第二十四話 大赤字

 千早は青い顔でアクタールームを出て、手すりにつかまりながら階段を上っていく。

 一階リビングのソファに倒れ込んで、千早は「ふへうへへ」と哀れな笑い声をこぼしつつ、テレビの電源を入れた。

 バンッとアップで表示されたテロップにはこう書いてある。


『野武士、木っ端みじん!』


 木っ端みじんになったのは野武士だけではないのだ。その陰で千早が借り受けていたオールラウンダーは粉砕され、なんなら千早の貯金も吹っ飛んだ。

 まだ、オールラウンダーの弁償費用は差し引かれていないが、二百万円は確実に消える。オプションパーツにつけていた銃器やバックパック、手榴弾の類も合わせると、貯金がどれほど残るか分からない。


「――赤、赤、大赤字、赤、あかかかかか」


 壊れたように呟く千早は脱力しきった半笑いで天井を見上げ、のたうち回る。


「なんでぇー!?」


 千早は叫ぶ。もともと引きこもりで大した声量もないため近所迷惑にはならないものの、千早の魂の叫びだった。

 千早はぽろぽろと泣きながら、カピバラクッションの頭をぺちぺち叩く。


「パスって言ったのに! パスワード言ったのに! ナンデェ!?」


 メカメカ教導隊長はパスワードとは言ってないからだと、千早は知らない。

 理不尽に叩かれるカピバラクッションののほほんとした顔に少しずつ癒されて、千早はなけなしの冷静さを振り絞る。

 涙をぬぐい、鼻をかみ、千早はスマホを取り出した。


 涙の影響で赤い目には必死さがあった。

 今回の大赤字により、来月以降の生活費もどうなるか分からない。

 アクターズクエストの依頼ページを見ると、ずらりと並ぶ戦闘系依頼の数々。明らかに、前回に開いた時よりも戦闘系依頼の数が増えている。

 戦闘での戦果なんて出していないはずなのになんで、と千早は泣きっ面にハチでまた眼に涙を浮かべる。


『――野武士の爆発現場には通称ボマーと呼ばれるアクターが居り、関連が――』

「うる、さい!」


 依頼掲示板の惨状の原因を教えてくれているテレビを消して、千早は必死に画面をスクロールする。

 戦闘系依頼の中に調査を行う依頼も混ざっている。だが、どれも新界の奥地へ向かう依頼だ。盗賊アクターや動物に襲われる可能性が跳ね上がり、戦闘系依頼とさほど変わらない。

 他にも、難易度の高い依頼がずらりと並んでいる。


「な、なんで? こんなの、凄腕の人に表示してよ……」


 三勢力を出し抜いて野武士を破壊したとみなされている千早のアカウントは既に凄腕の戦闘屋だとAIに判断されている。

 そうとは知らず、千早は泣きながら頭を回す。


「あ、赤字、だから、高額の依頼が、並んだ?」


 千早はオールラウンダーを立て続けに二機も大破させている。損失を取り戻せるように高額の依頼が並んだのではないか、と千早は推測する。

 余計なお世話だと文句を言いながら、千早は依頼を見て悩む。


 今度、機体を大破させたら赤字では済まない。借金することになってしまう。

 つい一か月前まで一千万円もの貯金があったというのに。そう嘆いても始まらない。


 今は方針を打ち立てるべきだ。

 野生動物の調査依頼が多いことに気が付き、千早は思いつく。

 依頼の安全性を高められるよう、大手のクランに所属すればいいのだと。

 面接での受け答えなどの不安はあるが、このまま不安定な収入の方が人と接するよりもよっぽど怖い。安定して依頼を完遂できるバックアップが欲しい。

 コミュ障だなんだともう泣き言は言うまい。千早は必死だった。


 野生動物の調査といえば、がっつり狩猟部が有名だ。

 オーダーアクターのような怖い集団とは違い、常識的な活動が多く、新界資源の保全にも積極的だ。害獣駆除も行う上、野武士のような迷惑なアクタノイドの排除も活動内容に含まれるのがやや懸念事項ではある。


「あれ? さっきの戦い、狩猟部の人、いた?」


 がっつり狩猟部は民間クランではあるが、統一のロゴなどはない。迷彩仕様のアクタノイドを好む傾向があるものの、個人のアクターでも同じように迷彩仕様を好む。

 千早は先ほどの戦いにいた迷彩仕様の集団が狩猟部ではないかと推測し、勝手な仲間意識を芽生えさせる。


「オーダーアクターの人に、迷惑をかけられた同士、だね。ふへへ」


 面接の話題はオーダーアクターにかけられた迷惑で確定だ。

 これならきっと、受け入れてもらえる。

 そうと決まれば、行動あるのみだ。千早はアカウントからがっつり狩猟部への応募を試みる。


 ――ブラックリストに入れられていた。


「なんでぇ……」


 コミュ障と戦って奮い起こした気力が一気に抜けて、千早は脱力する。

 がっつり狩猟部から見れば千早のアカウント『うさぴゅー』ことボマーは危険人物にして、オーダーアクターと双璧を成す迷惑アクターかつ、最大の妨害者である。


 ブラックリストに入れられるようなことはしてないはずなのに、と千早は嘆く。

 スマホを見つめて、千早は脱力のあまり乾いた笑いをこぼす。

 本格的に状況が悪すぎる。どこかに所属することもできず、ばくちのような危険な依頼に一人で挑まなくてはいけない。


「うぇっ、ふへへっ。や、やってや、らぁ」


 千早は覚悟を決めて次の依頼を受ける。

 なにがあっても、次の依頼は失敗できない。そう心に固く誓って。


 ――それが運命の出会いへの第一歩だった。

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