第九話  長閑な景色(表)

 クレップハーブは群生するが、そのほとんどがクローン体で構成されている。

 竹や蓮のように地下の根から地上へと芽を出すが、地上部分がある程度成長すると根を自切して親株から分離、病害虫の被害をとどめようとする性質がある。

 この性質から、地下表層に細い根を張る傾向があり、しばしば地滑りを起こして自滅する間抜けな性質がある。


 現在、日本で無菌栽培されているクレップハーブは二株のみ。遺伝子多様性が少ないため、今後の品種改良や病害虫対策に向けて遺伝子サンプルを増やしたい。

 そこで、今回の採集依頼が出たらしい。


 千早はクレップハーブの説明を読み込んで納得しつつ、オールラウンダーを走らせていた。

 目的に沿うため、クレップハーブはいくつかの群生地に跨って採集することになる。

 探す手間も含めると、時間がかかりそうだ。

 暢気にオールラウンダーを走らせていた千早は、二日かけて事前に集めていた目撃情報を分析して割り出した群生地に到着する。


「……酷いことに、なってる」


 到着した群生地は酷く荒らされていた。

 元々が傾斜地にあったため、地滑りが起きやすい環境が整っている。そこで、アクタノイド同士での戦闘が起きたらしく、地面が抉れていた。

 付近の木には弾痕がある。それも、広範囲にばらまいたような弾痕で、抉れた木は枯死していた。

 アクタノイドのバッテリーが炎上したらしき跡もあり、戦闘の凄惨さを物語っている。

 もっとも、戦闘自体は半月以上前に行われたのだろう。抉れた地面に早くも苔が生えていた。


 だが、肝心のクレップハーブは全滅している。地滑りした土を軽く掘ってみると、しなびたクレップハーブの実が出てきた。


「もったい、ない……」


 思わず呟いて、千早は別の群生地を目指す。

 どっちみち、いくつかの群生地を回るつもりだったのだ。当てはまだある。

 自信満々に進んでいた千早だったが、半日かけて回った群生地はどこもひどく荒れていた。


 全部で四か所、全滅している場所もあれば、クレップハーブの実が落ちてしまっている場所も多い。遺伝子サンプルとのことなので実にこだわる必要はないのだが、明らかに弱ってしまっているため納入しても認められないだろう。

 どうやら、この周辺で散発的に戦闘が行われた時期があったらしい。それも、ここ半月の間に集中している。

 ネットで調べてみてもそれらしい記録はなく、千早は不思議に思いつつ警戒を強めた。


 新界の奥地に行くため、千早のオールラウンダーは突撃銃や大口径拳銃に加え、手榴弾をいつもより多く持ってきている。多少の戦闘があっても逃げ切れるだろう。

 なによりも、自宅を襲撃されたことで引っ越し代金、敷金礼金その他諸々でお金に余裕がない。

 この依頼は何としても完遂したいのだ。


 千早はクレップハーブの群生地を探してさらに奥へとオールラウンダーを進める。

 奥へと行くほどに、木々の密度が上がり、傾斜地が増えていく。

 千早は森ノ宮ガレージからの距離や方角から、現在地を静原山麓周辺だと見当をつける。

 森ノ宮ガレージ付近を流れる静原大川の源流があるのが、この静原山麓だ。起伏のある山に囲まれており、電波が届きにくくなってくる。

 いわば、未開拓地であり、荒らされていないクレップハーブの群生地がある可能性も高い。


 千早は迷わないようにパソコン上の地図アプリを確認する。GPSなどないため、この地図アプリはアクタノイドの稼働時間や歩幅、向きなどからおおよその位置を推定している。

 推定方法が大雑把なため、アクタノイドが長く歩くほど地図上の位置に大きな誤差を生じてしまう。

 千早は自分の感覚と照らし合わせて補正をかけ、静原山麓をさらに進む。


 奥地へ分け入るほどに、戦闘で破壊されて放棄されたらしいアクタノイドを見かけるようになった。電波状況が悪くなり、現場までの距離もあるため回収されずに放棄されたらしい。

 不思議なことに、錆が浮くほど放置されている機体は見当たらない。自走できないほどに損傷しているが、物によっては再利用できそうなパーツも多かった。


「サイコロン、コンダクター……」


 見かけた機体の位置を地図アプリに書き記す。帰りにでも回収してお小遣いにしようと、千早は暢気に考えていた。

 放棄されている機体がどれも索敵に優れた機体だ。しかも、鉄の棒のようなものを叩きつけられたらしい脚の損傷具合も通常のアクタノイド戦ではあり得ない。


 しかし、千早は臨時収入に気を良くして鼻歌交じりにオールラウンダーを進める。

 違和感はあったが、救難信号が出ていない。放棄されたアクタノイドのアクターが接続を切っている証拠だ。クレップハーブの群生地周辺で戦っていたアクタノイドの一部だとすれば、破壊されたのは半月程度前。もう戦闘は終了しているだろう。

 楽観的に考えつつも、野生動物を警戒して大口径拳銃は抜いている。油断はせず、周囲への警戒は怠らない。


 だがしかし、千早が操っているのは骨董品、オールラウンダーの貸出機だ。索敵能力が強化されているわけでもなく、カメラ映像程度しか敵の識別方法がない。現行のアクタノイド達が隠密に徹した場合、見つけられる機体ではないのだ。

 素人の千早に、半月のホテルニート生活は長すぎたのである。


「あ、綺麗……」


 山間の沢に出たオールラウンダーのメインカメラ映像を見て、千早は目を輝かせる。

 苔むす大岩が転がり、緩やかな傾斜を涼しげな音を立てて流れていく小川。左右にはきつい傾斜の山があり――鳥の鳴き声一つしない。


「静かで、落ち着いた、いい場所……」


 小川のせせらぎに耳を傾けながら、千早はオールラウンダーを沢の上流へとのんびりと進めていく。

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