いている姿は強い関心を引く。


 そんな需要に目をつけたのが民間クラン『新界生配信』チャンネル名『New World Live』だ。

 所属アクターは全員が配信者。アクタノイドを使い、新界での絶景を撮影したり建築を行い、疑似サバイバル動画などを作成する。特に強いコンテンツが新界奥地で動物を撮影するシリーズ企画だ。

 動画には政府による監査が入るものの、新界開発やアクタノイドの広報にもなることから補助金が出ていることもあり、継続的な運営が行われている。

 彼らによる新発見も多く、日本国内で若者層を中心に強く支持されるクランだ。


 そんな新界生配信が長年追いかけている生物がいる。

 新界の生物の中でも一般人にまで広く知られ多大な人気を誇るその生物は、通称『万色の巨竜』と呼ばれている。

 平たく言えば、超高度な擬態能力を持つドラゴンである。


 空想に描かれるドラゴンそのままの形状を持つとされ、頭から尻尾の先までが五メートル。翼は三つの関節を持つ腕に翼膜があり、翼開長は七メートル。跳躍力に優れた四本の脚がある――と推定されている。

 この万色の巨竜は生息地が不明なだけでなく、光学迷彩に近い擬態能力を持つ。カメレオンのように体色を変化させているらしく、周囲の景色に完全同化するため通常のカメラではその存在を知ることもできない。

 目撃情報も、巨大な影が落ちた、なにもいないのに泥に足跡が刻まれていった、などの曖昧なモノばかりだった。


 新界生配信も最初はオカルト企画として立ち上げて追いかけたほど、アクター間での都市伝説に近い扱いをされていた生物だ。

 しかし、新界生配信はオカルトにありがちな機材として赤外線カメラを持ち込んでいた。

 偶然にも、万色の巨竜を赤外線カメラに収め、その姿がファンタジー作品に登場するようなドラゴンそのものだったことで人気に火がついた。

 動画を公開したその日のうちに一躍、有名となり、付いた名が『万色の巨竜』である。


 いまだに姿が分かる映像はその赤外線カメラの映像のみという超がつくほどのレア生物。学者の間でも、どのようにしてこれほど高度な擬態を行っているのか、その仕組みが議論されている。

 実にロマンあふれる話ではあるが、千早にとってはどうでもいい。


「お金、ほしい」


 万色の巨竜の映像は莫大な価値を生む。

 新界生配信による赤外線カメラ映像は動画投稿サイトで七千万再生となり、転載動画を含めると億を越えるとされている。海外からの人気も高い生物なのだ。

 学者や企業、日本政府からもいくらかの補助金や支援金が出る。擬態能力を解析すれば様々な分野に応用が利くからだ。


 千早が今回受けた依頼は、この万色の巨竜の動画を撮ることである。

 食性が分かるような動画や、離着陸時のスローモーション映像など、生態調査に貢献する動画には別途追加報酬がでる。最低でも十万円の追加報酬だ。

 そして、依頼期間中は時給千円とアクターへの報酬としては低い金額が出ている。アクタノイドの位置情報を依頼人へ定期的に送ることや、万色の巨竜の発見時には連絡が義務付けられている。

 強い拘束力ある依頼だが、これは対象が万色の巨竜だからだ。

 いつ出会えるとも分からない。出会えない可能性も高い。アクターがサボらないよう、またせっかくの遭遇の機会を無駄にしないよう、情報共有が徹底されている。


 ちなみに、依頼人は新界生配信だ。千早はいまだに、非戦闘系のクランへの所属を諦めていなかった。

 予習がてら新界生配信の動画アーカイブの視聴を終えた千早は、ネットに転がる万色の巨竜の情報を精査する。


「うへへ、思った通り……」


 集めた情報を信用するなら、万色の巨竜は危険な生物ではない。

 高い擬態能力があるためわざわざ喧嘩を売る必要もないのか、獰猛という話も聞かない。

 アクタノイドを事故以外で破壊した事例が報告されていないというのは、千早にとって非常に魅力的だった。

 事故というのも、偶然接触したアクタノイドが弾き飛ばされて湖に沈んで大破した、という間抜けな話だ。しかも、本当に万色の巨竜と接触したのかも分からない。ラグか何かで操作を誤り、湖に落ちたと考える方が自然だ。


 金欠の千早は、これ以上オールラウンダーを壊せない。時給千円は安いが、破壊される可能性が低い上に戦闘も起きにくい。動画を撮れれば追加報酬がもらえる。動画の質によっては、新界生配信のチャンネルで公開されて動画収益の一部が千早のもとに転がり込む。


「不労所得、万歳」


 今の千早はお金のことしか頭になかった。

 目撃情報をもとにした計画を立てていく。


 千早はもともと、コミュ障故に誰の手も借りずに済むよう生きてきた。この手の調査に関してもコツくらいは分かっている。

 相手は生物だ。縄張りがあるだろう。定期的に訪れている場所には何らかの目的があるだろう。食性に関しては不明なまま。しかし、水辺に目撃情報が偏っている。正体不明の巨大な影については確定ではないが、万色の巨竜だとすれば広範囲を行動している。新界生配信が撮影に向かうも空振りに終わった場所や期間も踏まえて生息地を推測する。

 ある程度の考えがまとまったら、学者がSNSで呟いている仮説や推測をまとめていく。


「……うん、決めた」


 最初の取材地域を定めて、千早は地下のアクタールームに降りる。

 貸出機のオールラウンダーにカメラ機材も借り受けて、千早は『万色の巨竜』撮影に挑む。

 目的地は『万色の巨竜』が度々目撃される湿地帯『灰塩大湿地』。

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